Heat up

 今になって思えば、予兆はあったのだ。
 酷く機嫌のいいルパン。そのくせ機嫌のいいときにありがちなむやみやたらな過剰なスキンシップもなく、きちんと距離を保って接してくる。なぜそこでおかしいと思わなかったのだろう。なぜそこでルパンが何かを企んでいると思わなかったのだろう。油断していたのだ、完全に。そしてルパンという男をまだまだ甘く見ていたということだろう。
 そんなことを、だんだんと停止し始める思考の中で次元は思っていた。だが、いまさら後悔してももう遅い。
 何に混入されていたのか。無味無臭。かなり用心深い性質の次元が気付かないほどだ。よほど精巧に準備されていたのだろう。そういうことへの手間の掛け方はまさにルパンらしい。

「く…っそ…」

 ドクドクと耳元で心臓の音が聞こえ、冷や汗が止まらない。壁に身体を預けて縺れる足で何とか自室へと向かう。肌に服が擦れるだけでじわじわと身体の奥から上がってくる熱が鬱陶しい。

「うぁ…」

 何とか部屋まで辿り着き倒れるようにして転がり込む。暗い部屋の壁に背中を押し付けて膝を抱え込み、突き上げてくる衝動にひたすらに耐える。吐き出す息が熱い。本当なら今直ぐにでも理性をかなぐり捨ててしまいたいが、それでは奴の思うつぼだと分かっているから今は耐えるしかない。

「随分ツラそうね、次元ちゃん?」

 キィィと小さく音をたてて部屋のドアが開いた。ルパンの静かな声が次元の耳朶を打つ。廊下の明かりにが逆光になってその表情は見えなかった。

「てめ…なにを、した…?」

 掠れた声がひゅうと風の音と共に押し出される。自分の鼓動が煩い。ぐらぐらと平衡感覚を失って世界が揺れる。

「これ」

 言いながらルパンはジャケットのポケットから小さな瓶を取り出す。静かな声。相変わらずその表情は見えない。

「俺様特性の媚薬。無味無臭で即効性は抜群…ってそんなこと、飲んだお前が一番よく知ってるか」

 酷く楽しそうな声なのが腹立たしい。人の気もしらねぇで。毒づこうとした言葉は声にならず小さな呻きとなって零れた。

「ツラいんでしょ?」
「さ、わんな…っ」

 伸ばされた手を払いのけた。一瞬触れ合っただけの指先からじんじんと熱が生まれては広がっていく。もう呼吸さえもままならないほどの切なさと疼きに支配されて、それでもなけなしの理性を総動員して次元は懇願する。

「出てけ…頼むから…でて、ってくれ…っ」
「ヤだ」

 なおも伸びてくる手を払いのける気力もなく、次元は絶え絶えに小さく呟く。

「…お願い…だ…ルパ…」

 欲望に喘ぐみっともない姿なんか見せたくない。それを望んだのが目の前にいる男なのだとすればなおさらだ。だがルパンがその願いを聞き入れることはない。

「ルパ…」

 目の前に座り込んだルパンは、しかしとても優しい顔をしていた。

「俺に任せてよ」

 ラクにしてあげる。耳元で低く囁かれたその言葉に次元の最後の理性が弾け飛んだ。それを仕組んだのが目の前の男だと分かっていても、この熱を開放してくれるのならばもはやその腕に縋るしかなかった。

「ルパン!」

 そのネクタイを引き貪るようにして唇を重ねた。慣れ親しんだ煙草の香り。ルパンの柔らかい唇が次元の下唇を食み、入り込んだ舌が口の中をあまねく舐め上げて翻弄していく。唇の端から飲み込みきれない唾液が顎を伝い床に零れた。

「…次元ちゃん、超エロい…」
「うるせぇ、よ」

 上気した頬に赤く染まった潤んだ目元。手の甲で乱暴に口元を拭う様は壮絶に色っぽい。

「お前が…仕組んだんだろ」
「そうよ? でも予想以上かな、なんて。俺、もう我慢できない」

 悪びれもせずに熱っぽく欲情を囁くルパンの瞳に浮かぶのは雄の色香。きっと自分も同じ顔をしているのだと次元は思う。
 こうなったらどこまでも見せ付けてやろうではないか。言うことを聞かない手を伸ばしてルパンのベルトを外し、スラックスをくつろげる。既にずしりと熱を持ったルパン自身を引き出すと次元はそっと唇を寄せた。

「ん」

 ルパンが喉の奥で小さく呻くのが聞こえた。頭にかかったルパンの手に力がこもり、咥え込んだそこが口内でどくりと脈打ち膨らんでいく。

「随分、積極的だこと」
「んぅ…」

 反論しようにも口の中で重量を増すもののせいで言葉にはならない。

「顔、見せて?」

 顎先を擽るようにして促され、ルパンを咥えたまま見上げてやる。挑むようにして睨み上げればルパンの唇の端が歪んだ。

「いい顔…」

 もっとして、とねだる黒い瞳に見下ろされながら、次元はルパンを愛撫する舌と手を早めた。時折頭上から落ちてくる微かなルパンの喘ぎ声に、触れられることのないまま興奮だけが高まっていく。高まる熱が切なくてそろそろと空いているほうの手を下ろしていけば、すぐに目敏いルパンに見つかってしまった。

