Old Diary

「あ〜…ったく、ツイてねぇなぁ〜」

 降り出した雨に濡れながら、ルパンは大きくため息をついた。

「…今日は厄日か?」

 今日という今日は、朝起きたときから、ツイていなかったのだ。 お気に入りのコーヒーは切れているし、トースターは壊れてパンは真っ黒こげ。 腹が立って外に食べに出れば、以前お仕事させてもらった地元マフィアにに追いかけられ、危うく蜂の巣にされるところだった。 おまけにそのせいで銭形に見つかり、いつもどおりの追いかけごっこ。 国境を越え、ようやく撒いたときには、元居たアジトからは遠く離れた山の中。 帰ろうにもSSKのガソリンは底をつき、おまけにさっきから待っていても車の一台も通りはしない。
 そして、追い討ちをかけるようなこの雨だ。
 次元に迎えに来てくれといいたいところだが、あいつは今、昔なじみに会いに行くとかで、遠く離れたアメリカにいるらしい。

「畜生〜俺が何したって言うんだよ!!」

 叫んでみたところで、その声は空しく森の中に吸収されていくだけだった。

「…とりあえず、雨宿りできるところを探すか…」

 雨さえ止めば、ヒッチハイクでもなんでもできるだろう。 記憶が正しければ、この近くに、ルパン家の持ち物の古城があったはずだ。

「あ〜歩くしかねぇか」

 雨に濡れながら、ひたすらに歩く。 森を抜け、少し開けた場所に、小さな古城があった。

「…にしてもひっでぇな〜」

 古城、というより、完全に廃墟だ。 城の屋根は完全に抜け落ち、外壁だけがかろうじて残っている状態だった。 唯一の救いは、その城の脇に立つ、小さな小屋が健在ということだろう。 おそらくは城の庭師か何かの住処だったのだろう。

「まぁとりあえず雨が凌げればいいんだ」

 がたがたと立て付けの悪い戸を開け、中に入る。 外見のぼろさとは対照的に、中は少し埃っぽいものの雨漏りもなく、雨だけはきちんと凌げそうだ。
 暖炉に火を入れ、ずぶ濡れの服を脱ぎ散らかす。

「ふぇ〜〜っくし!!」

 ルパンは盛大にくしゃみをして、鼻をすすった。

「やっぱ今日はツイてねぇ…腹も減ったなぁ〜〜〜」

 げんなりと肩を落とし、服を乾かす間に、何か着るものがないか探し回る。 小屋の隅のクローゼットから、ようやく埃っぽい毛布を引っ張り出した。
 と、その拍子にバサッと本が一冊床に落ちた。

「…ん? 何だ?」

 拾い上げてみれば、立派な表装のそれは、どうやら日記らしい。 表紙の署名には見覚えのある名前と筆跡。

「まさか…?」

 たしかにそれは、父親、ルパン二世の名前と字。

「まさかこんなとこで親父の日記見つけるとはな〜」

 がしがしと頭を掻きながら、とりあえず毛布に包まる。

「ふ〜ん?」

 いくらルパン縁の城とはいえ、こんな小屋の片隅に隠してあったのだ。どうせろくな内容ではないだろう。

 だが。

 決して他人に本心を見せることのなかった男が、日記にどんなことを記していたのか、気になるところではある。
 少し躊躇った後、ルパンはその表紙に手をかけた。



*  *  *  *  *


 ここのところ、あの子は構成員の息子と親密にしているらしい。 友人ができるのはやぶさかではないが、度を越した付き合いは歓迎しないところだ。
 調べさせたところ、次元大介とか言うその少年は、なかなかに優秀な子供のようだ。 気になったので、私も一度見に行ったことがある。
 なるほど、聡明で優しい目をした少年だ。あの子が心を許すのも分からなくはない。 だが、あの子が、彼を相棒にしたいなどと言い出したのには参った。

 浅はかなことだ。

欲しいものは自分で手に入れろ。それはルパン家の掟でもあるが、あの子にはまだ早い。 二人に課した試験、果たしてどうなることやら。





*  *  *  *  *




 あの子の計画はかなり優秀だ。なるほど、生まれながらに三世と呼ばれるだけの事はある。
だが、果たして思いもよらないアクシデントが発生したらどうするだろう? そう、例えば相棒と絶大な信頼を寄せる彼が、動けない怪我を負ったら…




*  *  *  *  *




 怪我を負っている次元に会ってきた。 実に聡明で賢い子だ。私が警報を鳴らしたことも、そして私が彼を撃ったことも全て気付いていた。
 それでいて私を責めることもせず、島を出て行くと言った。 今のままでは"ルパン"の"相棒"になるだけの力がないと、そう考えたらしい。 実に惜しい。出来ることならば私の親衛隊に加えたいが、本人にそのつもりはないと拒否されてしまった。 …まぁ無理もないかもしれないが。

…これは、嫉妬、なのかもしれない。

あそこまで心を許しあい、信頼しあえる相棒に恵まれなかった私の、醜い嫉妬。

欲しいものはどんなことをしても手に入れる。それがルパンだ。 よりにもよって、実の息子と同じものを欲するとは。 そうだ、私はあの少年が欲しかった。帝国で1・2を争う射撃の腕を持ちながらも、人殺しを厭う、真っ直ぐな瞳をした少年が。 あそこまで無防備に、疑うことなく、あの子に心を許す、次元大介という少年が。

…やはり、嫉妬なのだろう。 醜く浅ましい。

「つくづくあの子が羨ましいよ」

思わずそう零してしまったが、彼にその言葉は届いていただろうか?




*  *  *  *  *





 日記はそこで途切れていた。 パタンと表紙を閉じ、ルパンは呆然とその表紙を見つめていた。
 雨音に交じって、暖炉の焚き木のはぜる音がした。

「…俺としたことが…」

 なんで気付かなかったんだろうなぁ。
 揺れる炎を見つめて、ルパンは小さくひとりごちた。
 あの時警報が鳴ったのも、次元が撃たれたのも、全て偶然だと思っていた。 まさか二世が関与していたなど、これっぽっちも思っていなかったのだ。 だが、それに次元は気付いていたのだという。

「あいつ、一言もそんなこと言わなかった…」

 これでは二世に半人前と謗られても無理はない。 しばらく難しい顔をして炎を見つめていたルパンだったが、突然濡れた服の中から携帯を取り出し、どこかへコールし始める。

「…次元か? 俺だ。今すぐこっちへ帰って来い。…仕事だぜ」

 有無を言わせずそれだけ告げると、一方的に通話を終える。

「…やっぱ今日は厄日だぜ」

 床に転がる日記を暖炉の中に放り込み、ルパンは苦笑した。 パチパチと音をたて、日記はあっという間に燃え尽きてしまった。

「さぁて、ケジメつけに行きますか」

 にやりと笑ったその瞳には、暗い色が浮かんでいた。

Fin.

【あとがき】
World is ours!のサイドストーリー的な感じで、二世様の心情をちょこちょこと書かせてもらいました。
時系列的には、World〜10の数日前という感じです。
二世様という人は、決して誰にも本心を見せない人だったのではないかと思います。日記にすらその全てを吐露しているとは思えないですけどね。
でも、それを読んでルパンは自分達の過去にケジメつけに行くわけで。
結局のところ、この親子は似たもの同士なんじゃないでしょうか。その頑固さとか、欲しいものは全力で手に入れる所とか。 仲が悪いわけじゃなくて、あえて言うなら同属嫌悪に近いんじゃないかな、とか思ったり。
長くなりましたが、シリーズはこれで全完結です。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!!

'10/07/13 秋月 拝

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