酒が強いほうだという自負はあるが、さすがに昨日は飲みすぎたと思う。夕方ごろから飲み始めて結局明け方近くまで、
何だかんだで半日近くは飲んでいたんじゃないだろうか。鈍痛のする頭を抱えて溜息をひとつ。
床に転がる空き瓶を数える途中でげんなりするが、後悔したところでこの二日酔いがどこかへ行ってくれるわけでもない。
「あー…」
呻いた自分の声ですら頭に響くんだから相当重症だ。
昨夜はそう。その前の日にひとつ大きな仕事があって、その成功にと次元と二人で祝杯を挙げたのだ。
不二子に騙されることもなく獲物はちゃんと自分達の手の中で。
握りこぶし程の大きさがあるダイヤモンドを肴に、興奮冷めやらぬ間に勢いで杯を重ねて話に花を咲かせたのだ。
年がら年中と言っていいくらい一緒に居ても意外と話題には事欠かないもので、延々と下らない話をしていたのはなんとなく覚えている。
世間話から仕事の話に昔話。酒も深まり夜も更ければ最後に行き着くのは女の話。
『お前が女に縁がねぇのはロマンチストだからだろうが。女嫌いを公言してるくせにああいう気の強い女にばっかひっかかるよな?』
『うるせぇな。お前こそ毎回不二子不二子ってうるせぇんだよ』
ルパンがからかう様に言うと、次元はむっすりと不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
『男ならやっぱり不二子ちゃんみたいなナイスバディの女の子がいいもんだろうがよ!』
『俺は遠慮するぜ。不二子みたいな女なんか願い下げだ』
『前から思ってたんだけっどもがよ…お前男のほうがいいのか?』
『ば…! 何わけわかんねぇこと言ってやがる!』
本気で怒りをあらわにする次元に、ルパンは慌てて言い繕う。
『ちょ、冗談だって。俺だって男と付き合おうとは思わねぇもんな』
『そりゃあ当たり前だろうが』
『んー…でもよ、俺……お前なら相手でもいいかなって思うんだぜ!』
『……はぁ? 何を下らねぇこと抜かしてやがる』
次元があまりにあからさまに顔を顰めるから、へらへらと笑いながら言ってやったのだ。
『俺、お前のこと好き好き! なんなら愛しちゃってるなーんて言っちゃうもんね!』
そこまで思い出して。全身から一気に血の気が引くのが分かった。
(酒の勢いがあったとはいえ…俺はなんてことを口走ったんだ…?)
遥か彼方のようになっている記憶が間違いでなければ、確かにそう言ったのだ。
半分は確かに冗談で、困惑顔の次元をからかってやるつもりだった。だがもう半分は。心の奥底に押し込めたルパンの本心でもあった。
(くそ…俺としたことが…)
その感情に気付いたのはいつのことだっただろうか。もうずっと押し殺して隠してきた感情だった。
絶対に告げるつもりはなかった。仲間として以上の好意を抱いているだなど死んでも知られるわけにはいかない。
出来ることならこのまま墓場まで持っていくぐらいのつもりでいたのに、酔った勢いであんなことを口走ってしまうだなんて。
さらに怖いのは、自分があんな衝撃の台詞を吐いた後。
次元がどんな反応をしたのかが、すっぽりと記憶から抜け落ちていることだった。
「俺がああ言って…それからあいつはどうした…?」
「…俺がどうしたって?」
混乱しながら必死に記憶の糸をたどっていると、突然、背後から声をかけられた。
「うぉ!」
あまりに考えに没頭していたものだから、次元が部屋に入ってきたことにも気付いていなかったらしい。
思わず驚愕の声をあげてしまってから、その自分の叫び声が二日酔いの頭に響いてしまって悶絶する。
「おーおー…相当重症だなこりゃ」
そんなルパンを眺めては呆れたような口ぶりの次元。
「あー痛ぇ……お前はなんともないのかよ?」
自分と同じかむしろそれ以上に飲んでいたはずなのに…と恨めしげに睨んでやれば、涼しげな顔で肩をすくめられた。
「さすがに寝起きはちょっと辛かったけどな。もう抜けた」
「あ、そ…」
「ほら。トマトジュース。二日酔いにはこれがいいらしいぜ」
痛む頭を抱えつつ視線を上げれば、目の前にトマトジュースの缶が差し出される。
こんなものがアジトの中にあった記憶はないから、ルパンが寝ている間にわざわざ買出しに行って来たのだろう。
次元のそういう気の利かせ方がなんとも心地よくて落ち着ける。
少なくとも、今まで組んできた誰にもこんな感情は抱いたことはなかった。
それが特別な感情であると気付かなければ、きっとこんなにも苦しいこともなかったはずではあるが。
「…あんがと」
悶々とそんなことを思いながらも、素直に手を伸ばしてそれを受け取った。
プルタブに爪をかけて缶を開ければ濃いトマトの香りがふわりと部屋の中に広がる。
「…なー次元」
