鮮やかにとまではいかないが、色づいた街路樹の葉を、風が舞い上げていく。
大通りに面した店はさぞや掃除が大変だろう。そんなことを他人事に思いながら、次元はアジトへと向かう足を速めた。
久しぶりに帰って来た日本は、さすがに寒かった。もともと寒がりの自分にはそろそろスーツだけでは厳しい季節になる。
が、日本での仕事は寒いから嫌だなどとも言えない。この分だと年越しは日本で、ということになりそうだ。
「やれやれ…」
ルパンは後から合流する予定だ。前に滞在していたシドニーでやり残したことがあるのだという。
先に1人日本のアジトに帰り、しばらく使っていなかったそこの掃除や何やらをするのがここ数日の次元の仕事だった。
かなり気合を入れて掃除をしたおかげで、埃まみれだったアパートもなんとか人が住む程度にまでは落ち着いた。
足りなかった家財を他のアジトから移し、食料も買い込んだ。あすには五右ェ門もルパンも合流する予定だ。
明日からはまたうるさい日々が始まるだろう。今日は1人でゆっくり酒でも飲もう。
そんなことを思いながらアジトに帰ると、ポストに宅配便の不在伝票が入っていた。見ればルパンからの荷物らしい。
記載されていたドライバーに電話をかけると、丁度近くにいたらしくすぐに持ってきてくれるという。
「荷物? なんだろうな…」
不在伝票には品名の記載なんかはない。またぞろルパンの風変わりな発明品だろうか。そんな嫌な予感がびしびしとする。
すぐ近くと言っていたのは伊達ではなかったようで、本当に電話して10分くらいで宅配便の兄ちゃんは現れた。
「次元さんのお宅ですか〜?」
よく日に焼けた、いかにも宅配業という感じの愛想のいい兄ちゃんが、小さな紙袋を1つ提げている。
「じゃここ、ハンコかサインで」
最初は受け取り拒否しようかとも思ったが、このサイズなら何が入っていたところでさして問題はないだろう。
そう思ったので、言われるままにサインをし、荷物を受け取る。
「ありがとうございました〜」
兄ちゃんは陽気に挨拶をすると、颯爽とまた帰って行った。
「なんだこれ」
小さな紙袋だった。重さもほとんどない。
買ってきた酒とつまみを並べ、1人アパートの部屋の真ん中の炬燵に潜り込み、それから意を決して袋を破る。出てきたのは。
「マフラー?」
紙袋から出てきたのは、無地のマフラーだった。しかも、色はどっかの誰かさんのジャケットのような赤。
「これをして歩けってのか?」
真っ赤なマフラーをして東京の街中を歩く自分を想像し、思わず笑ってしまった。似合わないにも程がある。
「ったく、あいつは何考えてるんだか」
どこで買ったのか知らないが、真面目腐ってマフラーを物色しているあいつを想像すると、さらに笑えてくる。
でも、こういうサプライズはあいつらしい。
「暖かいな」
くるりと巻いただけなのに、ほっこりと暖かい。
「ま、貰っとくか」
グラスの中の氷がカランと音を立てた。
* * * * * *
1人で酒を飲んでいる間に、いつの間にか眠っていたらしい。ひっきりなしに鳴っている電話の呼び出し音で、次元は目を覚ました。
電気もテレビもつけっぱなしだったせいで時間感覚も狂っているが、壁にかけられた時計は夜の3時になろうかというところだった。
「こんな時間に誰だ?」
眉間にしわを寄せてディスプレイを睨めば、そこに映し出されたのはLupinの文字。
「もしもし?」
『よー、次元、荷物届いたか〜?』
いつもと変わらない飄々とした声が携帯越しに聞こえてくる。
「届いたけど…お前今何時だと思ってるんだ?」
『え? こっちは今夕方の6時なんだけっども』
「は? お前今どこにいるんだ?」
寝ぼけた頭で考えても、シドニーと東京なら時差は1時間しかない。しかも+1時間のはず。
だが、今ルパンは夕方の6時だと答えた。ならば時差は−9時間。
『言ってなかったっけ? 俺今ロンドンにいるんだわ』
「聞いてねぇって!」
今日にも東京で合流するはずだというのに、なんだってそんなところにいるのだ。
『ちーと面倒に巻き込まれちまってさあ〜』
飄々といつもと変わらぬ調子だが、よく耳を澄ませば、背後では銃声がひっきりなしに聞こえるし、その合間を縫って聞き覚えのある濁声も聞こえてくる。
『ルパーン!! 今度こそ逮捕だ〜〜〜!!』
携帯電話越しでも聞こえるのだから、恐ろしい声量としか言い様がない。
「銭形か?」
『そ。俺様捕まえるからって張り切ってんだぜ』
どうやったって無理なのにな〜。そういいながらも、ルパンはどこか楽しげだ。
生涯のライバルと言っていいだろう、銭形に追いかけられないとやる気にならないのだそうだから、つくづくルパンらしいと思う。
『悪ぃ、だから、ちょっとそっち合流するの遅れるわ』
「分かった」
気をつけろよ。そう言ってから、ちょっと間をおいて。
「ありがとな」
『何が?』
「マフラー」
『あぁ。お前、寒がりだもんな』
「でも真っ赤ってのはどうかしてるぜ」
そういうと、ルパンはニシシと笑った。
『俺が傍にいるみたいでいいだろ? それに、2人を結ぶ赤い糸みたいだし』
「馬鹿」
後ろでは相変わらず銃声と銭形の怒号が聞こえる。
『次元』
「何だ?」
『愛してるぜ』
チュッという音と共に、そんな言葉が届く。
一瞬呆気に取られた次元だったが、ちょっと悪戯心が湧いた。
「そういうことはな」
『あん?』
「本人目の前にして言うもんだぜ?」
『言ったな。覚えてろよ』
からからという笑い声と、そして、『じゃあな』という言葉だけを残して、唐突に電話は切れた。
全く、何の用事があって掛けてきたのだか。
静かになった部屋の中、飲みかけのまま放置していたグラスを手に取る。
耳元に残るルパンの声が愛しいだなんて、どうかしてる。首に巻かれたのと同じ赤い色が恋しいだなんて、どうかしてる。
でも、俺たちは、たとえ地球の裏側にいたって繋がっている。
―俺も―
暗いディスプレイの携帯をもう一度手に取り、メール画面を開く。たった一言だけ書いて、送信ボタンを押した。
あいつは銭形に追われながら、どんな顔でこのメールを読むだろう。そんなことを思いながら。
Fin.
【あとがき】
寒くなってくると、マフラーが素敵な小道具になりますねv
黒いスーツに赤いマフラーはさすがに着る人を選ぶと思いますが、個人的に次元さんには良く似合うと思うのですがどうでしょうか。
'10/11/09 秋月 拝