一緒に帰ろう

 急に降り始めた冷たい雨が、身体を、そして心をも冷たく濡らしていく。 薄暗い街には人気もなく、当然、自分が待ち望む男の姿もない。

「ツイてねぇや…やっぱ、無理にでも付いて行くんだったかなぁ」

 小さく溜息をつくと、白い吐息がふわりと薄暗い街に消えていった。
 ぶるりと身を震わせ、暖をとるかのように取り出した煙草だったが、雨に濡れたそれに火が点くはずもなく。 湿ったそれをくしゃりと握りつぶすと、役割を果たすことなく終わった茶色い葉が足元に零れた。
 数時間前、街に消えていった男の、黒い影を思い出す。

 昔なじみに呼ばれたのだと、相棒は言った。
 呼ばれた理由が、昔語りをするためだけでないだろうことは、愛銃に弾を込める姿を見れば容易に想像がついた。 いつものことだ。自分にしろ相棒にしろ、身に覚えなく吹っかけられる喧嘩は、もはや有名税として諦めるべきなのかもしれないと思う。

―手伝うぜ?―
―いや…―

 歯切れの悪い返答。 それきり黙ったまま、腰の後ろに銃を仕舞い、部屋を出ようとした。

―おい、次元!―
―…付いて来るなよ―

 黒い帽子の下から、冷たいくせに揺れる瞳を覗かせて、次元は告げた。
 もしも自分が同じ立場だったら、おそらく次元に同じことを告げていただろう。『付いて来るな』と。

「ま、しょうがねぇか」

 知らない過去は、お互いにある。過ぎ去った時間は元には戻らないし、今更それをどうこう言うつもりもない。 次元が過去にケリをつけたいと言うのなら、それはそれでかまわない。

「…でもよ、心配ぐらいさせてくれてもいいんじゃねぇのか?」

 思わず零れた呟きが、雨音に掻き消されていく。
 次元の腕前は信頼しているし、たかが昔の知り合いに殺られるような男でないことは自分が一番よく知っている。 心配なのだ。それでも。

「あいつは情に脆いからな」

 良くも悪くも義理堅く、頼りになる男。それが次元大介という男だ。

「それに、あいつは頑固だからなぁ…ま、俺も人のこと言えねぇけど」

 でなければ、こんなところで待ちぼうけを喰っているわけもないのだ。
 街は本格的に夜を迎えようとしていた。 薄暗かった街に所々で灯りが点き始め、寄りかかっていた街灯にも火が灯った。
と。

「…何やってんだ? ルパン?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには待っていた男の姿があった。

「よぉ、次元。ひでぇ恰好だな」

 いつものスーツはボロボロで、トレードマークの帽子には大きな穴も開いている。 怪我もあるようだが幸い大したものではないようだ。…そのことに、小さく安堵する。
 そんな思いを知ってか知らずか、次元はどこで拾ってきたのか骨の歪んだ蝙蝠傘をさし、いつもと変わらない様子でそこに佇んでいる。

「お前に言われたかねぇなぁ。ずぶ濡れじゃねぇか」

 すっと、冷たい雨が止んだ。が、それでも時折冷たく降りかかる。 さしかけられた傘は、よく見れば穴も開いていた。

「どったの? これ」
「そこのゴミ捨て場に捨ててあった」

 ないよりはマシだろ? しれっとそういわれれば、顔を見合わせて笑うしかない。
 その笑顔に、冷え切ったはずの心が溶けていく。

「次元?」
「何だ?」
「帰ろうぜ」
「…そうだな」

 冷たい雨は降り続き、夜の帳と共に2人を包む
 それでももう寒くはない。隣にはいつもと変わらぬ姿があるから。

fin.
恋物語10のお題より 4.雨の中で

【あとがき】
次元さんやゴエは言うに及ばずですが、ルパン様ですらも不器用な人間なのかもしれないな、と思うことがあります。
それが男の美学ってやつなのでしょうか。
それにしても、年明け最初の話がこれって…今年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

'11/01/07 秋月 拝

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