『五右衛門』
その声が、自分の名前を紡ぐ度、心臓が早鐘を打つ。
だが、努めて冷静に言葉を返した。
『…呼んだか?』
我ながら、木で鼻を括ったような返事だとは思う。
だが幼い頃から、剣の道一筋に修業を重ねた自分としては、己の気持ちを表すことは、何にも増して難しい。
自分の考えに耽っていると、また声を掛けられた。
『…何考えてた?』
不意に、至近距離で顔を覗き込まれ、我にもなく狼狽える。
『…な、何も考えてなどおらぬ!』
動揺を押し隠すように、次元から背を背けようとしたその肩を掴まれた。
『…何のマネだ?離せ!』
掴んだ腕を振り解き、強い調子で詰問する。
そんな自分の様子に頓着することなく、次元は言葉を紡いだ。
『…お前さん。俺にナニか云いてぇんじゃねぇのか?』
帽子に隠れ、その表情は読み取れないが、発する声音は柔らかかった。
『…云いたいことなど、無い…』
思わず、内心を悟られぬよう眸を伏せた。
ふ、と軽く笑われた気がして眸を上げると、次元の顔が、目前に迫っていた。
以前、「死神」と称された鋭い視線が、内部まで見透かすように自分を射抜く。
その視線に押されたかのように、一歩後ずさった。
『…本当に、ナニも無いのか…?』
自分のものよりも低い、艶のある声が躯を縛る。
『…なら、お前ぇ…。自分で気付いてねぇんだな?』
…゙気付ぐ?
次元の言葉に、首を傾げた。
自分は何もしてはいない。
一体、自分の何に気付けと云うのか?
戸惑っていると、次元の手が、顔に触れた。
自分と違う無骨な指が、そっと頬を撫でる感触に、思わず眸を閉じた。
『……キス…、してぇか…?』
呟かれた言葉に、無意識に頷いていた。
『……ん…』
優しく唇が重なる。
煙草の薫りを纏わせた舌先が、自分のそれを擽る。
誘われるままに、自分の舌を差し出すと、一気に絡め取られた。
『……ッは…』
少し息苦しさを覚え、次元の胸を押しやった。
離れた唇の間を、銀糸が伝うのを見て、一瞬で顔に血が上る。
視線を合わせずらくて眸を伏せたまま、次元に問うた。
『……何故、この様なこと…を…?』
『…何故って?…そりゃあ…、お前さんが、シたそうな顔するからだろ?』
思ってもみない次元の言葉に、反論しようと開きかけた口を、また塞がれた。
『――なッ!?……んぅ…』
先程よりも、深く、激しい口付けに、躯の力が抜けていく。
『……は…、じげ…んぅ…!』
がくり、と力の抜けた躯を次元の腕が支えた。
『……すまねぇ。年甲斐もなくがっついちまった…』
次元の低い声が耳朶を擽る。
『…あんまりお前さんが、人の口許ばっか見やがるから、誘われちまったじゃねぇか』
まるで、此方に非のあるような言い草に腹が立った。
『――口許など見ておらん!お主の声が…!』
言い返そうとして、言葉に詰まる。
『……声が、どうした?』
その声が、見えない鎖のように、心を縛る。
『…声が、…心地良くて…』
『…心地良くて?』
さらにその先を促す。
『…もっと…、聞いていたい…』
秘めていた願いを晒しだす。
『…それが、口説き文句でも…か…?』
段々と艶と甘さを増す男の声に。
獲物の仕留めるかのような視線に。
捕らわれ、動けない。
『…構わぬ…。…聞かせてくれぬか…』
『…いいのか?…戻れなくなっちまうぜ…?』
柔らかく次元が抱き締めてきた。
『…もう、お主には分かっておるのだろう?ならば…後悔などせぬ…』
精一杯の想いを込め、次元の眸を見詰めた。
『…お主の好きなようにしてくれ…』
告げた瞬間、次元の胸の中に抱き締められた。
『…あんまり可愛いこと、云ってんじゃねぇぞ?…歯止め効かなくなっちまう』
少しばかり拗ねたような男の声が、歓喜の心を呼び起こした。
『…構わぬと申した筈だ…。それに、おなごではないのだ。余計な気を遣うな…』
『…なら、遠慮はしねぇ…』
先程までとは違う、欲を滲ませたその声を耳朶に落とされ、何かが、ゾクリと背中を駆け抜けた。
『――ッあ…!?』
短い叫びを発し、思わず目前の次元に縋った。
『…五右衛門…』
熱い吐息と共に吹き込まれた囁きに、思考が停まる。
甘い響きを伴うそれに、心の裡が震える。
『…愛してるぜ…』
『…拙者…も、…だ…』
愛しい男の声に包まれ、眸を閉じた。
Fin.
いつもお世話になっております『魔王と死神』管理人の一心様からなんとなんと誕生日プレゼントに次五文をいただいてしまいましたーっ!!!
めっちゃレア!!!一心様は普段はル次で創作をされてるので、まさかまさか次五をいただけるなんて思ってもなくて…(>_<)
しかもこれ、ゴエさん超可愛いわ次元さん超優しいわ読んでてドキドキキュンキュンが止まらないっ…!!
もう普段から次五も書かれたらいいとおもいますよ!本当に!!!(真顔)
改めまして一心様本当に素敵なお祝いをありがとうございました!!これからもどうぞよろしくお願い致します!!!