その日、次元は珍しく担任教師に呼び出しを受けた。
「終礼の後ちょっと実習室まで来てくれないか?」
なぜか他の生徒には聞かれないように廊下の隅でこっそりとそう告げた担任。
さらには『くれぐれも他言するなよ』と念を押して去っていった。
なんだろう、と思いつつも、全く心当たりがないわけではない。たぶん、終了試験のことだ。
構成員養成学校は小等部と中等部にわかれ、中等部3年の次元は今年で一応卒業ということになる。
その最終試験というのが実に厄介で、実際に帝国のために働く構成員になるためにはこの試験に合格しなければならない。
合格率は30%程度。つまり、一学年50〜60人のうち前線で活躍できる構成員になるのは15人程度ということだ。
それくらい厳しい試験。
もっとも、試験に落ちても構成員になれないわけではなく、最前線部隊のサポートや研究施設に回るなどの進路が待つことになっている。
試験の内容そのものは実にわかりやすい。
今前線で働く構成員とタッグを組み、実際に仕事をするというものだ。
おそらくはその組み分けについてだろう。だが、その発表は正式な書類によって一斉発表されるはず。自分だけが呼び出される理由はよく分からない。
終礼も終わり、終業を告げる鐘が鳴る。
次元はいつものように鞄に荷物を詰め、担任に指定された実習室へ向かった。
「いやぁ、悪いね」
次元より遅れること5分くらいで担任はやってきた。
机の上に出席やプリントなどを放り出し、丸眼鏡の温和な語学教師はやれやれといったように首を振った。
「なんで呼ばれたかわかる?」
「…多分試験のことですよね?」
「さすがカンがいい。ちょっと面倒なことがおきてね」
そうぼやいてから、あ、他の先生には言わないでね、などといって苦笑した。
「とりあえず、これが君に渡される"指令"だ」
「え…いいんですか? まだだって発表は先のはず…」
「いいから。これは重要なことなんだ」
怪訝に思いながらも、次元は担任の差し出した封筒を受け取る。
立派な封筒には、ルパン帝国の紋章の蝋封。
担任に促され開けてみると、立派な透かし入りの紙には、確かにとんでもないことが書かれていた。
『次元 大介
上記の者、ルパン三世と共に、
"夜の雫"と呼ばれるブラックパールを盗み出すこと
ルパン二世』
たった4行から目が離せない。
「…どういうことですか…」
わりと物事に動じない性質の次元も、さすがにこれには動揺を隠せない。
試験は場数を踏んだ経験のある構成員と組むものだ。それだけ実際の仕事には危険が付き纏うからである。
だというのに、次元とともに仕事にあたるのがこちらも実戦は初というルパン三世とは。
いくら三世が天才と呼ばれ、一世を凌ぐ力量の持ち主であるといわれていても、それとこれとは別の話だ。
しかもそれが二世直々の指示だというのだから恐れ入る。
「こんな……冗談でしょう?先生」
「我々も冗談だと思いたいよ、次元」
そう言って、担任は重いため息をついた。その様子から、彼もまたこの降って湧いたような話に辟易しているのがわかる。
「これはその署名にもあるとおり、二世様直々のご判断だ」
「いや…でもなんで俺が…」
「…お前、三世様と懇意にしてるらしいな?」
毎日のように連れだって街を歩いているのだから、知らない人はいないだろう。
「…まぁそうですけど…」
「そのせいだとは思うんだがな…二世様の考えていらっしゃることは俺なんかには分からんよ」
あっさりと言って肩をすくめる担任に、次元は苦笑した。
事情を知らされていないという点で言えば、多分担任も自分と大して変わらないのだ。
学校長ですらそうだろうし、おそらく全ての理由を知るのはルパン二世ただひとり。
息子の三世だって今時点でこのことを知っているのかどうか怪しいものだ。
とにかくルパンに会わないと。次元は書類を封筒にしまった。
「…まぁおって学校長や実習の担当から指示があると思うが…次元」
「はい?」
「…死ぬなよ」
温厚な英語教師の瞳に、怜悧な光が宿った。
つうっと、次元の背中を冷たい汗がつたった。
つまりは自分たちが足を踏み入れようとしている世界はそういう世界だということだ。この温厚な英語教師もかつては最前線の工作員だったと聞く。身を引いたのは、自らの失敗で生死の境をさまよったから…。
失敗すること、それがイコールで自分の命に関わる世界。それが自分達の生きるこの島。
「…はい」
指令の入った封筒を握りしめ、次元は小さく頷いた。
【なかがき】
蛇足ですが、次元の担任の先生は英語とフランス語の先生です。現役時代は潜入捜査のプロフェッショナルでした。
どうでもいい設定ですね(笑)
学校の仕組みの設定も本気にしないでください。全て管理人の妄想です←