「次元ちゃんてばやらしい。自分でしようとしたの?」

 くすくすと笑われて羞恥に顔が熱くなるのが分かった。しかしそうでもしなければおかしくなってしまいそうだった。

「んぁ…」

 次元の中からルパンが引き抜かれる。銀色の唾液とルパンの興奮が交ざって、糸になって床に滴る。そのまま床に押し倒して両腕を頭の上で床に押さえつけ、ルパンは片手で器用に次元のベルトを緩めてスラックスを下着ごとずり下げた。勢いよく飛び出した次元の分身は触れられもしないのにはちきれんばかりに勃ちあがり、しとどに濡れていた。

「薬のせいだけじゃナイでしょ? 俺の舐めながら興奮してたの?」

 それに顔を近寄せて囁く。息がかかるだけでビクビクと震える浅ましい自分に、次元は顔を歪めた。薬のせいだと言い切りたいが自分でもよくわからない。自分の身体の反応だというのに自分が一番信じられないでいた。こんなのは俺じゃない。

「どうして欲しい?」

 そしてこの後に及んでルパンは次元を焦らす。

「く…っそ…」

 ぶり返してきた羞恥と突き上げてくる快感で壊れてしまいそうだった。

「………て…」
「何?」
「な…めて…」

 がちがちと歯を鳴らしながら蚊の鳴くような声で哀願した。いっそのこと羞恥を感じる余裕すらもないほどに壊してくれればいいのに。捨てたはずなのに中途半端に片隅に残る理性を次元は恨んだ。

「どこを?」
「!!」

 なおも意地悪く囁かれ、思わず次元は殺意を持ってルパンを睨み上げる。しかしルパンがそれに動じる様子はなく、「言わないんならやってあげない」なんて言いながら嗤う。

「ね? 次元?」
         !!」

 我慢できるはずもない。突き上げる衝動に任せ何かを叫んだ。

「…よくできました」

 満足げなルパンの声。そして次の瞬間暖かいものが次元自身を迎え入れた。

「ぁああああ!!」

 敏感になりすぎたそこにはあまりに強すぎる快感。自由にされた両手でルパンの頭を抱え、次元は悲鳴にも似た叫び声を上げた。
 弱いところ知り尽くしたルパンの舌は縦横無尽に這い回りあっという間に次元を追い詰める。なすすべもなく呻き喘ぐことしか出来ない次元はただルパンにしがみついて震えていた。

「ル…パ……も、イク…!!」

 絶頂が近いことを息も絶え絶えに告げる。しかし高みに上り詰めようとした次元の期待はあっさりと裏切られた。いつ爆発してもおかしくないほどに張り詰めたそれを吐き出し、ルパンはその根元をきゅっと指で締め付けた。

「ぅあっ!」
「まだ、ダメ」

 その刺激にまた身体を震わせる次元をルパンはおもしろそうに見下ろす。

「な……んで…っ」
「イクときは一緒」

 冷静に告げるルパンの言葉は、次元にはまるで死刑の宣告のようにも聞こえた。
 狂ってしまいそうだった。いや、いっそ狂ってしまえればもっとラクだったのかもしれない。快感と混乱と羞恥とないまぜになった正体不明の感情に押しつぶされてしまいそうだった。昂ぶった感情に歯止めはきかず黒い瞳から涙が溢れた。

「………っそ……見るな、よっ」
「次元」

 泣き顔を隠した手をどけられ、甘く名前を呼ばれてキスを落とされる。決定的な刺激をくれない意地悪な男の唇は、それに反比例するかのように酷く優しい。それが次元をまた混乱させる。濡れた頬を舐められもう全てがどうでも良くなってきていた。流されれば楽になることは最初から分かっていたのだ。諦めてゆっくりと目を閉じたそのとき。熱に疼く後ろを捉えられた。

「ひ…ぁ…!」

 自身の零したもので濡れたそこは、いとも簡単にルパンの指を飲み込んだ。ようやく与えられた刺激に次元の身体は素直に悦ぶ。部屋に響くのは獣のような断続的な呻き声と淫らな水音。それに興奮を高めていくのは2人とも同じ。

「ルパン……」

 焦点の合わない黒い眼がルパンを見上げてくる。さっきまでの強気な色は影を潜め、そこに宿るのはもはや快感のみ。

「何?」
     あ…」

 しかし、一瞬その瞳が揺れた。理性と快感の狭間で揺れ動く次元が何を求めているかくらいルパンにだってわかっている。ルパンだって今すぐに痛いほどに興奮した熱を与えて、思う存分に突き上げたい衝動に駆られているのだ。だが今日は次元の口から言わせたかった。そのための仕込みだ。

