華やかなネオンに彩られた夜の空に男共の喧騒や女達の嬌声が響く。街に溢れる酒と食べ物の匂いはむせ返るほどに濃い。
そんな混沌とした雑踏の中を歩く黒い影を見失わないように、俺はするりするりと人ごみを掻き分けて進む。
気付かれてはいないはず。こちとらガキの頃から泥棒の技を叩き込まれてるんだ。忍び歩きも気配を消すのもお手の物。
…の、はずなんだけど。
「あ、やべ」
不意に俺が後を尾けていた黒い影が曲がり角で立ち止まる。帽子を深々と被った顔がふとこちらを向くから慌てて、
傍にあった飲み屋の立て看板の影に隠れた。
「大丈夫…だよな?」
そっと看板の陰から様子を伺えば、次元は何事もなかったかのようにまた歩き出していた。
普段鈍感なくせに、妙に敏いときがあるから厄介だ。大丈夫だとは思うけれど、
見つかっている可能性だって否定できないから慎重に行こう慎重に。
そうこうしながら尾行を続けていると、やがて次元は、繁華街の中心からは少し外れたところにある小さなバーの前で足を止めた。
シックな外装のその店は、俺も次元に連れて来られたことがある。
物静かなバーテンと並んだ酒の趣味もいい、あいつの好きそうな店だった。
次元がドアをくぐったのを確認してから少し時間を置いてそっと店内に足を踏み入れる。
俺の姿を見止めたバーテンが何か言いた気にこちらを見るのを目で制して、
店の隅のテーブル席に陣取った。
黒い姿を探せば、カウンターの隅に俺の見知らぬ男と肩を並べて座っていた。こちらは二人からは死角になる位置。
そのままこっそりと様子を観察することにする。
『昔のダチに会ってくる』
そう言って出かけていった次元を何故俺が追っているのかという話である。
見つかったら怒られるのも呆れられるのも目に見えているのだけれども。
次元の隣に座る男は次元より大柄で、一目で傭兵上がりと分かるような風貌の男だった。左の頬には大きな傷跡。
なかなかインパクトのある顔つきだ。
次元のほうはいつものようにスコッチ。男のほうは同じものをどうやら水割りにしているようだ。
それを水みたいにがばがば飲んでるから、酒には強いみたいだが俺としてはあんまり感心した飲み方じゃない。
いい酒の楽しみ方の分からないような奴とは一緒に酒を酌み交わしたいとは思わない。
何を話しているのだろう。
ここから見る限りでは険悪そうな様子も緊張した感じでもない。ただ、俺の位置からでは唇も見えないから読唇術も使えない。
若干の罪悪感を覚えつつも、俺はそっと次元のタイピンに仕込んである盗聴器のスイッチを入れた。
『…お前の噂はよく聞くぜ。随分派手にやってるみてぇだな』
『よせよ。それは俺じゃなくてあいつの噂の間違いだろ』
『お前とお前の相棒のさ。この世界でお前らを知らねぇんじゃモグリだぜ』
そりゃそりゃどうも。持ち上げてくれたところで何も出やしないぜ。
『それにしても、お前がルパンみたいな男と組むなんて意外だったんだがな』
『何で』
『とにかく派手なことの嫌いな奴だったからな。俺の知ってる次元大介は』
『…そうか?』
男の物言いにちょっとカチンと来る。お前如きが次元の何を知ってるって言うんだ。
男の偉そうな物言いに反論も否定もしない次元にも苛々しちまう。
咥えた煙草の端を噛みながらも、イヤホンから聞こえてくる声に集中する。
『世間話するためだけに俺を呼び出したんじゃねぇだろ? そろそろ本題に入れよ』
『相変わらず冗談の通じない奴だぜ』
男の苦笑。そしてぐっと声のトーンを落とすと辺りを窺うような声色で本題に入る。
『…いい話があるんだ。俺と仕事をしないか?』
そんなことだろうと思った。次元の射撃の腕が必要なヤマ。次元ほどの腕前の奴はそういないからな。
敵にまわせば厄介だけども一緒に組めれば鬼に金棒。
裏世界に住む人間なら誰だってその腕を喉から手が出るくらいに欲しいと思うだろう。
黙ってグラスを傾ける次元に、男は懇々と仕事の中身なんかを説明し始める。聞けば確かになかなかでかい仕事だ。
次元の腕を欲しがるのも頷ける。
『……どうだ次元。お前にとっても損はないと思うぜ』
あんまり男が熱心に口説くから俺様益々苛々しちまう。
次元が男の誘いに乗るかどうか。俺には正直判断が付きかねていた。こいつの義理堅さといったらもう筋金入りだ。
男が昔の知り合いであるというそれだけで、話の中身なんか二の次三の次で首を縦に振ることだって充分考えられるのだ。
それが俺にとってはとても歯がゆいし、天秤にすらかけられていないようで酷く面白くない。
お前は俺の相棒だろうが!
