惰眠を貪る昼下がり。アジトの表から聞こえるエンジン音と人の気配にその幸せな時間は一瞬にして破られる。
(…誰だ?)
ソファに寝転んだまま、次元は顔の上に乗った帽子をずらし薄っすらを目を開けて様子を伺った。その間にも、もう片方の手では傍らにマグナムがあるのをそっと確認することを怠らない。
(車じゃねぇな。単車が1台…不二子、か)
敵ではないということだけを確認してからふっと警戒を解き、またゆっくりと目を閉じた。ルパンは一人で仕事の下見に行ったままだが、そんな時に限ってやってくるということは、そろそろ次の仕事の匂いをを嗅ぎ付けたということだろう。
(…ルパンが帰るのは明日か…いずれにせよ俺が適当にあしらうしかないか)
再びやってき始めた睡魔にうつらうつらしながらそんなことを考えていると、ドアが開いた音と軽い足音。人の気配で動く空気に、ふわりと濃密な香水の薫りが部屋に満ちる。シャネルの5番。慣れた匂いだが好きな匂いではない。
「あら、次元。あなた一人なの?」
ソファに寝転ぶ次元を確認してから、不二子は笑う。
「知ってンだろ…ルパンなら居ねぇぞ」
次元は不二子の顔を見ることもなくソファに寝転んだまま煙草に火を点け、ついでのようにぶっきら棒に告げた。面白くない。表に車がないのを見ているはずなのだし、ルパンが居ないのに気付いていないわけもないだろうに敢えて訊いてくるあたりが。
「あらそう? でもアタシ、ルパンに会いにきたなんて一言も言ってないじゃない?」
からかうような含み笑いと共についっと帽子を取られて、次元は眩しさに顔を顰めた。
「怖い顔」
「…返せ」
「嫌ぁよ」
何が面白いのだか。取り上げた帽子を被って不二子がふふっと笑うから、次元は眉間に皺を寄せてこれ見よがしに舌打ちをしてやった。
「俺は眠いんだ。用がないんなら失せろ」
「そんな言い方しなくってもいいじゃない? 冷たいのね、ルパンが居なくて寂しいんじゃないかと思って会いに来てあげたのに」
意味深な笑みを浮かべる不二子に、次元の眉間の皺はますます深くなる。毎度のことながら気に入らない。どこまでも自分の神経を逆撫でするこの物言いが。
「はっ…寂しいのはお前の方だろ? 一緒にするんじゃねぇよ」
「…強がらないで寂しかったんだって言ったら? ご褒美にキスしてあげるから」
「冗談言うな。お前の方が俺とキスしたいって言うんなら考えてやる」
口さがない言葉の応酬。どちらも引かないのはいつものこと。どこまでが冗談でどこまでが本気なのか。言い合っている本人ですら多分よく分かってなどいないのだ。
「そ。ホント素直じゃないんだから。アタシ、あなたみたいな男大っ嫌い」
ネクタイを引かれて咥えた煙草を引き抜かれ。ふわりと柔らかい唇が重なってきた。グロスの感触と香水の香りの中に交ざる僅かなメントールの香り。するりと入り込んだ舌が、誘うように遊ぶように次元の舌に絡みつく。
「…俺もお前みたいな女は大っ嫌いだね」
身を引き、『どう?』と無言のまま挑むように目で問いかける不二子を、次元の無骨な手が再び引き寄せた。
「…知ってるか? 俺はルパンじゃねぇ」
「ええ知ってるわ。 あなたはルパンじゃない」
互いに、ルパンという男に魅入られてその男から離れられないことを不幸だと思ったことはないが、決して自分だけのものにならぬことを知っているからこそ、時にそれ以外の温もりに飢えるのもまた事実。
そんな時。そんな寂しさを埋めるかのように体を重ねるのだ。決して手に入らないものの代役として。
ルパンと言う男が居なければ、多分共に仕事をすることも、それ以前に出会うこともなかったかもしれない二人だ。そこに何かしらの縁があったとしても、やはり自分達はルパンが居なければ共に存在し得ないことも自覚していた。
ふっと次元の顔が穏やかになった。その顔に、不二子もまた穏やかな顔を見せる。
「もう一度キスはいかが?」
「してぇな」
再び、今度は次元のほうから唇を重ねた。一度目よりも上がった体温を感じる。伸ばした手で服の上から身体をまさぐれば、不二子が小さくのどの奥で鳴いた。
「ん…するの?」
「…したいのか?」
「…サイテー…女のアタシに言わせる気なの?」
「そのつもりで来たんだろう? 今更だな」
「ホント、デリカシーのない男」
くすくすと笑う二人の纏う空気が甘く濃密なものになっていく。
きっとこんなことも、ルパンは何も言わないがきっとこんなことなどお見通しなのだろう。それでも彼の目を盗むようにして交わされる逢瀬は、何よりも背徳の香りに満ちた甘美なもので。
「愛してるなんて言わないわよ」
「そんな言葉、聞きたくもねえ。言ったろ? てめぇなんか大っ嫌いだってな」
愛の言葉も甘い台詞も要らない。飢えた獣は獣らしく、ただ身体を重ねればいい。それでも。
(…あなたのそういうところ、ホントは嫌いじゃないわ)
時折、ルパンでなくこの男を愛したらよかったのかと思うことがある。そしてそれは次元も同じ。
だがそれが恋愛というベースに乗らない感情であることは間違いなく、やはり自分達は身体をつなげるだけでしか互いを認め合えない存在なのだ。それを幸福と思うか不幸と思うか。そんなことは多分、誰にもわかりなどしないけれど。
Fin.
【あとがき】
ちまちまと書いていた次不です。私の中の二人ってこんな感じ。多分二人は死ぬまで恋愛ベースでは関係を作らないけど、でもそれなりにお互いのことは認めてるんじゃないかなぁと思ってます。
最後までお目通しいただいてありがとうございました!!
'13/04/10 秋月 拝