「なぁなぁ、来週末そこにある神社の境内で夏祭りがあんだって!」
熱い熱いと各々が何とか避暑対策を練っていたある日中、外へと煙草の買出しに出掛けていたルパンが目を輝かせてアジトへと戻ってきた。
アジトには次元と五右ェ門、そして茹だるような暑さを紛らわせる為だけにアジトへとやってきた不二子がいた。
五右ェ門でさえ「心頭滅却すれば…」と滝行に出かけようとアジトのドアを開けた瞬間、照り返しの熱に体をやられてしまう程の熱さ。
「…無念」
「まぁ、確かにこの熱さで出かけりゃ到着までに熱中症でくたばっちまうわなぁ」
「だから、こーいう時こそクーラーの効いた部屋でごろごろアイス食べながらくだらない心霊番組見るのが一番なのよぉ」
不二子はいつもの格好とは想像も付かないようなあらわな姿でソファーに寝転がりながら、テレビのリモコンをがちゃがちゃと弄っている。
「化粧おちかけてんぞ、お前」
「…五月蝿いわよ、あんたには言われたくないわよ次元!」
そんな二人の為に次元が昼食を作るために台所へと立ち上がったその瞬間に、ルパンがその話を持ち帰ってきたのである。
「早くドア閉めなさいよルパン!熱気が入るじゃない」
熱さの所為か苛立を隠せない不二子に手で風を送りながら、無理矢理にルパンはソファーの隙間へと深く腰をおろした。
「おお、不二子ちゃ〜ん今日はセクシィーな格好じゃない。むふふ♪」
キャミソール一枚だけという姿に加えてうなじを見せるように無造作に上げられた髪を見て、にやにやといやらしい笑いを浮かべるルパンに五右ェ門と次元は怪訝そうな表情を浮かべる。
「お主のそのいけ好かない笑いの所為で、拙者の集中力が途切れてしまう。その腐った根性を叩っ斬ってやるわ!!!!」
ルパンの真向かいで坐禅を組んでいた五右ェ門は、側に置いた斬鉄剣でルパンを斬りそうな素振りを見せた。それもこれも全てこの茹だるような熱さの所為だ、とキレそうな五右ェ門を静止するために台所から次元がやってくる。
「やめろ五右ェ門!侍なら冷静になれっ」
背後から五右ェ門を抑えつけようとするものの、ブチ切れ寸前の五右ェ門にはそんな力は大したものではなかった。
「そもそも次元、お主のその暑っ苦しい喪服のような格好も原因の一つなのだ!!!ルパン共々叩っ斬ってくれる!!!」
「おいっ、俺は関係ないだろう!!!不二子、お前も止めろよ!!!」
「えーめんどくさーい。第一そんな事したら折角のスカルプが割れちゃうじゃない」
「そんな問題かっ!!!」
結局押し問答の末、何とか五右ェ門を静止した次元は台所に用意していた食事をようやくテーブルへと運んできた。
「えーまた素麺ー?」
「五月蝿ぇ。文句あるなら食うな」
「あら、私は好きよお素麺」
「…お前も食うのか?」
子供たちを育てるのはこういう事なのだろうか、夏休みの母親は大変だなぁ…と心の奥にしみじみと感じながら次元は開いているシングルソファーに腰を据えた。
「でさぁ、さっきの話なんだけど」
伸びた素麺をずずずとすすりながら、ルパンは笑いながら先程の話を再度持ちかける。
「折角だからさー、みんなで行かね?大きな仕事のヤマは終わって落ち着いてる時期だしよ、納涼って意味でさ」
「拙者はかまわんが」
「不二子ちゃんは?」
「そうねぇ。たまにはそういう庶民の遊びっていうのもいいかもしれないわね」
「…てめぇは不二子の浴衣目当てだろう」
「あ、バレた?―でもみんなで出かけるのもよくね?」
「そうだな。夏らしいこともロクにしてねぇしな」
「じゃあ決定ー!浴衣誂えていきましょ、いきましょ!」
そして一週間後。
「うわー結構な人ね」
「この辺じゃあこれが一番大きな祭りらしいぜ」
各々に浴衣を纏った四人が、神社の境内へと集合する。
「斬鉄剣がないのは落ち着かんな」
「この期に及んで何を切りつけたいんだい?五右ェ門よぉ」
アジトに斬鉄剣を置いてきた五右ェ門は(最後の最後まで持って行くと聞かなかったのではあるが)、腰に何もないことがどうやら落ち着かない様子である。
どこかまごまごした様子の五右ェ門を見かねてか、ルパンは五右ェ門に声を掛けた。
「五右ェ門ちゃん、きっと縁日で遊んでいりゃ斬鉄剣の事なんて忘れるって」
「む…そうであろうか」
「そうだとも五右ェ門。そういやお前、金魚すくいやりたいって言ってなかったか?」
ルパンに合わせて次元も五右ェ門に声をかけると、そっと五右ェ門の掌に五百円硬貨一枚を載せて握り締めさせた。
