「あ〜!! もうあったま来るぜ全く!!!」
カビ臭い本の山を盛大に崩し、ルパンはイライラと叫んだ。
「親父の奴、あてつけも大概にしろってんだ!」
「…んなこと言ったってどうしようもねぇだろう?」
舞い上がった埃に軽く咳き込みながら次元は仏頂面で呻く。
次元が学校で"指令"を渡されてから3日。
次元はルパンと共にルパン家の資料室で犯行の計画を練っていた。
本来ならただの構成員などが、こんな重要な場所になど入れないのだが(しかも次元はまだ卵だし)、今回は理由が理由ということで特例らしい。
「二世様の決定を覆せる人がいるとしても、一世様くらいなものだろう?」
「…じいちゃん、今、どこにいるんだろうな〜」
ルパン帝国を築いたアルセーヌ・ルパン一世は、息子に実権を譲り渡して悠々自適な生活を送っているらしい。
この帝国にいること自体稀だとか聞くが、全ては噂ばかり。その実態は孫の三世ですらよく知らないらしい。つくづく謎の多い一族である。
「くっそー、親父の奴今に見てろ〜! じいちゃんも真っ青になるくらいの完璧な計画で、その鼻明かしてやる!!」
鼻息も荒く、分厚い本に顔を埋めたルパンを見やり、次元は小さく笑った。
3日前、いつものように学校に次元を迎えに来たルパンに、二世からの"指令"を見せた。
するとルパンは困惑するでも動揺するでもなく、烈火のごとく怒り出したのだった。
『あのクソ狸親父め!!!』
ルパンと二世の間に何があったのかは教えてはもらえなかったが、ようは親子喧嘩なのではないかと思う。
つまり、その親子喧嘩に巻き込まれて自分はこんな危険な仕事に関わるハメになっているらしい。
夫婦喧嘩は犬も食わないんだったか?じゃあ親子喧嘩は猫も食わないかもしれないな。
そんなことをぼんやりと考えていると、途端に分厚い辞書で頭を叩かれた。
「いってぇなぁ!! 何するんだ!!」
涙目で抗議する次元。ちょっと首が縮んだんじゃないかというくらいの衝撃。
「お前ちったぁ真面目にやれよ! お前の卒業試験だろ!?」
言われて次元はうっと言葉に詰まる。
「いやそうだけど…」
どうも実感が湧かないのは、この"指令"があまりに現実味にかけるからだろうか。
それとも、この年下の天才に、全ては任せられるという信頼からか。
「ちょっとおさらいだ。今回親父が指定してきた獲物はこれ」
バサッと次元の目の前に本が広げられる。
「世界最大のブラックパール、通称"夜の雫"を使った、その昔はどこぞのヨーロッパ貴族のお姫様の持ち物だったという、ネックレスさ」
写真に写っているのは、大ぶりのブラックパールを中央に配し、その周りを黒曜石とシルバーで彩った、かなりシックなデザインのネックレス。
「それが人手を渡り歩いた末に、今はここ。N国の個人美術館に所蔵されてる」
次に、広げた地図の上をトントンと指で叩く。
「で、厄介なのがその美術館。ここのセキュリティは世界でも屈指といわれ、あのメトロポリタンやルーブルなんかに匹敵するとかしないとか」
「まさか。たかが個人美術館だろ?」
「成金道楽の美術館だからな。金に飽かせてなんでもやってる。
他には大したものは置いてないから、館内自体はそれほどでもないんだが、こいつのある部屋だけはやたらに厳しい」
そう言って広げたのは、なんとその美術館のセキュリティ資料。
「…ここの資料室にはこんなもんまであるのか?」
「世界中の、ありとあらゆる美術館・博物館の見取り図とセキュリティ資料は揃ってるよ」
しれっとして言うルパンだが、次元は改めてルパン家の力というものを思い知らされた気がした。
この資料にしたって、世界中に散った構成員たちが集めたものなのだろう。
「まぁ、ホントは下調べこそ泥棒の醍醐味だけど、今回は時間もないし何しろ初仕事だからな。
別にこの資料使ったからって不合格なんてこともないだろうし、あるもんは使わないと」
けろっとそんなことを言うルパンに、次元は開いた口がふさがらない。
「お前…ホントに初仕事か?」
「何? なんで?」
「慣れてるっていうか…とても13歳の考えることには思えないっていうか…」
「全部じいちゃんの受け売り!」
そう言ってルパンは小さく苦笑した。
「じいちゃんの冒険譚を子守唄に育ったんだぜ? それに、これくらいのことは出来ないとルパンの名が泣くって!」
そういうものなのだろうか。次元にはわからない。
生まれながらにして大きなものを背負わされた者の"あたりまえ"と、たかが構成員の息子の"あたりまえ"が同じはずもない。
「で、俺の考えた計画はこうだ。いいか? まずここが…」
「いや、でもそれだとこっちが…」
顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと資料とにらめっこを始める2人。
その日、2人の作戦会議は深夜にまで及んだ。
決行の日が近づいていた。
【なかがき】
実年齢は次元のほうが年上ですが、知能年齢(そんな言葉あるのか?)はルパンのほうがはるかに上だと思います。
精神年齢は…どっちもどっちでしょうね(笑)