「なんだよ?」
「昨夜俺…変なこと言ったよな…」
「あ?」
テーブルを挟んだ向かいのソファに身を沈める次元。
煙草を出すのポケットに伸ばしかけた手を止め、ごにょごにょと歯切れの悪い台詞を吐くルパンを怪訝な顔で見遣る。
「いや、その………俺がお前のこと好きとかなんとか…」
「ああ、あれか。言ってたな、お前」
なんだそんなことかと鼻先で笑いそうな様子で、咥えた煙草に火を点けた。
そんな次元の軽い様子とは対照的に、ルパンは崖から突き落とされたような気分だった。
夢であって欲しいという願いは脆くも崩れ去り、苦い思いだけが喉元に広がっていく。
「あー…あれなぁ…もちろん冗談だからな…? まぁ言わなくても分かると思うけっどもよぉ…」
暗に『忘れてくれ』という意味を籠めての言葉のつもりだった。
まともに次元の顔が正面から見れなくて、缶に口をつけたままむぐむぐと言い訳がましく呟いた。
言えば言うほど墓穴を掘っているような気がしないでもなかったが、
だからといって簡単になかったことと流してしまえるほどには冷静にはなれない。
その"好き"がどんな意味を持っているのか、ただの好意だけでないことなど話の流れからしてしまえば当然のこと。
いい年をした大人である以上、その好意に行為が伴うことぐらい多分気付かれている。
ただの相棒であるはずの人間から、突然そんな感情を向けられて困惑しないはずがないのだ。相手が男ならば尚更。
夢のような進展など最初から望んでいるわけではない。ただそれが、酒の席での冗談で済む関係にさえ戻ればよかった。
「…お前…」
缶を握りしめて俯くルパンの頭上にふっと次元の声が降ってきた。視線を上げればいつのまに立ち上がって近寄ってきたのか。
思ったよりも近くに、次元の心底不思議そうな顔があった。
「…なんだよ」
「俺がそのあと何て言ったか覚えてねぇのか?」
「え」
何を言ったというのか。記憶にないからこそこれだけ悶々としているのだ。
答えあぐねて黙ったまま見上げてみれば、次元はちょっと視線を彷徨わせて小さく肩をすくめた。
「…まぁいい。お前が昨日のことは冗談だって言うんなら…俺に忘れろって言うんなら忘れてやるよ」
ふいっと横を向いて踵を返した次元。
「ちょ…!」
思わず、ルパンはその手を引いて立ち上がった。
「なんだよ」
振り向いた次元は面倒くさそうにルパンを横目で見る。
ドクドクと自分の鼓動が耳元で聞こえるようだった。次元の微妙な言い回しが引っかかった。忘れろと言われたなら忘れる。
ならば。ならばもし、自分が忘れるなと言ったら…?
「もし…!」
「なんだよ」
緊張のせいだか乾燥して張り付く唇を無理矢理開いて、勇気を振り絞って問うた。
「もし俺が…」
あれは冗談なんかじゃねぇ、俺は本気だって言ったら…お前はどうするんだ?
その言葉が終わるか終わらないかのうちに。突然視界を大きな無骨な手で塞がれた。
「な…」
そして抗議の声を上げかけた唇も何かで塞がれる。少しかさついているが柔らかい、そして嗅ぎ慣れた甘い煙草の香りのするもの。
それがキスをされたのだということにようやく気付けたのは、次元が自分から離れた後だった。
まるで5分にも10分にも感じるくらい長い時間のようだったが、ほんの一瞬の出来事だったらしい。
視界が戻って呆気に取られるルパンの目の前には、眉根を寄せて照れたような困ったような複雑な顔をする次元の姿。
「…お前…今…え? 何これ。俺、夢見てんの?」
「あー………どうかしちまったんだ忘れてくれ」
背を向けて帽子を目深に被りなおす次元。だがちらりと覗いたその顔が真っ赤になっているのを、見逃すはずもない。
「……忘れろったって忘れるもんか」
キスと同じ、甘い煙草の香りのする背中に抱きついて呟いた。
ふわふわと地に足が着かないのは決して二日酔いのせいばかりではないはずだ。
「愛してんぜ次元」
「……俺も…な」
fin.
愛するやんさんへ捧ぐ
【あとがき】
いつもお世話になっておりますやんさんが帰国されるということで、何かできることはないか!と思って捧げ物を書かせていただきました。
絵のほうがよいのかしらんとぎりぎりまで悩んだのですが…自分が納得できるものをお渡ししたかったのであえて小説にさせていただきました。
リクエストには『ル次で初キス』と頂いていたのですが、限りなく次ルっぽいというかwwwどちらでも読めるようなものになってしまいました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいな^^
ネットには国境もないしどんなに離れてたっていつでも会えるから!これからもよろしくね!大好きだーっ!
'12/02/07 秋月 拝