素直におなり?

 夜明け前。
 まだ薄暗い部屋のベッドに腰をかけ、次元大介は猛烈に後悔していた。

(なんてこった。俺としたことが…)

 男の下半身は別の生き物だ何てのはよく言ったもんだとは思う。欲望に支配された激情が去って冷静さを取り戻してみれば、妙にすっきりした下半身とは裏腹に頭の方は反省と後悔とその他もろもろの感情でぐるぐる煮詰まって今にも破裂してしまいそうで。

(いくら…いくらルパンの方から誘われたからってホントにヤッちまうなんてよぉ…どうかしてるぜ)

 つい数時間前の話だ。

『俺が欲しいんだろ? お前にならくれてやってもいいぜ?』

 自分に対して相棒以上の感情を抱いていた俺に、あいつはいつから気付いていたのだろう。突然そんなことを言い出したルパンに、次元はしかしその誘いを拒否することが出来なかった。

 一度はなけなしの理性を総動員させて問うた。

『俺がお前に何をしたがってんのか…本当にわかってそう言ってんのか?』

 だがギリギリのラインで放った次元の問いは妖艶な笑みとともに流され、ルパンはさらに挑発したのだ。
 そして、次元はルパンを抱いた。


 初めて己の中のその感情に気付いたのはいつだっただろうか。
 それが友情とかいった感情レベルの話ではなくて、自分がルパンを性の対象として見ているということに気付いた時には、絶望にも近く落ち込んだものだ。自分は何を考えているのだ。相手は男。しかもよりにもよってあのルパン三世だぞ…! 何度そう言い聞かせてみても理性とは裏腹に感情は暴走し、気付けばルパンの姿を目で追っているのだからどうしようもない。
 世界一の大泥棒。女好きのプレイボーイ。エベレスト級に高いプライドを持った男。そんな男が、自分の下でどんなふうに喘ぐのか見たくて、どんなふうに抱かれるのか見たくて。
 男として友として、それが最低な望みだとは十分にわかっていた。ルパンは友人として仕事の相棒として、自分のことを信頼をしてくれている。それは長い付き合いの中で痛いほどにわかっていたからその期待を裏切るわけにはいかなかった。この心の内を悟られて軽蔑されること。そして、拒否されること傍に置いてもらえなくなることが何よりも怖かった。だから、耐えた。何があっても耐えないといけなかったのに。


 そっと背後の様子を伺えば、ルパンはベッドに突っ伏したまま身じろぎもしない。微かに聞こえる寝息に、今はほっと胸を撫で下ろすだけ。だが目を覚ましたら何を言われるか。土下座ぐらいで許してくれるかどうか。下手をすれば命の保証もない。その場で鉛玉をぶち込まれたところで今の自分に文句を言える筋合いはないのはよくわかっているから、遺書ぐらい書いておかないといけないかもしれないとすら思う。
 いや、死ねと言われればそれも仕方ないかもしれないが、それ以上に、今の次元にとってはコンビ解消だといわれることが何よりも怖い。
 仮定の話をいくら考えても仕方ないが、ルパンの真意も分からないうちに手を出したのは自分だし、この場合誰が見たって非は自分にあるだろう。

(こりゃ腹括らなきゃ…かもな)

 鬱々と考えながら煙草に火を入れ、暗い部屋の中に煙と共に溜息を一つ吐き出す。
 と。

「…辛気臭ぇんだよお前は」

 突然背後から声をかけられ、思わず次元は咥えていた煙草を落としそうになった。

「ルっ…ルパ…!」
「俺にも頂戴」

 自分でも面白いくらいにぐぎぎぎと音がしそうな緩慢な動作で振り向けば、いつの間に目を覚ましたのか、腹ばいのままで枕を抱えてこちらを見遣るルパンの姿。返事もできないでいる自分を見上げる黒い瞳は、眠いのかぼんやりとしてろくに焦点も合っていないように見える。

「次元? 俺にも煙草頂戴ってば」
「あ、…ああ」

 慌ててライターで火を点けたジタンを咥えさせると、ルパンはベッドに伏せたままふうっと深く吸い込んで酷く物憂げな表情で紫煙を燻らせるから、その姿がひどく色っぽく見えてドキッと次元の心臓は跳ねる。

(何反応してんだ俺は…!)