―そしてのちのちにこれが結構大きな事件(?)へと発展していく事など、この段階では誰一人として考えもしては居なかった。
「でやぁぁぁっ!」
「あーまた破れちまったねぇ兄ちゃん」
「っ…無念だ…っ」
五右ェ門はあれから、縁日の屋台で金魚すくいを行っていた。
「はい、残念賞の赤い金魚ね」
「…もう一回!」
何度も何度も根気よくチャレンジするのはいいものの、なかなか上手い具合には掬えない。
そもそも五右ェ門が狙っているものは赤い金魚ではなくて、その中に泳ぐ黒い出目金なのである。
しかし出目金というもの、そうは簡単に掬えない仕様になっている。
「…」
「兄ちゃん、いい加減それくらいにしておきなよ。あんた金魚すくいのセンスな…」
「次元っ!!500円をよこすのだ!」
何度挑戦しても諦めないその精神の所為なのか、屋台の周りには段々と見物客が集まってくる。
客寄せパンダ状態の五右ェ門の背中を見ながら、次元は大きな声でわざとらしく溜息をついた。
「お前、大概にしろよ。これだけギャラリーが集まってくると色々と厄介な事に巻き込まれるぞ」
「別にいいではないか、拙者何か悪いことでもしているのか?」
開き直る五右ェ門に、次元はそれ以上の言葉も出なかった。確かに、悪いことはしていない…寧ろこの屋台に色々な面で貢献をしているのである。
「ったく、お前ってヤツは―。…ほれ、これで最後だからな」
次元はもう一度わざとらしい溜息をつくと、五右ェ門の掌に最後の五百円玉硬貨を差し出した。
そんなこんなで次元と五右ェ門が押し問答をしている隙に、ルパンと不二子はふらふらと別の屋台を見て回っていた。
そして次元は、ひと目のつかない所でこそりと自分の財布を覗き込む。
「…やっぱりねぇよな…」
次元は今日三度目の大きな溜息を吐きながら、見なかった振りを決め込むかのように財布を浴衣に仕舞い込んだ。
「どうするかな、ルパンと不二子にせがまれたら…」
そして次元の思惑通り、ルパンと不二子は素知らぬ顔で次元の元へとやってくる。
「…なんだ?おめえら」
「あんさー、次元ちゃん」
「じっげぇんー」
「不二子、お前がそんな猫なで声をあげるということは…金か?」
「あったりー!」
横から覗き込むようににやにやとした表情で、次元の顔色を窺うルパン。
次元はあくまで冷静を保つために、煙草に手を伸ばした。そんな次元が煙草を咥えた瞬間火をつける不二子。
二人しての確信犯的な動きに、次元は頭を抱え込んだ。
「俺さー、さっきからあの当て物やりたくてたまんねーんだよ」
「…お前の金でやれ」
「いや、だからさやってんだけどね…見てよこれ、すっからかん」
「ならやめろ。そんだけの運だったってことだ」
「でもよう、あれ一等にプレステ3があるんだぜ!?あれ当ててメタルギアの新作するって決めてんだから」
プレステ3位自分の金で買えよ、第一当たりの番号は最初から抜いていてねぇ…と言いたいところだが―ルパンのキラキラと輝く(こんなルパンは何時ぶりであろうか)瞳に次元は少し心を揺さぶられる。
そして横から腕を掴んで割居ってくる不二子。
「ねぇ…あそこの屋台で売ってるのよ、ピカピカに光るブレスレットが」
「あん?んなもん、ルパンに買ってもらえルパンに」
しっしっとあしらう次元に、不二子は腕を揺さぶって応戦する。
「ルパンはお金の無駄って買ってくれないの〜!第一あんなのすぐ駄目になるって…」
「そりゃ正論だな。今回は諦めな、カワイコちゃん」
「嫌よ、私は一度欲しいと思ったものはあきらめない主義なの!それに次元だってさっき散財してたでしょ?射的で」
「あ、あれはだな…」
「後ろから密かに見てたのよ。どこかの高校生位の好青年と早撃ち対決とかいって、いい歳こいた大人がムキになってるわね〜って」
「…」
「それに比べたら私なんて、ねぇ?」
そう黒い笑みを浮かべる不二子に、次元はぐうの音も出なかった。
そしてそれに追い打ちをかけるように駆け寄ってくる、五右ェ門。
「次元、あと一回…あと一回だけ、すまん!」
「次元ちゃ〜ん、今度こそはプレステ3ぜってーに当てるから!」
「お願〜い。ね?あんなの安いもんでしょッ」
「―お前ら…なぁ…」
次元の弱みにつけこんで甘えた声を出す三人。
このままずらかるか…と脳裏に嫌な思想がよぎった瞬間、次元は背後からいつも感じている視線を感じた。
そしてその瞬間、その視線はこちらへと段々距離を縮めてやってくる…例のごとく、空気を読まずに大声を張り上げて。
「逮捕だルパァン!」
「ふふふ…きたなとっつぁん」
