男という生き物は

 目が覚めるととっくに朝と呼べる時間ではなく、窓から差し込む光は古いアパートメントの薄汚いフローリングを暖かく照らしていた。 普段なら自分と同じくらい朝寝坊の相棒の姿は、しんとした部屋のどこにもない。
 テーブルには飲みかけのままの珈琲カップが放置され、その脇のソファの上には乱雑に新聞が置かれている。

「…あいつ、どこ行ったんだ?」

 寝ぼけ眼のままそんなことを呟いてみるが、もちろんそれに答えるものなどない。 とはいえ、子どもではないのだから心配する必要もない。
 がりがりと頭をかきながらテーブルの上にあった赤い煙草の箱に手を伸ばし、そして、持ち上げたところでそれをくしゃりと握りつぶした。 昨夜最後の1本を吸いきったのを忘れていた。

「しゃあねぇ、出かけるか」

 ついでにブランチとでも洒落こもうか。 男1人寂しいことこの上ないが、無理に他人と顔を突き合わせて食事するよりよっぽどいい。
 次元は顔を洗い、簡単に身支度をすると根城にしているアパートメントを出た。
 室内にいたときよりも明るい光が、次元を包む。 その明るさにほんの少し顔をしかめ、帽子の唾を深く下げると、銀杏並木の大通りを歩き出した。
 通りの角にある、行きつけの煙草屋に顔を出すと、顔なじみのおばちゃんがいつもの無愛想な顔で出迎えた。

「ペルメル、3カートン」

 棚に並ぶ煙草の中から、目当ての箱を抜き出し、無言で紙袋に詰める。もっと愛想がよければこの店も繁盛するだろうに。 そんなことをふと思い、それから、自分が言えた義理はないな、と思いなおし小さく口元を緩めた。
 会計を済ませ、早速包みを開けて1箱取り出す。

「まいど」

 おばちゃんの声を背中で聞きながら、煙草に火をつけた。煙を深々と吸い込んで、ようやく頭が働きだした気がした。
 紙袋を抱えたまま、行きつけの飯屋に足を向ける。 この街に来る度に寄る、大衆食堂だ。主人の愛想はイマイチでも、味は最高だ。
 ふと。
 次元の視界の隅で、見覚えのある色が映りこんだ。時に"軽薄な"とまで呼ばれることのある赤い色。
 反射的に首をひねると、傍のカフェテラスに、人目を惹く奇抜な色合いのジャケットを着た男が座っていた。

「ルパン?」

 思わずそう声をかけそうになって、しかし、口を閉ざした。
 相棒は1人ではなかった。その隣には、美しい金髪の女が座っていたのだった。 年の頃は22・3といったところだろうか。ふわりと巻いた金髪。大きな瞳は深い青色で、まるでビスクドールのような雰囲気を持った女だった。 ルパンの趣味からは少し外れている気もしないではないが、(どちらかといえば、不二子のように勝気で色気のある女が好みだと思っていたが。) 元来女と見れば見境のない男のことだ。そんなものはあてになりはしない。
 ルパンは次元に気付く気配もなく、女と穏やかに談笑していた。
 なぜかその姿を見て、次元はひどく居たたまれない気分になり、早足でその場を離れた。 食事に行くつもりだったことも忘れ、真っ直ぐにアパートメントに向かう。 途中、ものすごい勢いで通りを歩いていく次元に、何人かの通行人が足を止めたが、本人は気付きもしなかった。
 ルパンの女癖の悪さは今に始まったわけではないし、今までも気にしないふりをしてきた。 だが、無性に胸がざわつくことがある。ひどく無邪気で屈託のない顔。それを、自分以外の人間に見せているところを見てしまったら。 しかも1番腹が立つのは、そのことに感情をざわつかせている自分にだった。イラついてみたところでどうにもなりはしないのに。
 静かなアパートメントの中で、次元は小さくため息をついた。




