「…は〜いこちらルパン三世…あら? 五右ェ門どったの?」
不二子にデートをすっぽかされ、傷心のルパンがとぼとぼと帰路についていると突然携帯電話が鳴った。ディスプレイを見れば五右ェ門から。珍しいこともあるものだ、と思いながらルパンが電話に出ると。
『…お主今どこにおるのだ』
なぜか酷く苦い声色で五右ェ門がそんなことを聞いてくる。
「え? いやもうすぐアジトに帰り着くぐらいだけど…どったの? お前修行中じゃなかったのか?」
『…いや…とにかく早くアジトに帰って来い。もう拙者の手には負えぬ』
渋面の五右ェ門の表情が想像できそうなくらいに苦りきった声だが、何かあったのだろうか。アジトでは元々次元がひとりで留守番をしていたはずなのだが。
「何? 何? 何があったの??」
『いいから早く帰ってくるのだぞ! いいな!!』
それだけ言うと、電話は一方的に切られてしまった。
「…何なの一体」
ツーツーという音を聞きながら、ルパンは小さく溜息をついた。
* * * * *
「で、何でこんなことになってるの?」
「…それは拙者が聞きたいくらいだ」
あれから慌ててアジトに帰ってみると、リビングには苦虫を噛み潰したような顔でいる五右ェ門と大量の空の酒瓶。そして珍しくも真っ赤な顔で酔っ払った次元がいた。
「うわー…俺のとっておきの酒にまで手をだしてやがる…」
空になった酒瓶を手にがっくりとうなだれるルパンだが、それを飲んだ当の本人は分かっているのか分かっていないのかとろんと据わった目でルパンを見ている。
「拙者がアジトに立ち寄ったときにはもうこの状態でな」
聞けば数時間前、五右ェ門が荷物を取りにアジトに寄ったときからこの状態なのだという。この量からするとルパンが出かけた昨日の夜から飲み続けていたに違いない。
「おまけに聞きたくも無い愚痴なんかを聞かされて敵わぬ」
「愚痴?」
「お主の、だ」
さらりとそんなことを言うと、五右ェ門は風呂敷包みを片手に立ち上がる。
「ちょっと五右ェ門どこ行くの?」
「拙者は修行中。今は荷物を取りに寄っただけだ。それに拙者の手には負えぬと言ったろう。お主が元凶なのだからちゃんと聞いてやるのだぞ」
それだけ言うとルパンが引き止める間もなくさっさと出て行ってしまった。
「ったく冷てぇなぁ…にしてもどうするか…」
「…おい」
ひとりごちたルパンを突然次元がキッと睨みあげてきた。
「はい!?」
「…お前も飲めよ、五右ェ門」
「…はぁ??」
どうやら目の前に居るのが誰かすら分からないくらいに酔っ払っているらしい。それにしてもルパンと五右ェ門をとりちがえるなんて相当だと思うのだが。
「あの〜…次元ちゃん??」
「俺の酒が飲めないってのか?」
「…いや、てかそれ俺の酒だし…」
思わず呟いた言葉もスルーされ、ルパンは渡されるままに仕方なくグラスを煽る。ずっとこの状態だったとするなら確かに五右ェ門の手には負えなかっただろう。新しい酒瓶を開ける次元を見ながらルパンは大きく溜息をついた。
かくして。
「…だからよぉ、ルパンの奴はちっとも学習しねぇんだから参るよな。毎回毎回不二子には騙されてその度に怪我をしたりお宝を横取りされたり、ホント毎回毎回付き合わされるこっちの身にもなってみろってんだ。大体があいつは天才なんだか馬鹿なんだかわかりゃしねぇし、世間じゃIQ300とか言われてるのだって俺からすれば怪しいと思うわけだ。だってホント毎回毎回だぜ? 猿だってもうちょっとは学習能力ってもんがあるだろうよ。全く本当になぁ…」
滅多に酔わない人ほど酔っ払ったときの破壊力というのはすさまじいものがあるわけだが、まさに次元はそのタイプだった。延々と続く愚痴はかれこれ30分近くはノンストップで同じことを繰り返されていた。
グラスの酒を舐めるようにして飲みながら、ルパンは延々とその愚痴を聞いていた。最初の頃に少し口を挟んだら、えらく剣呑な目つきでマグナムを抜かれる勢いで睨まれたのである。
