仕事と仕事の合間の穏やかな、ある日の昼下がり。
五右ェ門は裏庭で修行に励み、ルパンは昼食の後からずっとリビングで怪しげな機械をいじっている。
一人暇を持て余した次元はリビングの傍らのソファに陣取り、煙草をふかしながら新聞に目を通していた。
「なぁ〜じげ〜ん」
不意に、作業の手を止めルパンが次元を呼んだ。
「…何だ」
呼ばれた方の本人は、広げた紙面から顔も上げずに返事をする。
咥えた煙草の先から紫煙が揺れた。
「コーヒー、飲みたくねぇ?」
「…ん〜…そうだなぁ〜…」
返ってきたのは、なんともやる気のない返事。
別にどうでもいいという雰囲気がありありと見て取れる言い方だったにも関わらず、何を思ったのかルパンはニッと笑った。
「じゃあ俺の分も頼むわ〜」
「…俺は飲むなんて一言も言ってねぇぞ!自分で煎れろ!!」
そこでようやく新聞から顔を上げ、次元はルパンを見据えた。
いつものこととはいえ、ルパンの気紛れで自分勝手な言い草に呆れたように口を曲げている。
「いいじゃんか〜今、手が離せないんだよね〜」
しかしルパンはそんな次元の様子など気にすることもなく、これ見よがしに両手に配線と工具を掲げ持ちそんなことを言う。
「ねぇ次元ちゃんてば〜ねぇねぇ〜」
「あ"ーうるせえなぁもう!分かったよ!」
ぐねぐねと猫なで声のルパンに観念したのか、次元は新聞を放り出し、半分近く残っていた煙草を灰皿に押し付けるとずかずかとキッチンへ向かった。
ルパンはこと嗜好品というものにコダワリのある男だから、どんなに山奥のアジトでもコーヒーがインスタントということはなく、可能な限りにはきちんと豆が用意してある。
戸棚から取り出した豆の袋を開けると、ふわりと芳ばしい香りが広がった。
ケトルを火にかけ、その間にミルで豆を挽き、ドリッパーを用意する。
しゅんしゅんと湯気を立てはじめたケトルを見ながら、不意に次元は大きなため息をついた。
「お前…俺が煎れてるとこ見に来るくらいなら、最初っから自分で煎れに来いよ」
「いや〜絵になるなぁと思ってさぁ。似合うねぇそういうの」
いつの間にそこに来たのか。次元の背後、キッチンの入り口でルパンが笑った。
「はぁ…?」
振り返った一瞬、黒い瞳が覗いた。
すぐに帽子の下に隠れてしまったその瞳に浮かんだのは呆れだったか、それとも照れだったか。
「…そりゃどうも」
ぶっきら棒に答え、そしてそれまで丁寧に準備していたのが嘘のように、沸騰したお湯をザバザバとドリッパーに注ぎ出す。
「あ〜あ、もうちょっと温度下げてさぁ。それにちゃんと蒸らそうぜ〜」
「うるせぇ。文句があるんなら自分で煎れろ」
煎れたコーヒーをマグに移し、差し出す。
「ほらよ」
「サンキュ」
手渡されたカップを持って、ルパンは頬を緩めた。
「どうした?」
それを見咎めた次元が怪訝な顔で問う。
「ん?いや、たまにはこういうのもいいな〜と思ってよ」
「こういうの?」
「そ。お前と二人まったりコーヒータイムとかさ。なんつーかこう、平凡な感じ?」
言いながらカップに口を付け、苦ぇなぁとルパンは眉根を寄せた。
「よく言うぜ、そういうのが一番苦手なクセして。3時間で飽きるだろうが」
心底呆れたように言いながら、次元もコーヒーに口を付ける。
スリルをこよなく愛する天才的大泥棒には、"平凡"などという言葉は世界一似合わない。
「だから、たまにはだってば〜」
「普通は逆だろ」
「…それじゃつまらねぇよなぁ、やっぱり」
"平凡な日常"が生活のスパイスになる人間なんか、そういるもんじゃない。
それは自分たちの稼業のせいではなく、おそらくはルパンという男のせい。
「でよぉ、次元。次の仕事のことなんだけっどもな」
平凡も良いと言った舌の根も乾かぬうちに、キラキラと目を輝かせながら次の仕事の計画を語りだすルパンに、次元は小さく苦笑した。
むしろその方が、何の変哲もない、いつもの風景。
「はいはい。じゃあ五右ェ門も呼んでくるわ」
空になったマグを流しに置き、次元は裏庭に足を向けた。
これでまたしばらくは、平凡な時間とはおさらばすることになりそうだ。
Fin.
もちゃすけ様へ 1000hitのお祝いに
【あとがき】
もちゃすけ様宅が1000hitされた折に、DLフリーだったイラストを頂いたお礼とお祝いを兼ねて、贈らせていただいたSSです。
『のほほんとしたアジトでの風景』というリクエストをいただきまして、もちゃさんのとこの可愛いル次っぽくしたかったんですが、玉砕しました(汗)
ワタシの駄文よりももちゃさんのイラストが素敵すぎます〜〜!!
拙宅での掲載許可もいただきましてありがとうございました!!