Kiss me!

「なぁ、次元。聞きたいことがあるんだけっどもがよ」

 暑くもなければ寒くもない穏やかな春の陽気が心地いい昼下がり。暇だから酒でも飲むかと、ルパンに誘われた。年がら年中顔を突き合わせている男二人、改めて差し向かいで飲むってのも芸がないとは思ったけれど、別段断る理由もなかったから素直に応じた。
 ルパンはワイン。俺はいつもの通りのスコッチウイスキー。
 それまでは仕事の話だの何だのと他愛のない話をしながら和気あいあいと酒を酌み交わしていただけだったから、藪から棒にそんなことを言われては、俺は狐につままれたような顔で『はぁ?』と間の抜けた返事を返すだけ。いつもだったらそこで、『お前にそんな真面目な顔は似合わねぇだろうが何言ってんだ』とかなんとか適当に交ぜっ返すくらいのことはしてやるのだけれど、それを口にするのを思わず躊躇うほどには目の前のルパンの顔は真剣そのもので、俺にはとても冗談を言っているようには見えなかった。

「…何だよ?」

 聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず仕方なく言葉の続きを促してやる。だがルパンはその問いにすぐに答える風はなく、俺に向き直って据わった目でこちらを見てくるだけ。わけがわからない。

「おい。そんなに睨むなよ…お前酔っ払ってんのか? 人をからかうのもいい加減にしろよ?」
「酔ってねぇしからかうつもりもねぇ。俺はマジだぜ? 次元」

 きっぱりと即答。とかなんとか言いながら、一向に話の核心に触れようとはしないのだから苛々する。話を切り出したのはルパンだというのに、この後に及んでその顔には僅かに躊躇いの色が見え隠れしているように見えるのは気のせいか? 酒の力を借りてはみたものの最後の最後で踏ん切りがつかないってとこだろうか。らしくねぇ。なおのこと、話の中身が気にかかって仕方ない。俺の脳内を一抹の不安が過ぎる。

「何だよ。言いたいことがあるんならさっさと言えよ」

 それでもなかなか口を開かないから、焦れた俺はルパンをもう一度促す。と。

「…お前さー、俺のこと嫌いなの?」

 ルパンの口から飛び出した思いもよらない言葉に、俺は『はぁあ??』と、一段と間の抜けた返事を返すだけ。二の句が継げないとはまさにこのことだ。
 だが、俺の答えあぐねての沈黙を肯定と受け取ったのか、ルパンはというと見る間にふくれっ面になっていくではないか。まずい。ここでルパンの機嫌を損ねて何一つ良いことがないってことは、長い付き合いの中で経験済みだ。

「ちょ…ちょっと待て。落ち着けよ? なんでいきなりそんな話になるんだ?!」

 頭痛がして来たのは俺の気のせいではないはず。眉間にしわを寄せてそう問い返すと。

「だって。お前から俺にそういうこと言ったことないぜ? 好きだ―も愛してるーもエッチのお誘いもぜーんぶ俺からじゃねぇか」
「ちょ…………なんつーことを…」

 いくら気心知れた仲とはいえ。世の中言って良いことと悪いことだってあると思うのは俺だけだろうか。
 どうやらこれは。
 ルパンの酒の強さはほとんど俺と遜色ないくらいとはいえ、今日に限っては俺以上のハイペースで飲み続けていたのだ。やはり完全に酔っ払っている。

「お前、おかしいぞ? どうした。また不二子にでも騙されたか?」

 このまま話を続けてもろくな結果になりそうにない。どうにか話題を摩り替えようと試みてみる。が。

「不二子ちゃんたら約束ほったらかして他の男とデートだなんて…酷ぇと思わねぇか!? なんだよー! たまには俺だって愛されたいんだよー! お前も俺のこと嫌いなのかよー!」
「…あのなぁ…」

 どうやら藪蛇に終わったようだ。案の定不二子絡みであったようだが、それにしたって完全に八つ当たりもいいところではないか。あの女と何かあるたびに俺を巻き込むんじゃねぇ。

「大体お前がいつも受け身すぎるからさぁ!」

 なぜか説教モードに入り始めたルパンに、俺は苦虫を噛み潰す。俺にどうしろというのだ。
 俺とルパンはもう長い付き合いで、良き仕事仲間であると同時にそれ以上の関係にもある。同性愛なんて世間的に声を大にして言える関係ではないのだから、肩身は狭いし受け身にならざるを得ないのは仕方ないではないか。まぁ仮に公にできるようなもんだとしても、べたべたすんのが俺の趣味じゃないというのもあるのは確かだが。

