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6.Escape

「警報は切れてるんじゃなかったのか!」

 うろたえたように次元が叫ぶ。と。

「待っていたぞルパン三世!!!」

 男の叫び声と共に、展示室にサーチライトの光が灯った。 目の前に立つのは昼間にも会ったトレンチコートの男。厳つい顔が2人を見据える。

「しまった…いつの間に…!!」

 次元は腰のホルスターからゆっくりと銃を抜いた。そのずしりと重い感覚を確かめながら男の出方をうかがう。

「俺はICPOの刑事、銭形だ!! お前らが何者かは知らんが、ともかくそこを動くなよ」

じりじりとにじり寄る銭形に、ルパンはニッと口角を上げた。

「動くなって言われて、動かない泥棒はいないよね? おっさん」
「お…おっさんだと!?」

 銭形が一歩踏み出そうとしたその時。

「ルパン! 走れ!!」

 次元の叫びと共に、数発の銃声が響いた。同時に闇が辺りを包んだ。次元がサーチライトや展示室の照明を打ち抜いたのだ。

「しまった!!」

 闇に視界をつぶされ、うろたえる銭形。その脇を、いつの間にか暗視スコープをつけたルパンと次元が駆け抜ける。 廊下に待機していた警察官たちが一瞬虚を付かれて2人を見た。

「ガキと思ってナメんなよ!!」

 驚異の身体能力で軽々とその頭上を飛び越えるルパン。次元は次々に伸びる手をかわし、相手の足や肩なんかを狙って引き金を引く。
 そしてルパンの手には怪しげなスプレー缶。吹きかけられた警官は、次々と倒れこんでいく。

「はい、おやすみ〜」

 そんなことを言いながら、廊下の窓を突き破って外へ出た。中庭を突っ切り、塀際へ向かって走る。

「何だそれ」
「催眠ガス」

 しれっとした顔でルパンが言ったその時。

 ガウン!! 

 突然の大きな銃声。そしてその銃声と共に、次元の身体が飛んだ。 着弾の衝撃はあまりに大きく。「撃たれた」という事実を認識するよりも早く、細身の身体はくるくると宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。

「やめんか!! 誰が撃っていいと言った!! 相手はどう見たって子供だぞ!?」

 後ろで銭形が静止する声が聞こえる。見かけよりも冷静で常識的な男だということだろう。

「次元!!」

 倒れこんだ次元に走り寄るルパン。

「来るな! ルパン逃げろっ!!」
「どこだ…足か?」
「いいから逃げろってんだ!!」

 見る間に押さえた手も、地面も、赤く染まっていく。人生で始めての銃創は、焼け付くような痛みで次元をさいなむが、飛びそうな意識を必死に手繰り寄せ叫ぶ。

「つかまれ!」
「逃げろって! 馬鹿!!」

 ルパンは次元を抱えようとするが、年上の次元のほうが上背があり、肩を貸すにもほとんど意味がない。

「俺を置いて逃げろ! このままじゃ2人とも捕まる!」
「嫌だ!! お前を置いて逃げるなんて絶対するもんか!!」

 なんとか塀際まで寄ったものの、足を怪我した次元を抱えてそれを越えることは到底無理で。警官隊を引き連れて銭形がにじり寄ってくる。

「…次元を撃ったのはどいつだ…」

 追い詰められ、警官隊と対峙したルパンが、不意に低い声で唸った。

「…ルパン?」
「お前か?」

 警官隊を見据え、おもむろに構えた拳銃の引き金を引いた。

「ぐあ!!」

 銃を構えていた警官の一人が、鮮血を散らして倒れる。

「それともお前か!?」

 次々と引き金を引く。躊躇うこともせずに。 狙いは寸分たがわず、次々と警察官たちを地面に沈めていく。飛んだ薬莢が、倒れこむ次元の目の前に空しく転がった。

「よせ! やめんか!!」
「…おっさんも俺に殺されたい?」

 無差別に殺人を犯す姿に、思わずルパンの前に立ちはだかった銭形だったが、ぞくっと肌が粟立つのを感じていた。
 その瞳に宿るのは野生の獣のような光。冷酷で、それでいて奇妙な熱を帯びた瞳。 どう見たってたかが14・5歳のガキだというのに、その纏ったオーラは尋常ではない。 数々の犯罪者の捜査に携わってきたが、これほどの恐怖を味わったことは今までない。
 殺される…反射的に身構えた。

「よせルパン!!」

 赤く濡れた手で、次元はルパンの手を引く。だがその静止はルパンには届いてはいない。

「ルパン!!」

 次元はその顔を見上げ、そして、銭形と同じ様に凍りついた。
 奇妙なほどに冷静で、そのくせ滾るような殺意を溢れさせる瞳。 そんなルパンなど見たことがなかった。こんなにも怒りに身を染めたルパンなど。 これがルパンの本性というのだろうか。冷酷で残忍で。何の感情もなく人を撃ち殺せる。それが"ルパン"だというのか。
 それが"ルパン"に求められることなのだとしても、次元はそんなルパンなど見たくはなかった。

「ルパン! やめろ!!」

 引き金にかかった指に力が込められる。

「よせ!!」

 ガウン!!

 次元の叫び声と、銃声が重なった。

 思わず目を閉じた銭形だったが、恐る恐る目を開けると、目の前の少年はその手から拳銃を取り落とし、呆気にとられた顔をしていた。

「…だからお前は半人前だというのだよ」

 そして、この緊張した場にそぐわない、穏やかな声が辺りに響いた。

「誰だ!?」

 銭形の指示で、サーチライトが辺りを照らす。そして、塀の上にいた一人の男を映し出していた。
 月光に輝く髪。モノクルの奥に沈む、深い青い瞳。大きな黒いマントが風にたなびく。 その手には銀色の拳銃。この男が、少年の銃を弾いたのだろう。

「君も警察官の端くれなら、私の顔くらいは覚えておいた方がいい。…もっともこれが私の素顔とは限らないがね」

 男はゆったりとした口調でそう告げ、ふわりと塀の下に降り立つ。

「私の名は、ルパン二世」
「お前が…!!」

 警官隊の間に戦慄が走る。
 ルパン二世。世界中でその名を知らぬものはいない、という大怪盗。1000の顔を持ち、狙った獲物は決して逃さない。 世界中の警察を手玉に取る、その鮮やかな手口は、初代ルパンにもひけをとらないといわれている。

「やれやれ、手ひどくやられたようだ。このたびは私の息子とその相棒が世話をかけたようだ。悪いが2人は連れて帰らせてもらうよ」
「ま…待て!」

 勇敢にも飛び出した銭形の目の前で、バサッとマントが翻る。 その瞬間白い煙が辺りを包んだ。

「煙幕…くそっ!!」

 ようやくその白い煙が収まったときには、当然ルパン二世の姿も2人の子供の姿もなかった。

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