「トリックオアトリート!!」
そんな声が窓の下から聞こえてきて、次元はアパートメントのベランダからひょいと下を覗いた。
思い思いの扮装をした子供たちが、籠や袋を片手に通りを歩いてくるのが見えた。
「ああそうか、今日はハロウィンか」
元々はケルトの行事で、その日には先祖の霊が帰ってくるなどといわれているらしい。
日本で言えばお盆のようなものか。
宗教的意味ももちろんだが、練り歩けばお菓子がもらえるこの日は、子供たちにとっては夢のような一日だろう。
焼きたての菓子パンを持って出たパン屋の主人に、我先にと群がっていく子供たちを見下ろし、次元は頬を緩めた。
ふと思い立ち、キッチンにとって返すと、普段開けることのない一番下の棚を開く。
甘いものが苦手な自分と違い、わりと甘いものを好む仕事仲間が溜め込んだお菓子がそこにあるのを知っているからだ。
中にあったクッキーやキャンディを、そこらにあったスーパーの紙袋に詰め込み、表へ出る。
「トリックオアトリート!!」
ちょうど、子供たちの一団は、次元のアパートメントの前を通りかかったところだった。
「ほら、持って行きな」
お世辞にも綺麗とはいえない紙袋。
子供たちは、見知らぬ外国人から差し出されたそれに、一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに満面の笑みに変わる。
「ありがとう!!」
1番年長らしい、白塗り顔の男の子(ドクロの扮装らしい)が、それを受け取る。
「ありがとう!髭のおじちゃん!」
「おじちゃんありがとうー!!」
口々にお礼を言う子供たちに、思わず次元の口元も緩む。
「気をつけて行けよ」
「お髭のおじちゃんありがとー!!」
子供たちの姿が見えなくなるまで見送って、次元は煙草に火をつけた。
風が足元の落ち葉をさらっていく。
「お髭のおじちゃんてば、優しいねぇ」
「うるせぇよ、お前だって立派なおじちゃんだろうが」
いつの間にか、アパートメントの脇に目を引く赤いジャケット姿の男が立っていた。
そちらにちらりと視線を向け、次元は唇の端で笑う。
「俺にはなんにもくれないの? おじちゃん」
「いい年してお菓子が欲しいのか?」
隣に寄ってきて、同じ様に煙草に火を入れたルパンは、へらへらと笑った。
「ん〜、お菓子よりはお前が欲しいかな? くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
煙草を持っていないほうの手が、するりと胸元に伸びる。
そして、ほんの一瞬。ルパンの唇が次元の頬を掠めていった。
「おい、馬鹿!」
往来での、相棒の堂々とした行為に、思わず声を荒げる。
「なーんてな」
が、そんな次元の様子にも動じることなどなく、ルパンはひょいと踵を返し、アパートメントの玄関をくぐっていく。
その背中を見ながら、次元は苦笑した。
「ったく、子供より性質がわりぃぜ」
紫煙をたなびかせながらその後を追う。
「トリックオアトリート!!」
木枯らしに乗って、また、子供たちの声が聞こえてきていた。
Fin.
【あとがき】
5000hitお礼企画で期間限定配布していたSSをこちらへうつしました。
子どもに"おじちゃん"と呼ばれる次元さんが書きたかっただけかも(笑)
企画にお付き合いいただきましてありがとうございました!
'10/11/01 秋月 拝