「聞いてんのかぁ次元!」
「はいはい…じゃあどうしろって言うんだよ!」

 まるきり酔っ払いの説教モードのルパンに、投げやりに言葉を向ける。すると返ってきたのは、俺が全く持って予想だにしなかった一言。

「お前から俺にチューしろ!」
「…!? はぁあああああああ!!??」

 突拍子もないルパンの言葉に、素っ頓狂な叫びをあげた俺。堪忍袋の緒が切れてとっさに手が出なかっただけ褒めて欲しいくらいだ。

「だってだって! いつだって俺が誘うばっかでお前から俺にアプローチしてきたことなんて一度もねぇじゃねぇか!」

 フリーズする俺とは対照的にルパンはじたばたと子どもみたいに駄々をこね続けている。ホントに呆れたもんだ。これが本当にあの世界中の警察を手玉に取るルパン三世なのかと疑いたくなるレベルだ。

「馬鹿か! お前は!!」

 思わず本気で怒鳴ってしまった。
 全くこの男にはいつも呆れさせられることばかり。IQ300のこの男にかかれば俺がどんな思いでいるかなんてお見通しだろうに、それでもお構いなしなのだから困ったものだ。
 俺が受け身すぎる? アプローチしたことがない? そのことに説明をつけるとしたならば、俺だって男だということだ。つまりはそういうことで、それが全てだ。でもプライドの高いこの男が俺の良いようになんかなるはずもないと思っていたし、それならば俺が今の力関係に甘んじて受け身にまわるのも仕方ないかもしれないな、なんて、俺は俺なりに納得してこの関係を続けていたのに。

(なんでお前は、それを壊そうとするんだよ。馬鹿野郎…!)

 俺からのキスが欲しいだなんて。俺のこと試してんのかよ? そんなもの。キスだけで済むわけないだろうが。人畜無害のガキじゃねぇし、ロマンチストと馬鹿にされようが俺だって男だ。プライドだって性欲だって人並みにはあるんだ。馬鹿にすんじゃねぇ。ああクソ。かっこ悪ぃったらねぇじゃねぇか。
 ぐるぐるそんなことを悩んでいるうちにだんだん腹が立ってきた。何で俺がお前の一言のせいでこんなに悩まなきゃなんねぇんだ。酔っ払いが適当なこと言いやがって。俺をからかうのもいい加減にしろよ。そんなに言うならやってやろうじゃねぇか。それとも何か。お前、実は俺にやられたいとか思ってんのか? そう取られたっておかしくないこと言ってんだ。覚悟はできてるんだろうな?
 こうなったら、どうにでもなれ。

「…顔貸せ」
「お?」

 売られた喧嘩は買うしかないし、据え膳くわぬは男の恥ってもんだろうが。怒られようが何しようが知るもんか。悪いのは俺じゃねぇ。悪いのは、俺からのキスなんか強請ったルパンの方だ。
 俺は半ば自棄で、ぐいっと乱暴にルパンのネクタイを引くと、お望み通りにその唇にキスを落としてやった。それも、飛び切り濃厚な奴を。
 瞬間、ルパンは俺の思わぬ行動に驚いたのかばたばたと暴れだすが、身長こそほぼ同じとはいえ体重じゃこっちの方が勝ってんだ。俺が本気になって押さえ込みにかかれば逃げられるはずもない。報復? そんなこと知ったことか!

「………あー…」

 ひとしきりキスしてからようやく放してやると、さすがのルパンも気が抜けたのか呆然とこちらを見るしかできなくなっていた。酒と酸欠のせいでちょっぴり上気した顔が色っぽくって、やばい。予想通り、このまま止まりそうにないんだが。

「…あんまり俺をからかうんじゃねぇ。次やったら、本気で襲うぞ」
「…お前ってばキス、上手いのなー………癖になりそ」

 なけなしの理性を総動員させてるってのに、ルパンの奴はそれを知ってか知らずかぺろりと舌を出して流し目でそんなことを言うのだから。

「だから!! んなこと言ってると襲うぞって…!」

 …俺の自制心が崩壊するのに多分そう時間はかからないんじゃないかと思った。
 

Fin?

【あとがき】
いつもお世話になってます、大好きなやんちんへお誕生日祝い!
頂いたリクエストは『ル次ルでほのぼのな雰囲気で次元ちゃんからは初めてチューするやつ!!今までルパンからは普通にしてきた感じの!!ベタだけどどんなシチュエーションでも萌える←』とのことだったのですが、ちょっとほのぼの度が足りなかったかな;;
どんなシチュでもとのことだったのでやりすぎてしまいました;;大丈夫かな;;
こんな出来になってごめんなさい(>_<)
いつもいつも本当にありがとう!やんちんの新しい1年が素敵なものになりますよう!

'13/04/22 秋月 拝

Copy right Wonder Worlds Since2010/03/09 by Akitsuki