*  *  *  *  *  *




「た〜だいま〜次元ちゃん〜?」

 太陽が西へ傾き地平線に隠れたころ、ルパンは紙袋を片手にアパートメントへ帰って来た。

「…いるんなら返事くらいしたらどう? 電気も点けずに煙草ふかしてるとかやめてくんない?」

 笑いを含んだ声で言いながら、壁のスイッチを入れる。 瞬きながら点いた蛍光灯の下で、次元は眩しそうに目を細めた。

「しかも、なんつー恰好してんの」

 次元はソファに寝転がり、その腹の上に灰皿を置いていた。 いつからそうしていたのかは知らないが、灰皿はもう満杯で、吸殻は小高い山になっている。

「…今夜は帰らねぇと思ってたぜ」

 腹の上から灰皿を取り上げられ、不機嫌そうな声で言いながら次元は起き上がる。

「何で?」

 灰皿の中の吸殻をゴミ箱に放り込み、ルパンはきょとんとした顔を見せた。 何故そんなことを言われるのか分からない、といった様子で次元を見返す。

「随分な美人と一緒だったからな」

 皮肉めいた風に言われ、ルパンはようやく合点が行ったといった様子になった。

「どこで見たの?」
「大通りのカフェテラス。いつから女の趣味が変わったのか知らねぇけど、お人形みたいな美人だったな」

 また新しい煙草に火を入れ、淡々とそう告げてくる次元。その顔を見ながら、ルパンはにやぁっと笑った。

「なるほど。で、お前はいじけてたわけだ」
「いじ…なんで俺が!!」

 心外だ! とばかりにキッと睨みあげて来る次元。だが、その反応が既に心情を正直に暴露していることに本人は気付いていない。

「いじけてたんだろ? 飯も食わずに電気も点けずに、今日買ってきた煙草が空になる勢いで煙草ばっかふかしてさ」

 次元のそんな様子をくすくす笑いながら、ルパンはするりとその横に腰掛ける。

「うるせぇ」

 ソファの肘掛に頬杖をつき、そっぽを向いたまま次元は言い捨てる。"いじけてる"といわれたのがよほど腹に据えかねたらしい。 もっとも、図星だったからこそ怒っているのだということは、ルパンには容易に見当がついたが。
 するりと伸ばした手で、立派な顎鬚を蓄えた顎を捉える。

「俺様、お前の心の中なんかお見通しよ?」
「…フン」

 それでも、機嫌悪そうにそっぽを向いてしまった次元に、ルパンは大仰に肩をすくめて見せた。

「俺様ってそんなに信用ないわけ?」
「自分の胸に手をあててよーーーーく考えてみろ」
「…あのねぇ、次元ちゃん」

 よほど怒りの深いらしい相棒に、ルパンは大きくため息をついた。

「これなんだか分かる?」

 言いながら、持ち帰ってきた紙袋から、1本の酒瓶を取り出した。

「それは…」
 いつだったか自分が飲んでみたいとこぼしたことがある、スコッチの銘酒だった。 ルパンがそのことを覚えていたのも意外だったが、そんな希少な酒が目の前にあるということが信じられなかった。

「どうやって?」
「探すの随分苦労したんだぜ? それで、彼女がこの酒蔵の娘だって知って力を借りたわけ」

 瓶をテーブルに置き、ホントはそんなこと黙っとくつもりだったんだけどな、などと心中で苦笑した。

「おかげでこいつが手に入り、俺様はお礼に1日彼女の荷物持ちでお買い物に付き合ってたのさ。それが約束だったからな」

 わかった? そう問われ、次元は不承不承頷いた。

「ったく、自信過剰な恋人も困るけど、自信のなさ過ぎる恋人ってのも困りものだよな」

 言いながら、まだやや不機嫌な次元の顎に再び手をかけ、自分のほうを向かせた。

「何だよ?」
「嫉妬してくれるのは嬉しいんだけっども、いじけるのは勘弁してくれよな?」

 にっと笑うと、おもむろに次元の額に唇を落とした。

「お前のために探してきたんだ。機嫌直して一緒に飲もうぜ?」

 むっとしたように結ばれていた口元が、ほんの少し緩みかけているのを目ざといルパンは見逃さない。

「次元ちゃん、愛してるぜ」
「…馬鹿か、お前」

 美味しい酒と、自分のために嫉妬してくれる可愛い恋人がいれば、男はみんな馬鹿になるさ。

 そんなことを思いながら、ルパンはまた腕の中の恋人に唇を落とした。

Fin.

【あとがき】
『あれもこれも夢じゃないぜ』様に相互リンクのお礼で捧げさせていただきました。
真史様から頂いたリクエストは『嫉妬する次元さん。でもやっぱり終始ラブラブル次で!』とのことだったのですが、終始とはならなかったような;; 前半は次元さんの日常が大半だし…
とはいえ、後半の喧嘩しつつもイチャイチャなバカップルども(褒め言葉ですよw)は書いててすごく楽しかったですvイチャラブ万歳!
真史様、こんなゆるゆる管理人&拙宅ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!

'10/10/31 秋月 拝

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