「警報は切れてるんじゃなかったのか!」
うろたえたように次元が叫ぶ。と。
「待っていたぞルパン三世!!!」
男の叫び声と共に、展示室にサーチライトの光が灯った。
目の前に立つのは昼間にも会ったトレンチコートの男。厳つい顔が2人を見据える。
「しまった…いつの間に…!!」
次元は腰のホルスターからゆっくりと銃を抜いた。そのずしりと重い感覚を確かめながら男の出方をうかがう。
「俺はICPOの刑事、銭形だ!! お前らが何者かは知らんが、ともかくそこを動くなよ」
じりじりとにじり寄る銭形に、ルパンはニッと口角を上げた。
「動くなって言われて、動かない泥棒はいないよね? おっさん」
「お…おっさんだと!?」
銭形が一歩踏み出そうとしたその時。
「ルパン! 走れ!!」
次元の叫びと共に、数発の銃声が響いた。同時に闇が辺りを包んだ。次元がサーチライトや展示室の照明を打ち抜いたのだ。
「しまった!!」
闇に視界をつぶされ、うろたえる銭形。その脇を、いつの間にか暗視スコープをつけたルパンと次元が駆け抜ける。
廊下に待機していた警察官たちが一瞬虚を付かれて2人を見た。
「ガキと思ってナメんなよ!!」
驚異の身体能力で軽々とその頭上を飛び越えるルパン。次元は次々に伸びる手をかわし、相手の足や肩なんかを狙って引き金を引く。
そしてルパンの手には怪しげなスプレー缶。吹きかけられた警官は、次々と倒れこんでいく。
「はい、おやすみ〜」
そんなことを言いながら、廊下の窓を突き破って外へ出た。中庭を突っ切り、塀際へ向かって走る。
「何だそれ」
「催眠ガス」
しれっとした顔でルパンが言ったその時。
ガウン!!
突然の大きな銃声。そしてその銃声と共に、次元の身体が飛んだ。
着弾の衝撃はあまりに大きく。「撃たれた」という事実を認識するよりも早く、細身の身体はくるくると宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。
「やめんか!! 誰が撃っていいと言った!! 相手はどう見たって子供だぞ!?」
後ろで銭形が静止する声が聞こえる。見かけよりも冷静で常識的な男だということだろう。
「次元!!」
倒れこんだ次元に走り寄るルパン。
「来るな! ルパン逃げろっ!!」
「どこだ…足か?」
「いいから逃げろってんだ!!」
見る間に押さえた手も、地面も、赤く染まっていく。人生で始めての銃創は、焼け付くような痛みで次元をさいなむが、飛びそうな意識を必死に手繰り寄せ叫ぶ。
「つかまれ!」
「逃げろって! 馬鹿!!」
ルパンは次元を抱えようとするが、年上の次元のほうが上背があり、肩を貸すにもほとんど意味がない。
「俺を置いて逃げろ! このままじゃ2人とも捕まる!」
「嫌だ!! お前を置いて逃げるなんて絶対するもんか!!」
なんとか塀際まで寄ったものの、足を怪我した次元を抱えてそれを越えることは到底無理で。警官隊を引き連れて銭形がにじり寄ってくる。
「…次元を撃ったのはどいつだ…」
追い詰められ、警官隊と対峙したルパンが、不意に低い声で唸った。
「…ルパン?」
「お前か?」
警官隊を見据え、おもむろに構えた拳銃の引き金を引いた。
「ぐあ!!」
銃を構えていた警官の一人が、鮮血を散らして倒れる。
「それともお前か!?」
次々と引き金を引く。躊躇うこともせずに。
狙いは寸分たがわず、次々と警察官たちを地面に沈めていく。飛んだ薬莢が、倒れこむ次元の目の前に空しく転がった。
「よせ! やめんか!!」
「…おっさんも俺に殺されたい?」
無差別に殺人を犯す姿に、思わずルパンの前に立ちはだかった銭形だったが、ぞくっと肌が粟立つのを感じていた。
その瞳に宿るのは野生の獣のような光。冷酷で、それでいて奇妙な熱を帯びた瞳。
どう見たってたかが14・5歳のガキだというのに、その纏ったオーラは尋常ではない。
数々の犯罪者の捜査に携わってきたが、これほどの恐怖を味わったことは今までない。
殺される…反射的に身構えた。
「よせルパン!!」
赤く濡れた手で、次元はルパンの手を引く。だがその静止はルパンには届いてはいない。
「ルパン!!」
次元はその顔を見上げ、そして、銭形と同じ様に凍りついた。
奇妙なほどに冷静で、そのくせ滾るような殺意を溢れさせる瞳。
そんなルパンなど見たことがなかった。こんなにも怒りに身を染めたルパンなど。
これがルパンの本性というのだろうか。冷酷で残忍で。何の感情もなく人を撃ち殺せる。それが"ルパン"だというのか。
それが"ルパン"に求められることなのだとしても、次元はそんなルパンなど見たくはなかった。
「ルパン! やめろ!!」
引き金にかかった指に力が込められる。
「よせ!!」
ガウン!!
次元の叫び声と、銃声が重なった。
思わず目を閉じた銭形だったが、恐る恐る目を開けると、目の前の少年はその手から拳銃を取り落とし、呆気にとられた顔をしていた。
「…だからお前は半人前だというのだよ」
そして、この緊張した場にそぐわない、穏やかな声が辺りに響いた。
「誰だ!?」
銭形の指示で、サーチライトが辺りを照らす。そして、塀の上にいた一人の男を映し出していた。
月光に輝く髪。モノクルの奥に沈む、深い青い瞳。大きな黒いマントが風にたなびく。
その手には銀色の拳銃。この男が、少年の銃を弾いたのだろう。
「君も警察官の端くれなら、私の顔くらいは覚えておいた方がいい。…もっともこれが私の素顔とは限らないがね」
男はゆったりとした口調でそう告げ、ふわりと塀の下に降り立つ。
「私の名は、ルパン二世」
「お前が…!!」
警官隊の間に戦慄が走る。
ルパン二世。世界中でその名を知らぬものはいない、という大怪盗。1000の顔を持ち、狙った獲物は決して逃さない。
世界中の警察を手玉に取る、その鮮やかな手口は、初代ルパンにもひけをとらないといわれている。
「やれやれ、手ひどくやられたようだ。このたびは私の息子とその相棒が世話をかけたようだ。悪いが2人は連れて帰らせてもらうよ」
「ま…待て!」
勇敢にも飛び出した銭形の目の前で、バサッとマントが翻る。
その瞬間白い煙が辺りを包んだ。
「煙幕…くそっ!!」
ようやくその白い煙が収まったときには、当然ルパン二世の姿も2人の子供の姿もなかった。