次元は銭形を待ち構えるふりをして、足の甲で銭形をひっかける。
ずどーんと重い音が静かに響くと、次元は銭形をゆっくりと起こしてやった。
「お、お前何をする!―公務執行妨害で逮捕するぞっ」
そう次元にけしかける銭形の脇から、次元はさっと財布を抜き取った。
「すまんなとっつぁん、こんなスリみたいなことは美学に反するようでしたくなかったんだがな―。しかし今の俺にはそんなことはどうだっていい。この前銭形的物量作戦で仕事がうまく行かなかったぶん俺達には今然るべき出銭がねぇ。その分今たっぷりとあんたにせしめてやろうとおもってな」
手際よく財布を抜き取りいつもの三倍ほど多弁になる次元を見て、思わず三人は拍手を送る。
「流石俺達の大蔵大臣!つかかーちゃん」
「やるじゃない次元!」
「ふふっ、これくらい俺の手にかかればなんてことはねぇぜ」
すると少し調子に乗った次元の隙をついて、銭形はすっと財布を奪うと浴衣の懐へと直した。
「「「「あああっ」」」」
思わず声を揃えてしまう四人。
「…お前らはそんな姑息な真似しかできんのかー!」
結局それから四人は散々銭形に説教を食らってしまった。
しかしそれでも四人は諦めがつかなかった。
「あと一回やればプレステ3が当たるのに…とっつぁんならきっと俺の事信じて投資してくれるよな…」
「蛍光ブレスレットが欲しいの…銭形さんみたいな『いい男』ならきっと私のために手に入れてくれると信じてる…」
「出目金が拙者の事を呼んでおる…心優しき銭形警部ならその由々しき気持ちもわかる筈」
「射的してぇなぁ…とっつぁんみたいな強い人とやれたら俺負けても惜しくないよ…」
四人は、最後の強硬手段として銭形の弱みにつけ込むことにした。幾ら警官でも、長年連れ添った相手ならば人としての情もある。そして、全員が年下という点で甘えやすい状況でもあるのだ。
「「「「ね、お願ーい!」」」」
「…お前ら…」
四人を逮捕する為にここまで追いかけてきたというのに、これで丸め込まれたら逆ではないのか―とも銭形は感じる。しかし、プライドを投げ打ってまで体当たりで演じる四人のおねだりモードに銭形は断る勇気を持てなかった。
「…ったく、お前らは。判ったよ…いでも明日からは全力で逮捕にかかるからな!今日は無礼講というわけでおごってやる。但し一人一回だぞ」
「「「「やったー!!!!」」」」
こういう無駄なことで喜ぶ四人に、銭形は苦笑いを隠しきれなかった。
「…はい兄ちゃん。F賞のアイドルブロマイドね」
「さっきからこればっかなんだけど!?つか入ってんの当たり!?」
「ほら入ってんだろ?これA賞」
「畜生…とっつぁんもう一回!」
「…」
「お兄さん、さっきのブレスレット頂戴」
「はい、どうぞ。あ、お姉さんみたいな綺麗な人にはこれも似合うんじゃねーかな?」
「え?あらこのカチューシャも随分可愛いじゃない。銭形さん、これも買ってぇ〜♪」
「…」
「ざんねーん。もしかしてお兄さん出目金狙い?」
「むむ…そうであるが何故?」
「こうやって掬って取ると取りやすいんだよ」
「そうなのでござるか…?銭形警部、すまないがもう一度鍛錬と思い拙者にちゃれんじさせてくれ」
「…」
「お兄さんすごいねー。一等抜いちゃったわね!はい、どうぞ」
「ちょっと待てよおばさん、もしかして今飾る景品ってそれ…フランス人形か?」
「そうよ。あんた男の子だからこれよりこんなもののほうがいいかと思ってねぇ。あ、でもうち交換とかコルク玉のやりとりはNGだからね」
「…とっつぁん、俺あれ欲しいな…。どうせあんたはもう終わったみたいだし、あと一回俺にやらせてくれる?」
「…」
「お前らなァァァ!!!!!!!!」
銭形は怒号を轟かせるものの、結局財布の中が空になるまで四人に散財され続けたという―。
「「「「お願い、あと一回っ!」」」」
Fin.
相互リンク記念ということで、かみのと。の九十九さんがこーんな素敵なSSを書いて下さいました!!
リクは『ファミリーで仲良くお祭』でした。やっぱこの時期は妄想がそっち方向に行きがちで…(汗)
最初はル次でお願いしようとしてたのですが、折角なのでファミリーに。ファミリーになるとオカンになる次元ちゃんがめっちゃツボです。
ルパン家の家計をも握ってるんだよ…!そんなしっかりもの次元ちゃんでも、銭さんにたかるんだよ…!!(ニマニマ)
九十九さん、素敵な作品をありがとうございました!!これからも末永くよろしくお願いいたします〜!!