Do you need me?

 稀代の大怪盗、ルパン三世と一緒に仕事をするようになって、そろそろ3ヶ月が経つ。

「…にしても、何で毎晩毎晩お前と飲み歩かないといけねえんだ」

 薄暗いバーの中。グラスを片手に思わずそう零すと、隣に座るルパンがからからと陽気に笑った。

「いいじゃないの、次元ちゃん。相棒たるもの、スキンシップは必要よ?」
「…"ちゃん"はやめろ。何回言ったらわかる?」

 ぎろり、と、帽子の下から睨んでやるが、効果はない。『はいはい』と、軽く流されるだけだ。 …このやりとりも、もう何度目になるかわかりゃしない。
 それにしても、こいつのスキンシップとやらは過剰すぎる。毎晩のように飲みに付きあわされるだけなら、まだいい。 それよりも、酔ったフリをして(俺と同じくらいのザルのくせに、酔うわけがない)ベタベタとボディタッチをしてくるのには閉口する。

『お前、もしかしてそっちのケがあるのか…?』

 あまりに過剰で直接的なスキンシップに、一度思わずそう聞いたこともある。 すると、奴はニヤニヤ笑いながらこうのたまったのだ。

『俺様がこんなことするのは、美女か次元ちゃんだけよ?』

 …天才と何とかは紙一重というのは本当らしい。はっきり言って、俺には何を考えてるのか、さっぱり分からない。

「ちょっとちょっと、次元ちゃん、な〜にムズカシイ顔してんの?」

 ひょい、とルパンが俺の顔を覗き込んでくる。 お世辞にも二枚目とは言いがたい造作の顔。なのに、…なぜこうも人を惹きつけるのだろう?

「…だから、触るなって」

 どさくさに紛れて肩に置かれたルパンの手を掃い、俺は席を立った。

「どこ行くの?」
「ああもう、うるせえな! トイレだよっ! ついて来るなよ!?」

 放っておいたら、トイレにだってついてきかねないルパンに釘を刺し、席を立つ。 尤も、トイレなど席を立つ口実でしかないのだが。他人に干渉されることに慣れない俺は、ときどき無性に1人になりたくなる。
 店の奥、トイレへの出入り口脇のルパンの席からは見えない位置に移動し、煙草に火を入れる。 深々と吸い込んだ煙を吐き出し、俺は小さくため息をついた。

 今までだって、コンビを組んだこともあるし、もっとたくさんの人数で仕事をしたこともある。 だが、1人としてルパンのような関わり方をしてくる奴はいなかった。 もとより、自分が人付き合いの上手いほうだとは思っていない。 だから正直に言えば、距離のとり方が分からないのだ。あんな男と付き合うための。
 いや、それ以上に、『ルパン三世』という存在と付き合うための。

 コンビとしての相性は、多分今まで組んだ誰よりもいい。もう何年も前からのコンビみたいに動けるのだから。 奴は天才だ。天賦の才ってのは、まさにああいうのを言うのだろう。泥棒の天賦の才なんてどうかとは思うが。 この仕事に必要なのは経験と、そして感性。 その両方を持ち合わせたあいつは、裏世界で名前を知らないものがいないというのも頷ける。
 だからこそ、余計に困る。俺は、どんな顔であいつの隣に立てばいいのだ。 あいつは、俺に何を求めてここに立てというのだ。わからない。

 再び、ため息と共に煙を吐く。  空いたテーブルの灰皿に、短くなった煙草を押し付け、踵を返した。

 店内に戻ると、ルパンの隣に見知らぬ男が立っているのが見えた。 一瞬、厄介ごとかと身構えたが、談笑する様子はどうやら知り合いのようで。 店内の喧騒に混ざって聞こえてくる会話の断片は、やけに親しげだ。 カウンターの中の顔見知りのバーテンも一緒になって談笑している。

 その様子を見ていたら、何故かチリチリと胸の奥がざわついた。

 そうだ、ルパンは俺なんかと違って愛想がよく、自由で、誰とだって上手くやっていける男じゃねぇか。 あの男だって、きっと昔一緒に仕事した男とかあるいは顔なじみの情報屋とか、そんなものだろう。 俺だって、あいつの数いる歴代の相棒のうちのただの1人。 ただ、それだけ。俺は、与えられた仕事だけこなしていればいいのだ。 過剰なスキンシップも、調子のいい台詞も、あいつの癖みたいなもの。気にするだけ馬鹿馬鹿しい。

 そう言い聞かせても、胸のざわつきは収まらない。 それどころか、隣に立つ男の顔が視界に入るごとに、その男へルパンが笑いかける度に、ざわめきは漣のように全身へと広がっていく。
 話し込みながら、男はルパンの隣に座ろうとスツールに手を伸ばした。空いていた、俺の席へ。

 そのとき。

「待てよ」

 ルパンが男の手を引くのが見えた。

「何だよ?」

 怪訝な顔を見せる男。



「そこはお前の席じゃねぇよ。…次元のだ」



 男にそう告げた横顔が、つっとこちらを向いた。俺の視線に気付いていたのか。 その黒い眼は俺を捉え、そして。にっと笑った口元が、傍らに立つ男に悟られないように小さく動いた。

―そうだろ?―

 …あぁ…まさか見透かれてるとでもいうのか…? 男の存在にざわめいた俺の心を。 それ以上に、居場所に迷う俺の心を。

―分かってるって。大丈夫。ここがお前の場所だ―

 この距離で聞こえるはずがないのに。そんなあいつの言葉が、耳元で聞こえた気がした。
 ああ、くそっ。上等じゃねぇか。お前のそういうところが、…わけわからねえんだよ。

 暗い店内を一歩踏み出す。ルパンの隣にいる男が俺に気付いて、こちらを向いた。

 ああそうだ。〈ルパンの隣(そこ)〉に座るのは、この俺だ。覚悟しとけよ。後悔しても知らねぇからな。

Fin.

【あとがき】
『愛まいな。』様に相互リンクのお礼で捧げさせていただきました。 澪様から頂いたリクエストは『ルパンさんに嫉妬する次元さん。ファーコンの頃のクールな次元さんで、ルパンさんのほうはラブアタックしまくり』 とのことだったのですが、嫉妬ものってムズカシイ…←
なんだか、ル→→→←次みたいな、ものすごく距離空きまくりなル次になってしまったような… 素敵なリク頂いていたのに、活用しきれずに本当に申し訳ありません;;(スライディング土下座)
澪さん、こんなゆるゆるでヘタレな管理人&拙宅ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!
相互リンクありがとうございました!!

'10/12/30 秋月 拝

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