人の気配を感じて、次元は目を覚ました。
「やぁ、起きたかね?」
ぼんやりとした意識の中、部屋を見渡せば、枕元には信じられない人物が平然と立っていた。
「…に…二世様!? …いてててててて!!!」
慌てて身を起こそうとした次元だったが、足の傷を刺激してしまい悶絶する。
「あぁ、寝ていればいい。悪かったね、今回は親子喧嘩に君を巻き込んでしまって」
「…やっぱり親子喧嘩だったんですか…」
あっけらかんとしてそんなことを言った二世に、次元は思わずそう零していた。
「いや何。あの子が君を相棒にするなぞ言い出すものだからね」
「…そんなこと言ったんですか? ルパ…いや、三世様は」
確かに約束した。2人で世界中の宝を盗むのだと。
だがまさか、父親相手に面と向かってそんなことを言ったとは思わなかった。
「"ルパン"の名を継ぐものの"相棒"に指名すること。その重さをあの子にはきちんと教えなければならないと思って」
悪いが利用させてもらった。
『利用した』などと平然と口にする二世。だが、彼の手の中では次元のような末端の構成員など、コマでしかないのだ。
「君もわかったのではないかね? "ルパン"の"相棒になること"がどういうことなのか」
「…少しは」
"ルパン"から予告状が送られたというだけで待ち構えていた、膨大な数の警察官。
それはすなわち"ルパン"という名の重みだ。
それを継ごうとしているルパン。そして、その相棒にと望まれる自分。自分に、それだけの力があるというのだろうか?
「それに、あの子には今決定的に欠けているものがある」
「…なんでしょうか」
「"君を切り捨てる"という覚悟だ」
次元を見据え、二世はさらりとそんなことを言った。
「相棒に絶大な信頼を置く。それはもちろん必要なことだ。だが、時に、信頼するからこそ切り捨てなければならないこともある」
それが出来ないのならば、それはただの友情ごっこだ。
淡々と告げられる言葉が、次元の心を抉っていく。
「だからあの子にはまだ早いというのだよ。特に君なんかを相棒に据えるべきではない」
「…三世様は…俺を助けようとしました」
「そうだ。あの子は君を切り捨てられなかった。君のほうは、切り捨てられる覚悟があったというのに」
本当にそうだろうか? 次元は自問した。
だが自分は、ルパンが自分を置いていけないことを心のどこかで知っていた。だから簡単に言えたのだ。
『俺を置いて逃げろ!』と。
天上を見上げたまま、次元はシーツをぎゅっと握りしめた。
「ああ、そうだ。言い忘れていたが卒業試験は合格だよ、次元」
まるで、明日の天気の話でもするかのように、あっけらかんとした口調で二世が告げた。
「え…!?だって俺は"夜の雫"を盗めなかったのに…」
一瞬虚を衝かれた次元だったが、ようやく意味を飲み込んで二世を見上げる。
「最前線の工作員にだって、あれだけの条件を突破できるものは少ない」
そこでふと言葉を切り、二世は小さく唇を歪めた。
「……それにね、あの時警報を鳴らしたのは私だ」
「……やっぱりそうでしたか…」
「おや? 気付いていたのか?」
ちょっと意外そうに、二世片眉を上げた。
「二世様とは思いませんでしたが…俺たち以外の誰かだとは思っていました。
三世様の計画は完璧だった。警報は完全に死んでるはずだったんだ」
それに…。
少し言いにくそうに、次元は言葉を続ける。
「俺を撃ったのも…貴方ではないんですか? 二世様」
根拠のない確信。だが、次元はそう問いかけていた。
恐怖にも似た不安を覗かせて、揺れる黒い瞳が二世を見上げる。
そんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのか、一瞬虚を衝かれた様子の二世。
だがすぐに、ニイィっとその唇が吊りあがった。
その表情に、次元はすうっと背筋が寒くなるのを感じた。やはりこれが、"ルパン"なのか。
「…いつ、気付いた?」
「…三世様の銃を弾いた銃声と、俺が撃たれたときの銃声が同じだったんです」
おかしいとは思っていた。軍隊ならいざ知らず、普通の警察官がむやみに発砲するとは考えにくい。
発砲するにしろ、まずは威嚇射撃からするだろう。
それに、2人の動きを止めることが目的であったなら、銃声は複数するはずである。
一発だけの銃声。最初から、次元の動きを止めることだけが目的だったと考える方が、しっくりくるのだ。
「…ちゃんと神経も腱もそれてたろう?」
そういう問題でもないと思うのだが、二世はしれっとそんなことを言う。
「試験には合格したのだから、卒業後は晴れて仕事を与えよう。
実を言えば、すぐにでも私の親衛隊に加えたいくらいだよ」
「…せっかくですが、お断りします」
足の痛みに耐えながら、次元はゆっくりと身を起こした。
「何故?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、二世は少し鼻白んだ様子を見せた。
「…二世様、あなたがなんと言われようと、俺は三世様について行きます。なぜならあの方が俺を望んでくれるから」
それ以上の理由は要らない。ルパンが望むのなら、どこまでもついて行こう、そう決めたのだ。潮風の吹くあの場所で。
「でもあんな状況で、俺は三世様どころか自分の身すら守れないことを知りました。
今のままでは、俺は三世様の足を引っ張る邪魔者でしかない」
二世は何も言わずに次元を見ている。
「友情ごっこ? そう言われても構わない。俺は、俺のために人を殺す三世様なんか見たくない。
だから、切り捨てられる必要なんかいらないくらい、俺が強くならないといけないんです。"ルパン"の"相棒"を名乗るために」
二世を見据え、そう言い切る。さっきまで感じていた、二世への恐怖もどこかへ行ってしまっていた。
「怪我が治ったら俺は島を出ます。それが、今の俺に必要なことだ。俺は、強くなりたい」
三世様のために。そう告げて、真っ直ぐに二世を見つめた。
「…そうか」
ふぅっと、二世は大きくため息をついた。
「残念だよ、君のような男を私の相棒に出来なくて」
「二世様…?」
「まぁ、そこまで決心しているのなら止める理由もないだろう。ゆっくり傷を治すといい」
二世はそう告げると、次元に背を向けた。
「だが覚えておくことだ。私ではなくあの子に忠誠を誓おうとも、島を出ようとも、帝国の一員であることを。
裏切れば死しかないことを」
「…分かっています」
その強い決意を宿した瞳を見つめ、二世はなにごとかを呟いたが、その言葉はドアの閉まる音に阻まれ、次元には届かなかった。