The location of Pain

3

 夢を見ていた。
 暗い闇の中。得体の知れない不安と恐怖に、押しつぶされそうな中でもがいていると、不意にどこからか手が伸びてきて自分を引き止めるのだ。 その手は少しかさついていて骨ばっていて。でも大きくて暖かくて。 自分はこの手の持ち主を知っている。そう思ったところで、今度は突然唇を塞がれる。
 その手の持ち主にキスをされたのだと気付く。逃げたいのに身体はピクリとも動かなくて、そして。
そこでいつも目が覚めるのだ。

 まだ薄暗いホテルのシングルルーム。畳の上での生活に慣れ親しんだ五右ェ門には柔らかすぎるベッドから身を起こし、五右ェ門は小さくため息をついた。 浅い眠りのせいで何度見たか分からない夢。3ヶ月ほど前に怪我を負ったあの夜から。何度となく見る夢のせいだ。 ほとんど無意識に。自分の唇に手をやった。もちろんその先に、夢の名残などない。

 あの夜。熱に朦朧とする意識の中、次元が自分にキスしてきた夢を見た気がする。 夢だったのか、熱が見せた幻覚だったのか。どちらにせよ、そんなものを見た自分が分からない。自分の深層心理だとでもいうのだろうか。 だとしたら、なんと浅ましく不可解なことか。

 次元は腕は立つし、気も利くし、義理堅い。天下のルパン三世が長く相棒とするだけのことはある、いい男だ。 第一印象こそあまり良くはなかったが(馬鹿みたいな片言で『ヘイユー、サムライゴエモンショーブショーブ、アハ〜ン?』などとぬかしたのだ。)、今では仲間として信頼している。 それだけだ。それ以上の感情など抱きようもない。自分はもちろんだが、それ以上に次元のほうが。

 昨夜別れ際の様子を思い出す。
 甘い香りを漂わせ、あからさまな女の影を拭うこともなく帰って来た次元。次元とて男だ。そういうこともあるだろう。 ルパンと同じくらい実はよくモテる。
 だが、ルパンと違いモテる割りに身持ちの硬いところがある次元が、あからさまな女遊びの跡を残したまま帰って来たのは少し気にかかる。 次元たちと組むようになって随分経つが、今までなかったことだ。
 それだけではなく、最近の次元は少し様子がおかしいと思う。 心ここにあらずというようにぼんやりとしていることが多く、こちらが話しかけても要領を得ないことばかりだ。 避けられているというほどでもないが、距離を置かれているように感じることもある。
 何かしただろうか、と思い返してみても別に心当たりが在るわけでもない。 強いて言えばこの夢くらいなものだが、いくらなんでも他人の夢が覗けるわけもないのだ。だから次元がそんな夢のことなど知る由もない。

 また、知らずため息が零れた。
 時折気がつけば、ふと寂しげな表情を見せる次元のほうを伺っている自分がいる。何を悩んでいるのか。何故、自分を避けるのか。 どうしてこんなに次元のことを気にかけているのか、自分でもよく分からない。よく分からないのに、そんな堂々巡りの疑問だけが頭を駆け巡る。

 窓の外はまだ暗く、夜明けはまだまだ先のようだった。





「腹減ったなぁ…ってあらどったの五右ェ門、神妙な顔して」
「…いや、なんでもござらん」

 そろそろ昼になろうかというような時間にようやく起きだしてきたルパンは、それでもまだ眠いのか、くあぁと大きなあくびを漏らした。

「眠そうだな」
「ん〜だってあれから明け方近くまで、今日の打ち合わせしてたんだぜ」

 コーヒーメーカーのスイッチを入れながら、そんなことを言う。 ならば、明け方に起きだした五右ェ門とは、ほとんど入れ替わりだったということだろう。

 結局あれからほとんど一睡も出来ず、夜も明けきらないうちからいつもの修行を一通り終えてしまった五右ェ門は、またひとり思案にくれていた。 次元のほうは、まぁ朝といえばぎりぎり朝ぐらいの時間に一度顔を出し、相変わらずな様子で大して会話もせずにふらりとどこかへいなくなってしまったのだ。 そのときの様子を思い出し、また思案気な顔になった五右ェ門に、ルパンが首をかしげる。

「やっぱお前、なんかおかしいぜ? 何か悪いもんでも喰ったんじゃねぇの?」
「…おぬし拙者をなんだと思っているのだ?」

 眉間にしわを寄せる五右ェ門。
 しかし、ルパンのほうはどこ吹く風といった様子で、ソファに座る五右ェ門の横に腰を下ろすと肩に手を回す。

「何か悩み事? 俺様に相談して御覧なさいよ」
「暑苦しい。離れろ。…ところでおぬし、最近次元の様子がおかしいとは思わぬか」

 顔がくっつきそうなくらい寄ってきたルパンを引き離し、五右ェ門は問うた。 自分よりも次元と共にいる期間の長いこの男なら、あるいは何か知っているやも知れぬ。そう思ったからである。 それに、今だって自分の様子がおかしいということに気付いたではないか。
 そう考えての五右ェ門の問いに、ルパンはほんの一瞬困った顔を見せた。 だがそれも本当に一瞬で、すぐにいつもの飄々とした顔に戻る。

「そぉか?別にいつもどおりだと思うけっどなぁ〜」
「…本当か?」
「あいつがぶっきら棒なのは、今に始まったことじゃねぇしなぁ」
「…おぬしがそう申すのならよい」

 一瞬見せた困惑は気になるが、自分以上に人の心の機微に聡いこの男がそう言うのだ。 ならば、自分の思い過ごしかも知れぬ。五右ェ門はそう思った。
 それに、こういうときのルパンが、どんなに問い詰めたところで裏に隠したことを言うわけがないということは、五右ェ門も学習していた。

「何?次元がどうかしたの?」
「拙者の思い違いかもしれぬのだが…ここのところ妙にぼんやりしておるし、拙者が話しかけても全く要領を得ぬ。 避けられているというほどでもないが、なんとなく距離を置かれている感じもする」
「…お前何かしたの?」
「何も。分からぬからこうして悩んでおるのではないか」
「まぁそりゃそうだわな」

 ルパンは苦笑し、頭を掻いた。

「そんなに気になるんなら聞いてみりゃいいじゃないの?」

 言いながら胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
 少し癖のある香りが部屋に広がった。

「なんと聞けばいいのだ」
「ん〜? そりゃお前、最近様子がおかしいぞってでも聞きゃいいだろ。てかそれくらい自分で考えろよ」
「む…」

 言われて見ればその通りで、ついついルパンに甘えてしまったようだ。
 なんにしろ、次元と付き合いの長いこの男のことだ。1人で悶々と考え込むよりは、その助言には素直に従うべきだろう。

「美味い酒でも用意してな、たまにはじっくり腹割って話すのもいいんじゃねぇの?」
「む…」

 それもいいかもしれない。どちらにせよ駆け引きなど自分の得意とするところではないのだから、直接聞くしかないのだ。

「ああ、そういやこないだ次元が飲みたがってた酒を手に入れたんだよな〜あれ、やるよ」
「かたじけない」
「ま、その前に今晩のお仕事はしっかり頼むぜ」
「承知」

 にやりと笑うルパンに五右ェ門も笑った。

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