『いい加減にしろ! 毎回毎回不二子に獲物を掻っ攫われやがって!! てめぇなんかもう知るか!!』
そんな言葉を叩きつけてアジトを飛び出してから既に丸3日が経とうとしていた。
(…何やってんだろうなぁ…俺は)
半地下の薄暗い部屋の中、煙草のヤニで黄ばんだ天上を見上げながらぼんやりとそんなことを思う。
テーブルの上の煙草の箱に手を伸ばし、しかしそれが空だったためにまた大きく溜息をつく。
放置した携帯電話には1時間おきに電話がかかってくる。着信は全部五右ェ門の携帯から。
啖呵をきって出て行った自分を、ルパンよりも五右ェ門のほうが気にかけているようだ。
それだっていつものことではあるのだが、だからこそ余計に腹が立つ。
(…俺のことなんかどうだっていいんだろ)
いじけたようにそんなことを思い、負の感情の無限ループに陥っていく。
半ば被害妄想だと分かっていても止められない。
ここは次元個人のアジト。
その存在は誰にも言ってはいないが、探せば服のどこからか発信機だって出てくるのだ。
ルパンに場所がわからないはずはないのだが、今まで何度喧嘩しても迎えに来たこともない。
放っておけば数日で帰ってくると思っているのだと思う。実際、今までがずっとそうだったから。
いつだって折れるのは自分のほう。絶対的に悪いのはルパンだというのに。
すっかり氷も溶けて温くなったウィスキーグラスに手を伸ばし、乱暴に煽る。
生ぬるいそれは喉を焼きながら空っぽの胃に流れ落ちていく。
「…絶対帰ってやるもんか」
小さくひとりごち、再びソファに身を埋める。
まるで子どもだと自分でも思う。何にこんなに意地を張っているのか。1日経って冷静になってみれば自分でもよくわからない。
それでも帰るつもりだけはなかった。ルパンが折れてくるまでは。
苦労して手に入れたお宝を不二子にくれてやるのはいつものことだったが、こうも続けば嫌にもなるというもの。
何度忠告しても、ルパンがその忠告を聞いたことはない。結局、甘いルパンがいけないのだ。だから不二子が付け上がる。
おまけに。
『次元、お前もしかして妬いてんのか?』
ルパンに笑いながら言われて、次元の中で何かが切れた。
「妬いてんのか? …か」
自分でもよくわからない。…いや。無自覚だったからこそ、指摘されてあんなにもうろたえてしまったのかもしれない。
『ルパンはアタシのお願いならどんなことだって叶えてくれるのよ』
いつだったか、勝ち誇ったように微笑んだ不二子の顔が忘れられないでいるのも原因かもしれない。
甘い声でおねだりをすればどんなことだって叶えてもらえてしまう不二子が、羨ましくないといえば嘘になる。
どんな宝石もお宝もルパンの愛だって甘い言葉だって何もかもを得ることができる彼女が。
彼女のためなら、ルパンは全世界を敵にまわすことだって厭わないだろう。またそれができるだけの力を実際に持っている。
「嫉妬…か…」
男である自分と女である不二子を比べるなんて全くナンセンスだということも知っているし、
では彼女が羨ましいからと言って不二子が得られる全てを同じ様に欲しいのか、と問われれば決してそんなことはない。
それでも心の奥底からふつふつと湧き上がり暗く淀んでいく感情を持て余してしまう。
「自分がこんなにも執着心を持った人間だなんて知らなかったぜ…」
そう呟き、次元はまた大きく溜息をついた。
* * * * *
いつのまにうつらうつらしてしまったのか。次元は人の気配を感じて目を覚ました。
(敵…か?)
腰の後ろの愛銃に手をかけ、ゆっくりとドアに近づいていく。ぴたり、と壁に張り付き、外の気配を伺う。
殺気はない。だが、只者と思えない気配だけはじわりじわりとドア越しにも分かる。と。
「次元」
外から聞こえてきたのは聞き覚えのある声。
「ルパン?」
用心しながらもドアを開けると、そこに居たのは見慣れた真っ赤なジャケット姿。
「…何しに来た」
まさかルパンが来るなど思っていなかったせいで、少しつっけんどんな態度になる。
言いながら銃を戻すと、ルパンは小さく肩をすくめた。
「そろそろ酒と煙草がなくなるんじゃねぇかなーって思って持ってきた」
入ってもいい? そう問うルパンの手には大きな紙袋。中からは本人の言うとおりに酒と煙草が覗いている。
「…好きにしろ」
さすがに帰れとも言えず、だが素直に招き入れることも出来ず、ぞんざいにそんな言葉を放り出す。
「折角迎えに来たのにつれねぇなぁ」
背後でルパンが苦笑するのが聞こえた。
「どのツラ下げて会いに来たんだ」
「ん。会いたくなかった? 次元ちゃんひとりで寂しいかなぁと思って遊びに来たってのに」
反省したのかしていないのか。いつもと変わらぬ飄々とした態度でそんなことを言われたのでは、その意図は全く読み取れない。
「そんなこと言ってんじゃねぇ」
それがまた次元の感情を逆なでする。こんなにもルパンに心乱されている自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「なぁ次元」
真面目な声で呼ばれ、後ろから腕を引かれる。反射的に振りほどこうとするが、しっかりと握った手をルパンは離そうとはしない。
「お前、俺のこと信じてないの?」
「……何だよいきなり」
その問いに虚を突かれ、ドキリ、と心臓が跳ねた。
「俺はこんなにお前が大事なのに」
真っ直ぐに見つめてくる瞳。だが次元はその視線を受け止めることが出来ない。
「離せ…っ」
「次元」
すぐそばにいるのに手に入らない。欲しいものは。俺の欲しいものはお前だと。素直に言えたならばどんなにも楽になるだろうか。
そんなこと口が裂けたって言えやしない。男としてのプライドがそれを邪魔する。
「もし、な」
ふっと、その薄い唇が緩む。
「もし、明日世界が終わるとして。その時そばにいて欲しいのは、お前だけだ」
ぐらり、と。その言葉に世界が揺れる。まるで殴られでもしたかのような衝撃。
「何言って…」
「信じないの? 俺の"特別"はお前だけだっていうのに」
真っ直ぐな瞳が。硬く閉ざしたはずの心の中を見透かしてくる。
全部、お見通しなのだろう。次元のつまらぬ意地も見栄も嫉妬も、全部。
「…ルパン…」
聞きたかったのはその言葉。欲しかったのはその言葉。『特別』というそのフレーズ。
「けど…」
開きかけた口を、その大きな手で塞がれる。
「『けど』は言いっこなしだぜ? それ以外の言葉を俺にも聞かせて」
な? そう言ってにやりと笑うルパンに、次元はもうどうでも良くなってしまう。
結局のところルパンは不二子に甘いし、同じ位かそれ以上に自分はルパンに甘いのだということ。
「じゃあ…俺がお前にとってどれくらい特別なのか…教えてくれるか?」
挑むように問えば、ルパンは一瞬だけ驚いた顔になり、だがすぐにニヤリと唇を緩めた。
「OK? 時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり教えてやるよ」
"好き"も"大切"も"特別"も"愛してる"も。溢れるほどに聞かせて、今日だけは。
fin.
恋物語10のお題より 8.聞きたい言葉
【あとがき】
愛する人の特別になりたい、というのは人間の素直な欲求だと思うのですが、それだって素直に言えない次元さん。
でもそんな次元さんをちゃんと理解しているルパン様がいいなぁと思います。
'11/05/19 秋月 拝