思わずそう言って登場してやりたいのをぐっと堪えてみるけれど、
返答次第じゃ俺が出張っていくのも時間の問題かな。そんなことを思っていると。
『…悪いがその話はなかったことにしてくれ』
『なんで…!』
さらりとそう言って席を立とうとする次元に、男が気色ばむ。
『待てよまだ話は終わってねぇぞ次元!』
『悪いな。先約があるんだ。…ごちそーさん。今日も美味かったぜ』
カウンターに代金を置いて席を立つ次元。一方的に話を打ち切られた男は呆気に取られてその様子を見ている。
席を立った次元はくるりと踵を返すと、迷うことなく真っ直ぐにすたすたと俺のほうへ向って歩いてきた。
「帰るぞ」
俺の目の前に立つと事も無げに俺を見下ろしてそう言う。
あまりに事も無げにそんなことを言うから俺のほうが呆気に取られるしかない。
「え…気付いてたの次元ちゃん」
「気付かねぇわけねぇだろ。…これにもな」
そう言ってタイピンを外して投げて寄越す。
「嘘ぉ」
「全部聞いてたんだろ。ったく…」
呆れたように肩をすくめるが、怒っている様子はない。
「おい次元」
置いていかれた男が焦れたように次元を呼ぶ。話はまだ終わっていないと言いたいのだろう。
「悪いがお前と組む気はねぇよ。相棒なら生憎間に合ってる。迎えが来たから帰るぜ」
くいっと俺のほうを顎で示し、呆気に取られている男ににっと笑ってから店のドアに向って踵を返す。
「じゃあな。今度は仕事の話抜きで飲もうぜ」
背中越しにひらひらと手を振り、振り返りもせずに店を後にした次元。
何も言えずに立ち尽くす男を残して、俺もテーブルに代金を放り出してから慌てて次元の後を追った。
「待ってよ次元ちゃん」
店を飛び出してみれば、次元は数メートル先の道端で煙草をふかしていた。
「遅ぇ。…帰るんだろ?」
「いやまぁ帰るけっども…よかったのか?」
「何が」
「いや…仕事の誘い蹴って」
俺が問えば、次元はあからさまに不機嫌な顔になる。なんでお前にそんなこと言われなきゃならねぇんだ。
言葉よりも雄弁にそのへの字に曲がった口元が文句を垂れる。
「…あいつと仕事したほうが良かったか?」
「いや、そういう意味じゃなくってだな…珍しいのな、義理堅いお前が昔の知り合い袖にするなんて」
「いいんだよ…」
隣を歩く次元の帽子を目深に被った横顔が、少しだけ困った顔になるのが見えた。
「次の仕事、でかいんだろ。…義理堅いのは俺の性分だけどな…お前にゃ義理以上のもんがあるからな。選べるわけねぇだろ」
ぷいと横向いた次元の耳が赤くなってるように見えたのはネオンのせい? それとも俺の気のせい?
それって天秤にかけたらあいつなんかより俺様のほうが重いってことだよな。
っていうかもしかして、いや、もしかしなくても天秤になんか端からかけられてないの?
お前の中での俺って別格だって思ってもいいの? あーやばい。俺様すっげー幸せなんだけどどうしよう。
そんでもって、お前もあいつじゃなくて俺と一緒に居て幸せだったらいいなとか思っちゃってる俺ってどうかしてる?
「ちょ…おま…離れろって!」
幸せすぎて、ポケットに手をつっこんで猫背で歩く次元の背中にがばっと飛びつけば、慌てて俺を振り払おうとする。
「俺、俺のこと大好きな次元ちゃんが大好きよ」
「……ん」
肯定とも否定ともとれない微妙な唸り声。素直じゃないんだから。
耳元で囁けばあからさまに赤くなるのがホントに可愛い。ヤキモチ焼いてゴメンね。
Fin.
【あとがき】
30000hitを踏んでいただきましたアム様からのリクエストで、『次元さんがかっこよくて幸せなお話』ということで書かせていただきました。
大変にお待たせをしてしまって申し訳ありませんっ(´;ω;`)しかも出来がこんなクオリティで…orz
どこらへんがかっこよくて幸せよ!といわれたならば…お叱りは甘んじてお受けします(土下座)
次元さんの精神面でのかっこよさみたいなものを出したかったのですが…
このようなものですが、少しでも楽しんでいただけたらと思います。
アム様、30000hit&リクエストありがとうございました!!
これからもどうぞよろしくお願い致します!
'12/04/27 秋月 拝