 すっきりしていたはずの下半身が反応しかけるのを慌てて抑え込む。ヤりたい盛りの10代のガキでもあるまいに。これでは謝るどころの話ではないではないか。哀しいかな男の性とはいえ、理性でコントロールできない自分の身体の馬鹿さ加減にはほとほと呆れるしかない。
 何とも言えない妙な沈黙の時間が二人の間に流れる。たかが数分の時間が、次元にはまるで数時間のようにも感じられた。

「…お前さー…」

 短くなった煙草をサイドテーブルの上の灰皿に押し付け、沈黙を破って先に口を開いたのはルパンの方。

「あ?」

 火の点いていない煙草を咥えたまま。動揺を悟られないようにと、次元が努めてぞんざいに答えれば。

「気持ちよかった?」

 思ってもいなかった問いを投げかけられて、次元は思わず絶句する。だがルパンはそんな次元の様子に気づいているのかいないのかさらに畳みかけるようにして。

「俺で気持ちよかったって聞いてんの」

 次元? 問われて、煙草の端を噛みしめたままの自分の顔がみるみる引き攣っていくのがわかる。なんと答えろというのだ。これは罰か? 我慢できなかった自分への。この場合、良かったと答えても良くなかったと答えてもルパンに怒られずに済むとは到底思えない。

「やー…あの…その…」
「気持ちよかったんだろ?」
「…気持ちよかった…です…」

 ああもう! みっともねぇったらありゃしねぇ! できることならば今ここで消滅しちまいたい。それぐらいの勢いで自己嫌悪まみれになって暗くなっていると後ろからは意外にもくすくすと笑い声が聞こえてくるから。

「怒らねぇのか…?」

 恐る恐る振り返り顔色を覗いながら問えば、ルパンの方は今度は苦笑を漏らす。

「まぁな。挑発したのは俺だし。それにお前、すっげー気持ちよさそうな顔してたっからよ。怒る気も失せちまった。だからさーその辛気臭ぇ顔やめろっての」
「…わりぃ……その…」

 何を言っても藪蛇になりそうで何も言えずにいると、背後で大きくため息をつかれた。

「あのさぁ、次元」
「…なんだよ」
「良いっつったのは俺だぜ。お前に後悔されたら、許した俺の立場ないんだけど」
「う…」

 横目で睨まれ次元は二の句が継げない。
 それは確かにルパンの言う通り。だが後悔するなという方が自分のしたことを棚上げするような気がして。これは次元の精一杯の反省でもあるつもりなのだが。

「俺のこと嫌いなの? それともヤってみたかっただけ?」
「そんなこと…!」

 少しばかり拗ねたような声色でそんなことを問われたから、思わず弾かれたように振り向いてそう答えていた。鼻先が擦り合うくらいに近づいて、その大きな黒い瞳を覗き込む。

「俺はお前が好きだなんだよ。どーしようもないくらい」
「うん、知ってる」

 次元としては一世一代の告白のつもりだったのに、さらりと返事をされて拍子抜けする。その上。

「あれだけ好き好き光線出されて色気振りまかれて気付かねぇ方がどうかしてるって」
「え」
「ゴエが朴念仁でよかったな」
「え」
「不二子あたりはそろそろ感づいてたと思うぞ」
「え」

 思ってもいなかったことを次々に言われてフリーズする次元とは対照的に、それを面白がるかのようにへらへとら笑うルパン。しかも。

「あのままじゃお前パンクしてたろうからさ」
「え」
「まーしょうがねぇかぁ。それでお前がすっきりできるんなら安いもんかと思って」
「え」
「にしても俺もほんっとにお人好しだよな〜」
「え」
「ま、これからもよろしくな」
「え」

 心理戦でルパンに勝てるなんて露程も思っていたわけではないけれど。それでもまさか全部お見通しだなんて。しかも完全にお情けをかけられていたなんて。あまりにみっともなさすぎる。

(俺って一体…)

 がっくりと肩を落とす次元。

「じゃ。俺もうちょっと寝るから。おやすみ〜」
「ちょ…ちょ…ちょっと待て!」

 そう言ってもう一度布団に潜り込もうとするルパンを慌てて引き留めた。

「なんだよ?」

 既に眠そうな目を擦りながら機嫌の悪そうな顔をするルパン。だが、ルパンに怒られようが自分が混乱していようがこれだけは聞いておかないといけない、と、慌てて口を開く。

「おま…お前はどうなんだよ」
「は? 何が?」
「お前は…俺のこと好き…なのか?」

 自分からの告白の時よりもさらに必要な勇気。あらん限りの勇気を振り絞って口にした言葉は、だが。

「…今更それを俺に聞くのか?」
「え」

 心底呆れたというような顔をされ、次元はまた固まるしかない。

「…もうちょっと察しのいい奴だと思ってたんだけっどもな……案外五右エ門といい勝負だぞ、お前」
「え…それってどういう…」
「自分で考えろ。じゃあな、おやすみ」

 にやりと笑ってそれだけ言うとルパンは布団に潜り込み、あっという間に寝息を立て始めてしまった。

「…結局俺はどうすりゃいいんだよ……」

 前途は多難。うなだれる次元を残し、夜が明けようとしていた。

Fin.

【あとがき】
前作の事後のつもりで書かせてもらいましたwww
うちの次元さんは攻めに回っても対ルパン様はヘタレ野郎の朴念仁です←
読んでくださってありがとうございました!

'13/04/10 秋月 拝

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