尤も普段これほどまでに感情を吐露することがない男である。喧嘩はするがいつも途中で折れるのは次元のほう。今まで溜め込んでいたものが酒の力で流れ出しただけなのだろう。だったら五右ェ門の言うとおり聞いてやるのが筋というものかもしれないとは分かっている。だが。
(さすがに自分のことをこれだけ言われると腹も立つんだけっどもな…)
何だかんだと言ってもつまりは自分の悪口なわけで。聞いていていい気分がするものではない。次元だって目の前に居るのがルパンだとは分かっていないのだ。正気に立ち返ったときにルパン本人にそれだけのことを言ったということが分かればどんな顔をするのか分かったものではない。
「けどな…」
不意に。それまでマシンガンの如く紡ぎだされていた言葉がピタリと止まる。咥えた煙草の煙がふわりと二人の間をよぎった。
「どうした?」
「あれでもいいところはあるんだぜ?」
ふっと笑った次元の目が、急に優しげなものに変わる。
「次元?」
「聡いから気がきくしな。優しいところだってあるんだぜ? ああ見えて」
口元をほころばせて笑うその顔は酷く幸せそうで、そんな顔見たことが無い、と、呆気にとられて見入ってしまう。
「俺が滅入ってるときに限って優しくしてくるからよ、こそばゆいよな。嬉しいけど気恥ずかしいしよ。わざわざ憎まれ役を買って出てるんじゃねぇかなって思うこともあるし…まぁ正直俺の頭じゃあいつの考えてることなんて半分も理解できねぇから俺の思い過ごしかもしれねぇけどな。実際気まぐれな野郎だし」
「じ…次元…?」
「あいつのああいうところ嫌いじゃねぇぜ。あの自由さがあいつらしいし、俺はあいつのそういうところに惚れてんだろうなーって思うんだよなぁ〜」
にこにことそんなことを言う次元。普段聞けないそんな言葉をストレートに口にされて、あまりに予想外の事態にルパンは赤面するしかない。こんなこと何年ぶりだろう? 初恋を覚えたガキでもあるまいに、そんな言葉一つで狼狽する自分が信じられない気分になる。
「ちょ…ちょっと次元ちゃんてば?」
「あいつには絶対言ってやらねぇけどな。だって悔しいじゃねぇか、あんなに好き勝手されて、でもそんなところが好きだなんてな」
それだけ言うと突然次元はグラスを放り出してソファに寝転がり、そしてそのままネジが切れたみたいに突然寝息を立て始めてしまった。
「…何なの一体…」
まだ顔が暑いしドキドキと鼓動が収まる気配はない。言いたいことを全部吐露してスッキリしたのか、清々しい顔つきで眠る次元を見下ろし、ルパンは小さく嘆息する。
「…ったくどこまで俺を翻弄すれば気が済むんでしょうね?」
この可愛い相棒は。
無防備な寝顔に小さくキスを落とし、ルパンは笑った。
* * * * *
数日後。
「お前さ、どこまで聞いたの…」
『どこまで、とは?』
「次元が喋ったのは愚痴だけだったかって聞いてんの」
『さぁ? 他人の惚気に付き合っておるほど拙者暇ではないゆえ』
「やっぱ聞いたんじゃねぇか!!!」
『不可抗力だ。だいたいがあれだけ愚痴がたまるまで次元を放置しているお主が悪いのではないか?おぬしにもいい薬になっただろう。たまにはでなく次元を労ってやればよいではないか』
「そういう問題じゃねぇ〜!」
「ん? 何だ? 五右ェ門から電話か?」
「お前もお前だ! 俺には言えなくても五右ェ門になら言えるのかよ!!」
「…何だ、何の話だ?」
Fin.
【あとがき】
『魔王と死神』様に相互リンクの記念に捧げさせていただきました。
一心様から頂いたリクエストは『酔っ払った次元さんがルパン様本人の前で惚気て、ルパン様たじたじ…』とのことでした。たじたじのルパン様があんまり表現できなかったかな;;というのはちょっと反省ですね;;
そして、次元さんは惚気た事実にすら気付いていませんけれど!(笑)
一心様いかがでしたでしょうか?こんなものでよろしければどうぞお持ち帰りくださいませ!
これからもどうぞよろしくお願い致します!!
'11/06/24 秋月 拝