夢なんて滅多に見ないのに、たまに見ると怖い夢だなんてツイてない。どうせなら世界中の宝石に埋もれてる夢でも見たいものだわ。暗い部屋の中毛布にくるまったまま小さく嘆息する。
夢の中身なんか覚えてないのに、それでも恐怖心だけはしっかりと残っていて、このまま目を閉じるとまたあの続きに引き戻されるんじゃないかと思ってしまう。
「…あたしとしたことが…」
らしくない。ひとりごちたところでそれに返事があるわけでもない。ますます滅入ってため息ばかりが漏れる。
明日は久しぶりに四人で大きな仕事をすることになっている。緊張してるのかしら。そんなことも思うけれど、やっぱりあたしらしくない。
このままではとても眠れそうにはない。水でも飲もうかしら。そう思ってナイトガウンを羽織ってキッチンへと向かう。その途中で、リビングにしている部屋に明かりがついているのに気付いた。誰がいるのかしら。ふと気になってそのドアをそっと引いた。もしルパンが話し相手になってくれたなら。もしかしたらこのわだかまった心の中も少しは軽くなるかもしれない。ふとそんなことを思ったの。けど。
「…なんだ。次元なの」
「なんだとはご挨拶だな」
部屋の真ん中に置かれたソファに座っていたのは黒尽くめの男だった。こんな夜中だというのにいつもと変わらぬ格好で、煙草をふかしながら黙々と銃の手入れをしている。
「ルパンは?」
「もう少しやることがあるんだと。地下で作業してる」
そこでふっと手元から視線をあげると、あたしのほうを帽子の下から見上げてくる。
「…どうした?」
「別に?」
なんでもないわ。そう答えて踵を返そうとしたところで。
「怖い夢でも見たのか?」
この男にしては珍しく、冗談めかした声色。いつもならそれにすかさず反論ぐらいしてやるのに、なぜか悪態の一つも出てこない。やっぱりあたしらしくない。
「おい?」
それが不思議だったのか、次元が立ち上がってきてあたしの肩に触れた。その手を思った以上に温かく感じて。
「ん?」
その温もりにもやもやと残る不安が溶けていくような気がして、思わずもう少し触れていられたいと思ってしまって。
「なんでもないわ」
そんなことを思った自分に驚いて、慌てて身を引いた。が。
「離して…」
次元はあたしの腕をつかんだまま、あたしが離れるのを許さない。一瞬、酒と煙草と硝煙の匂いが入り混じった次元の匂いが濃くなった。
「じげ…」
開きかけた唇に、ほんの一瞬。掠めるようにして次元の唇が触れてきた。
吸い込まれるようにして抱かれた腕の中で絶句していると、次元が悪戯っぽく笑った。
「これで寝れるかい?」
「…バカにしないでよ」
子供じゃないわ。そう続けたけれど、次元はそれには答えずに笑いながら「おやすみ」というと、何もなかったかのようにソファに戻って銃の手入れを再開した。
なんとなく居たたまれなくて、あたしは水を飲むつもりだったことも忘れて部屋に戻ると、毛布の中に潜り込む。
「このロマンチスト」
今更悪態をついてみたところで、次元に届くわけでもない。でも。さっきまでの不安も恐怖もどこかへ行って、心地よい眠りに引き込まれそうになっていた。
「あんたのそういう優しいとこが…大っ嫌いよ」
眠りに落ちる途中で、「へぇ、そうかい」って次元の声が聞こえたような気がした。
Fin.
【あとがき】