ルパンは困惑していた。
その原因は、自分の目の前に立つ着物姿の男。
「次元は…次元は無事であろうな!?」
似つかわしくないほどの狼狽振りを見せる侍に、ルパンは驚きを隠せないでいた。
これほど取り乱した五右ェ門を見たことなど、斬鉄剣を盗まれたときぐらいだろうか。
感情の起伏は実を言えばは自分達の中でも1番激しいと思うし、怒らせると誰よりも怖い男でもある。
だが、ここまでうろたえるのを見たことは少ない。
そんな五右ェ門が。
「次元はどこだ!何故かようなことになっておるのだ!!」
ただひたすらに、狼狽していた。
カジノ襲撃の後。
いつものようにちゃっかり逃げようとしていた不二子をヘリごと強奪し、ルパンが次元のところに戻ったときには、
次元は地面に倒れ臥した後だった。
そんな次元をなんとか連れてアジトに戻ったのが1日前。そして、中国の山奥にいた五右ェ門に連絡を取ってから、まだ20時間ほどしかたっていない。
そこからだと、普通なら1日かかる行程を、どうしたことかこの侍はたった半日程でやってきたことになる。
「次元なら隣の部屋で寝てるわ」
血相を変えて詰め寄る五右ェ門に、横から不二子がそう告げる。
「ルパン!何があったのだ!!」
「あ〜…えーとだな…」
なおも詰め寄る五右ェ門に気圧され、ルパンはしぶしぶ昨日の出来事を語りだす。
但し、不二子が自分たちを落としいれようとした、ということは除いてだ。
しかし、五右ェ門のほうはそれでおおよそのことを把握したらしい。
下げた斬鉄剣の鯉口を切り、不二子に剣呑な瞳を向ける。
「…次元の身に何かあったらその時は容赦なく斬る」
冷徹な声でそう告げられれば、さすがの不二子も震えるしかないし、
「ルパン、かばいだてするようであれば、おぬしも道連れだぞ」
これにはさすがのルパンも動けない。 先ほどまでの狼狽振りはどこへやら。
ひどく冷静な声色でそう告げると、五右ェ門は部屋を後にした。
その冷静さが、かえって五右ェ門の怒りを表していた。
部屋に充満していた殺気が消えると、不二子もルパンもへなへなとその場に座り込んだ。
「こ…怖かったわルパーン」
ルパンにしがみつき、泣き声で不二子が言う。
世間で言われる石川五右ェ門の恐ろしさを身をもって体験したのだ。無理も無い。
仲間であればこれ以上心強いことはないが、ひとたび敵に回せば斬鉄剣の露にされるのは時間の問題である。
「おーよしよし。でも不二子、今回は五右ェ門に斬られたって、次元に蜂の巣にされたって文句言えねぇぜ?」
「アタシだって分かってるわ。まさかこんなことになるなんて思ってなかったんですもの…」
珍しくしおらしい姿の不二子。今回ばかりは演技ではなく本気らしい。
「次元、大丈夫かしら?」
「なぁに、大丈夫。俺の相棒はこんなことでくたばるような男じゃねぇよ。
それに、これで万事上手く行くはずだぜ」
そう言ってにやっとルパンは笑った。どうやらまた何か企んでいるらしい。
煙草に火を点けるルパンを横目に、その意図が分からず不二子が怪訝な顔をする。
「やれやれ…全く世話の焼ける野郎どもだぜ」
紫煙をくゆらせながら、ルパンは五右ェ門の消えた扉のほうを見やる。
(答え、ちゃんとでたじゃねぇか)
『どうしたらいいか分からんのだ』
中国の山奥まで五右ェ門を迎えに行ったとき。ひどく情けない顔でため息をついていた横顔を思い出す。
『考えれば考えるだけ分からなくなるのだ』
考えるから分からないんだろ。そう告げたルパンに、五右ェ門はやはり分からないという表情を見せた。
理屈ではないのだ。次元の五右ェ門に対する想いは。ならば、五右ェ門のほうも理屈で考えてはいけないのだ。
そのことに、生真面目なサムライが気付くはずもない。
だから理屈を排除できる状況に、五右ェ門を追い込まないといけないと思った。
そうしたら今回のことだ。
もちろん次元の大怪我は計算外だったが、これで五右ェ門は理屈抜きの自分の気持ちと向き合わないといけない状況になった。
『次元に何かあったらその時は容赦なく斬る』
(それが、理屈抜きの”答え”だろ?)
もっとも、あの様子だと五右ェ門がそのことに気付いているかは微妙だが。
「にしても。愛されてんなぁ、あいつ。うらやましいぜ」
次元のいる部屋のほうを見やり、ルパンは小さく苦笑した。