見慣れた殺風景な部屋。その隅に置かれたベッドに、次元は寝かされていた。
浅く上下する胸が、まだ次元が自分と同じ世界の住人であることを五右ェ門に知らせていた。
「…次元」
脇に置かれた小椅子に腰かけ、五右ェ門は小さく名を呼んだ。
しかし、それに返事はない。
「おぬしも…同じ思いだったのかもしれぬな」
半年ほど前、自分が手傷を負ったときには次元が献身的に看病してくれた。
そして、あの夜の口付けが夢でも冗談でもなかったのだと、今なら思えた。
ルパンに連絡をもらったときには、嘘だと思った。
自分の知る次元は、たかがマフィアごときにやられるような男ではない。
だが、その一方で言い知れようの無い不安が五右ェ門を襲った。
もし、それが本当なら。もし次元が死んでしまったら。
自分が意地を張ったせいで、このまま喧嘩別れに二度と会えなくなってしまったら。
そう思ったら居ても立ってもいられずに、五右ェ門はこのアジトに向かっていた。
「次元…次元!」
答える声は、ない。
「次元…拙者を置いて逝くではない!!」
自分はまだ。まだ何も伝えていないのに。何一つ大切なことを伝えれてはいないのに。
答えを見つけ出せたわけではない。考えれば考えるほど深みにはまり、わからなくなる。
だがその答えを見つけ出す前に、自分をこんな状況に追いやった張本人が目の前から消えるなど、許せない。
「拙者を置いて逝くなんぞ許さんぞ!!」
ぽたりと、膝の上で握りしめた拳に何かが落ちた。
それが自分の涙と気付いたときには、もう流れ落ちるのを止められるはずもなく。
「じ…げ…」
まるで子どものように。
「拙者が…おぬしへの答えを見つけるまで…拙者を置いて逝くなっ…拙者を1人にするなっ!!」
押し殺していたはずの感情が流れ出す。涙と共に。
「次元!!」
「…ったくよぉ。みっともねぇなぁボロボロ泣きやがって」
不意に。
自分のものでない声がした。
「次元…?」
にっと口角をあげた、見慣れた笑み。
「おぬしっ…」
状況が飲み込めず、ぽかんとする五右ェ門。
「怪我は…」
「なに。あんなもんかすり傷よ。ルパンに面白いもん見れるから寝たふりしとけって言われてたのさ」
しれっとした顔で次元は言う。それに絶句する五右ェ門。
「…おぬし拙者をはめたのか!?」
ようやく状況を飲み込んだ五右ェ門は、涙に濡れた顔のまま、今度は怒りで真っ赤になった。
「おいおい、よせよ。これでも怪我人だぜ、俺は。いてててててて」
刀に手をかける五右ェ門に、次元は腹を押さえ、芝居がかったように痛がってみる。
そんなことをされては、五右ェ門も押し黙るしかない。
次元に怒りの矛先を向けられず、五右ェ門は目いっぱいの不機嫌さを隠そうともしない。
…このぶんだと、次元に入れ知恵したルパンが後でその代わりにされるだろうことは、想像に難くないが。
「…悪かった」
不意に、次元がそう告げた。
「…おぬしは、あの時もそう言ったな」
あの時。2人が喧嘩別れすることになったあの夜。
突然キスされ呆然とする五右ェ門。「寄るな!」と拒絶した五右ェ門に、次元は今と同じ台詞を告げたのだ。悪かった、と。
「…主語をつけねぇのが悪いクセだって反省したんだけどな。またやっちまった」
「キスなどして悪かったと、そう言いたかったのか?」
「いや…今のは『騙して』悪かった、だ」
あの時と同じ。真っ直ぐに五右ェ門を見上げ、次元はとつとつと告げる。
「それからな、あの時は。言えばお前を傷つけることくらい分かっていて、それでも言わずにいれなかった自分が悪かったと。
許してもらおう、なんて思っちゃいない。ただ、もう一度お前と話がしたかった。どうしても。
だからな、この仕事が片付いたら迎えに行こうと思ってたんだぜ」
ヘマしちまったけどな。そう言って、苦笑する。
「…なぜ、そういうことをきちんと言わぬのだ」
分かるわけないであろう。ため息と共に五右ェ門はそう言った。
もう一度話がしたかったのは自分も同じ。ただ、あれだけ次元を拒絶して修行に出た手前帰りづらかったのだ。
「拙者も、おぬしに謝らねばならぬ。…ひどいことを言った」
「なぁに、俺はああ言われてもしょうがねぇことをしたさ」
そう言って次元は唇の端で自嘲気味に笑う。
「でもな」
そこで言葉を切り、真っ直ぐに五右ェ門を見上げた。
「俺が死にかけたって聞いて、お前は飛んで帰ってきて『死ぬな』と泣いてくれた。…俺はそれだけで充分だ」
この上なく晴れ晴れとした顔で、そんなことを言う。
そんな顔をされたら。そんなことを言われたら。
きゅうっと五右ェ門胸の奥が啼いた。ああ。そうか。これがきっと”答え”なのだ。
この感情が。そしてこの感情を抱けた自分が。
「…おぬしはズルイ男だな」
「五右ェ門?」
「ひとりで満足しおって。拙者の答えを聞かぬつもりか?」
「…出たのか?答えは」
「これが答えだ」
おもむろに。五右ェ門の唇が、次元のそれに重ねられた。
初めてのときよりも、そして、2度目のときよりも長いキス。
さらりと五右ェ門の長い髪が次元の頬にかかった。
「おまえ…」
呆気に取られる次元。五右ェ門のほうはさすがに気恥ずかしかったのか、ついと横を向いてしまった。
「…馬鹿野郎。そんなことされたら、余計惚れちまうだろうがよ」
次元の言葉に、五右ェ門は赤くなる。だが、すぐになにか気付いたらしく、次元の額に手を当てた。
「何?」
「…馬鹿はおぬしだ。何がかすり傷だ、だ。ひどい熱ではないか」
そう言って、五右ェ門は少し慌てたように立ち上がった。
「水と氷嚢を持って参る。大人しく寝ておれ」
部屋を出てゆく五右ェ門の背中を見ながら、次元は眠りの海へ落ちていった。
その心と唇に、心地よい感触を残して。
Fin.
【あとがき】
管理人の趣味すぎる、ベタ甘展開で申し訳なかったのですが、これで一応くっつくとこまではなんとか終わらせることが出来ました。
怪我して弱った次元と、ボロ泣きするゴエが書きたかっただけという噂もありますが…(汗)
途中片恋編のあたりがめちゃめちゃ書きにくかった反動で、こちらはあっという間に書き上げてしまいました。やっぱり甘々が好きなんですね。管理人は。
趣味丸出しのお話に最後までお付き合いいただきまして本当にありがとうございました。
'10/07/12 秋月 拝