「何? 次元」
「………欲しい…」

 促すように埋め込んだ指を動かせば、それに負けた次元が熱い吐息と共に小さく呻く。

「何が?」

 もう少し。

「………お前が……」

 不意に。
 それまで虚ろだった次元の瞳に光が戻った。濡れたままの瞳できっとルパンを睨み上げ、ぐいっとその頭を抱え込んだ。

「じげ…」
「抱いてくれ…ルパン、お前が欲しい」

 ぞくっとするような低音が耳元で囁く。そして小さく嗤った。こんなこと頼めるのはお前しかいねぇ。
 その言葉を皆まで聞かず。

                !!!!」

 その脚を抱え上げルパンは自身を埋め込んでいた。声にならない叫びが部屋に響く。逃げる腰をしなる背を掻き抱き、最奥までを貫く。途端にビクビクと身体を震わせ、あっという間に次元は絶頂を極めていた。2人の間に生暖かい雄の証が広がっていく。

「あーあ、イクときは一緒って言ったのに」
「無理…言う…なっ……」

 激しく胸を上下させながら次元が答える。余裕があるように見せながらも、余韻で震える身体にルパン自身もすぐに追い詰められてしまいそうだった。

「動くぜ」

 きゅうきゅうと締め付けるそこを解すかのようにゆっくりと動き始めれば、堕ちて行くような甘い声を上げる次元。ルパンの動きに合わせるようにして腰を振り淫らに快楽を貪る。そのことに興奮を強め、ルパンはさらに動きを激しくする。
 断続的に響く獣のような喘ぎがどちらのものなのかなど、もう分からない。

「ルパ…もっと……もっと…!」
「ん、」

 懇願され、ルパンは次元を抱え上げた。

「ぁああ!!」

 中を抉る角度が変わり、自分の体重で更に深みへとルパンを迎え入れて次元は啼く。媚薬で昂ぶった身体が一度の放出で収まるはずもなく、再び勃ち上がったそこは2人の間でもみくちゃにされる。

「もっとぉ……ルパン…っ」

 ほとんど無意識なのだろう。しがみつきルパンの唇を求める間にうわごとのように繰り返す次元がたまらなく愛しくて、ルパンは無茶苦茶に次元を揺さぶる。
 ルパンもとっくに達していたが熱が引くことはなかった。互いの体液に塗れ、2人の交わりは夜が白むまで続いた。




*  *  *




「ねぇ、次元ちゃんてばー機嫌直してよー」

 太陽は既に真上に昇り今日も燦々とあたりを照らしている。しかしその明るさとは対照的なくらいに沈んだオーラを放つ次元は無言のままベッドに埋もれていた。

「………うるせぇお前なんかもう知るかどっか行け馬鹿野郎」
「そりゃないでしょ〜?」

 頭までかぶったタオルケットの下からくぐもった声で罵倒され、ルパンはハの字に眉を落とす。

「俺が悪かったから。ね?」
「…ホントにそう思ってるんなら残りの薬を全部出せ」

 もそりと。ようやく頭を出した次元はヤドカリかなにかのような恰好。思わず笑いそうになったルパンだが、剣呑な目で睨みあげられて慌てて緩んだ口元を引き締める。

「薬? なんのこと?」
「とぼけるな。昨夜俺に飲ませた薬だよ!」

 思い出すだけで腹が立つ。ルパンにもだが自分にも。十代のガキじゃあるまいし、盛りのついた猫みたいに啼いてルパンを求めた自分が恥ずかしくて死んでしまいたいくらいだ。

「ナンノコトカ、俺ワカラナイ」
「ふざけんなーっ!」

 あまりに反省の色のないルパンに業を煮やし、がばっとタオルケットを跳ね除けて起き上がり。

「●×△%□&〒……!!!」

 次の瞬間、言葉にならない悲鳴を上げて次元はベッドへ再び沈み込む。

「大人しくしてねぇとダメだろ? そりゃあんだけ激しくすれば腰だって痛いって」
「誰のせいだと思ってやがる! 出てけーっ!!」

 枕を投げつけられて慌てて部屋を飛び出すルパン。つくづくマグナムを隠しておいてよかったと安堵する。そうでなければ今ごろ蜂の巣になっていただろう。

「にしても…」

 ポケットから取り出した小瓶を見てルパンは笑う。

「あんな次元ちゃんが見れるんなら、やめれるわけないでしょ、こんな楽しいこと」

 再びポケットに瓶を戻し、ルパンは鼻歌交じりにキッチンへと向かった。腰痛で動けないでいる恋人に朝ごはんを届けるために。

Fin.

【あとがき】
完全に勢いだけでやってしまいました。きっと明日には後悔していることでしょう…
お見苦しい点多々あったかと思いますが、最後まで読んで下さってありがとうございました。

'11/08/10 秋月 拝

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