「五右ェ門の様子はどうだ?」
「とりあえずは眠ってる。じいさんの話だと命に別状はないらしい」
クラウンの追っ手をまいて、どうにかアジトに舞い戻ってきた俺たち。
それだけならすぐにでもまけたのだが、銭形のせいで少々手こずった。
さすが銭形というべきか。
それから懇意にする医者を叩き起こし、五右ェ門の傷の具合を見せたのはまだ30分程前のことだった。
「弾は貫通してたし、撃たれたのが左肩だった割に、腱も大きな血管もそれてたらしいしな。
出血がちょっと多かったみたいだけどよ。まぁ五右ェ門なら大丈夫だろう」
ルパンはソファに深く身を沈め、煙草の煙を吐いた。
「…ルパン、一体何があった?お前らしくもねぇ」
「こっちが掴んでた情報がガセだったのさ。クラウンの野郎、狙われてるの知ってデマを流しやがった」
あいつだけは許せねぇ。
乱暴に煙草を灰皿に押し付け、ルパンはギリリと歯噛みした。
「…不二子か?」
今回は予告状は出していなかった。
ならば俺たちが奴を狙っているという情報が漏れてたとするならば、この話を持ってきた不二子が1番怪しい。
「そう。狙ってるって情報を流したのは不二子さ。
不二子はクラウンと賭けをしてたんだ。俺がジュエリーブーケを盗めるか、ってな」
つまり、クラウンと不二子は俺たちをネタに賭けをしていた。そして俺たちはそんなことも知らずに不二子の口車に乗り、
まんまとクラウンの張った罠に落ちた、というわけである。
不二子の方は俺たちに盗んでもらわないと賭けに勝てないから、俺たちの不利になるような偽情報を流したりはしないだろう。
偽情報を流したのはクラウンのほう。それだけ躍起になってルパンを倒しにかかっているということだ。
「なるほどな。つまりはまたお前は不二子に騙されたってこった」
「…それを言うなって」
ルパンは苦い顔を見せる。
「それもこれもお前が不二子に甘いからだぜ」
「今回は許さねぇよ。五右ェ門は大怪我してんだ」
「どうする?今回は諦めるか?五右ェ門抜きだとあの警備網はキツイぜ?」
「誰が諦めるかよ!
1度手をつけた獲物を途中で諦めたなんてあっちゃ、このルパン様の名が廃るぜ」
どうやらクラウンの野郎の所業は、このプライドの高い相棒の逆鱗に触れたらしい。
こうなった時のルパンは手に負えない。
ルパンは次の煙草に火を点け、バサバサとクラウン邸の資料を机に広げ始めた。
「俺はこれから計画を練り直すぜ。
あんにゃろうめ、今に見てろ。再起不能にしてやる」
「…任せたぜ。俺は五右ェ門の様子を見てくるわ」
俺はそう言い置くと、2階にある五右ェ門の寝室に向かった。
途中でキッチンに寄り、氷と水を用意する。
「五右ェ門?」
そっと開いたドアから中へ入る。
返事がないところをみると、眠れているというのは本当らしい。
月の光を頼りに薄暗い部屋の中で、俺は枕もとにおいてあった椅子に腰掛け、様子を伺う。
うっすらと額に浮いた汗。苦しげに顰められた眉に荒い呼吸。
そっとその額に手を当てると、熱がかなり出ているようだった。まぁ銃の傷だから仕方ない。
俺は持ってきた布を水に浸してその額に乗せてやると、かすかに身じろぎした。
こんなに弱った五右ェ門を俺は見たことがなかった。
浅く上下する、包帯の巻かれた胸元を見ていたら、またちりちりと胸が痛んだ。
「死ぬなよ五右ェ門」
鮮血に染まる着物。それを見たときには背筋が凍った。
こいつが死ぬかもしれない。
その可能性を突きつけられた俺は、ほとんど恐慌状態だったと言っていい。
人の死なんて数え切れないほど見てきた。
仲間を見送った事だって何度もあるし、逆に自分が死に掛けたことだってある。
そんなときでさえ、今日ほどの恐怖を味わったことはなかった。
「失いたくねぇんだよ、お前を」
白い横顔に呟いて、俺ははたと我に帰った。
俺は今なんて言った?
「…あぁ、そうか…」
俺は鉛のように重いため息を吐いた。
ここ最近、いや、本当はもっともっと前から、ずっと澱のように胸の中に溜まっていた感情の根源をようやく自覚する。
「惚れてんのか?この俺が?お前に?」
畳み掛けるように自問して、思わず苦笑した。
わかってしまえばなんていうこともない。
初恋でもあるまいし、いくら男が相手で勝手が違うとはいえ、今までこの感情の元に気付かなかったのがおかしいのだ。
…いや、本当のことを言えば、ずっと前から気づいてはいたのだ。
ただ俺自身がそれを認めることが出来ずにいただけで。
血に染まったこいつの姿が、俺が背け続けていた俺自身の気持ちへ向き直らせたのだ。
「じ…げ……ん」
不意に、五右ェ門が俺を呼んだ。
「五右ェ門?」
今の独り言を聞かれたのかと思って、背筋が凍った。
「ルパ…ン……」
目を覚ましたのかと思った。しかし、その目が開くことはなく、また荒い呼吸を繰り返す。
何の夢を見ているのか。かなりうなされているようだった。
「びっくりさせんなよな」
頬にかかる髪をかきあげてやった。
この男を失いたくない。そして出来れば俺のものにしてしまいたい。
…だが世界がひっくりかえって太陽が西からのぼったって、そんな願望が叶うはずもなく。
僅かな葛藤の後。
薄く開いた唇に、俺はゆっくりと自分の唇を押し当てた。
自分とは違う熱がこの上なく愛しいと思う。その感情は間違いなく恋で。
…だがこれが最初で最後だ。この気持ちを五右ェ門に知られるわけにはいかない。
「…ばれたら殺されるな」
苦笑しながら俺は部屋を後にした。
「…はやく帰って来いよ、五右ェ門」
【なかがき】
ついに自覚してしまいました、ガンマン。
しかもチューまで(笑)
ガンマン、恋を自覚する編は次回で完結です。
'10.04.29 秋月 拝