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7.Earnest desire

 "試験"から1週間。 あの後、ルパン二世に連れられて、三世と次元は帝国へ帰ってきていた。

「…次元、大丈夫かなぁ…」

 屋敷の自分の部屋の窓辺に座り、ルパンは小さく嘆息した。 ほとんど無傷だった自分とは対照的に、次元は脱出の際に大怪我を負った。
 帝国の息がかかった近くの病院で応急処置をし、その後帝国に連れ帰った。 今は医者に絶対安静を言い渡されて、自宅で寝ているらしい。
 らしいというのは、それが全て執事頭から聞いた話だからだ。
二世に外出禁止を言い渡されてしまい、次元のことを心配しながらもルパンはひとり屋敷でため息をついているしかなかった。
 帰りの道中で、次元は一言も口を聞かなかった。 それだけ衰弱していたというのもあるが、それ以上に自分のあんな一面を見てしまったせいだろうと思う。 自分の袖を引いたときに見せた、次元の戸惑った表情が頭から離れない。
 鮮血に濡れて崩れ落ちる次元を見たとき、銭形に追い詰められようが拳銃を向けられようが感じなかった恐怖を感じた。

『ルパン! 俺を置いて逃げろ!!』

 痛みに耐えながらそう叫ぶ次元を抱えて、逃げ切れないと悟ったとき、自分の中で何かが切れた。 それが正しいことだとは知っていた。傷を負った工作員はどうするか。あまりにも初歩的な模範回答だ。 だが、ルパンには許せなかった。
 次元を撃った警官も、守れなかった自分自身にも、…そして簡単にそういうことを言う次元にも。
 人を撃つことに躊躇いなどなかった。そう教わってきたのだ。目的のためなら、人を殺すこともいとわない。 それが"ルパン"だと。
 次元を無事に連れ帰るためなら、あそこに居た全員を殺すつもりでいた。

『やめろ!!』

 それなのに。 必死で自分の袖を引いていた、次元の手の感触がまだ残っている。

「なんで…」

 ため息が零れた。 なんで、次元はやめさせようとしたんだろう。 ぐるぐると、そんな疑問が駆け巡る。自分だって構成員として、毎日射撃や暗殺術の訓練を受けているはずなのに。

「銭形…とか言ったっけ?」

 厳つい顔の警官も、変な男だった。めいっぱいの虚勢を張りながら自分の前に立った男。 殺されるかもしれないという恐怖に顔をひきつらせながらも、部下たちの前に立ちはだかっていた。
 そして自分たちを連れ帰りに来た父親。最初から自分たちが失敗することを知っていたのだろうか。

『だからお前は半人前だというのだよ』

 酷薄に告げられた言葉が、耳から離れない。

「なんなんだよ。わっかんねぇよ」

 欲しいものはどんなことをしても手に入れる。それが"ルパン"だと言われて育った。 ならば、欲しいものはどんなことをしても手に入れる。いや、"ルパン"ならば手に入れなければならないのだ。

「俺が欲しいのは…」

 俺が欲しいのは…次元だけ。 そう呟いて、ルパンはぎゅっと拳を握りしめ、窓から飛び降りた。
 次元に会おう。そう心に決めて。

 次元の家の場所は知っていた。 前に1度連れてきてもらったことがある。
 玄関先に立ち、一瞬躊躇った後、ルパンは呼び鈴に手をかけた。

「…こんにちは」
「三世様…ですよね?」

 中から出てきた女性は、玄関先に立っていたルパンの姿を見て一瞬顔色を変え、しかし、それでもすぐに冷静さを取り戻してルパンに尋ねた。

「はい」

 ルパンもそれに答える。

「お噂は大介より伺っております。わたくしは大介の母でございます」

 そう言って、女性は深々と頭を下げた。 黒い髪の、美しく聡明な人だとルパンは思った。そうか、あいつ、母親似だったんだな。そんなことをふと思った。

「次元は…」
「大介なら2階の自室で寝ております」
「…会えませんか?」

 無理なのはわかっていたが、どうしても会いたかった。

「申し訳ありませんが、お帰りいただけませんでしょうか」
「どうして…!!」

 思わず、ルパンはそう問い返していた。

「…お医者様からどなたもお通しにならないように言われておりますので。…たとえそれが三世様でも」

 その凛とした言い方に、ルパンは小さく嘆息した。

「じゃあ…俺が、心配してたって…そう、伝えてください」

 それだけいい置き、ルパンは踵を返した。

「わかりました。また、元気になったら来てやってください」

 あの子が喜びますから。
 そう告げた母親の声はルパンには届いていたのだろうか。

「…あれでよろしかったのでしょうか…?」

 とぼとぼと帰っていく後姿を見ながら、ポツリと母親は呟いた。

「二世様」

 くるりと振り返った家の中。そこにはルパン二世の姿があった。

「ああ。すまないね」
「…でもあんなにも会いたがってくださって」
「あの子は今彼に会うべきではない」

 ぴしゃりとそう言い切った二世の目は相変わらず怜悧な刃物のようだった。 だが、そんな目に動じることもなく、母親は小さく苦笑した。

「今回はすまなかったね。彼に大怪我をさせてしまった」
「いいえ、帝国に住む者なら誰でもその覚悟を持っております。…このわたくしでさえも」

 その言葉に、二世は珍しくちょっと驚いた顔をした。

「…なるほど、私はよい部下を持ったようだ」

 にっこりと微笑んだ二世に、母親は深く頭を下げた。

「では、彼に会ってこようか」

 二世は小さく呟き、家の2階へと足を進めた。

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