「次元ちゃん、おかえりい」
街の酒場でしこたま飲み、少々覚束ない意識でアジトに戻ると、そこにいるはずのない男が俺を出迎えた。
「…お前、今日は帰らないんじゃなかったのか?」
目の覚めるような赤いジャケットは、無造作にソファの背に掛けられていて。
お決まりのジタンを咥えたままで、ひょいとこちらを振り向く男。
狙った獲物は逃さない神出鬼没の大怪盗。俺の相棒。ルパン三世その人。
「さてはまた不二子に騙されたな」
昨日手に入れたピンクダイヤを持って、いそいそと出かけていったのはつい半日程前。
「今夜は帰らないからな〜」という言葉を信じ、だからこそ俺はひとり街で飲んでいたのだが。
「不二子ちゃんてばひどいんだぜ。ピンクダイヤ持ってったらデートしてくれるって約束だったのに、俺に睡眠薬飲ませてバイバイしちゃうんだから」
「…お前、ホント懲りないな」
心底呆れたようにそう言ってやると、ルパンは怒るわけでもなくへらっと笑う。
「それが不二子ちゃんの魅力なのよ。それが分からないお前はまだまだだね」
「一生分かりたくねぇよ」
あの女の魅力なんか。吐き捨てるようにそう言ってやり、俺は煙草に火をつけた。
口先で男を惑わし、どこまでも自分の利益でしか動かない女のどこがいいというのだ。
それでも何度騙されようが、ルパンは「裏切りは女のアクセサリー」と公言してはばからないのだから、どうかしてると思う。
「でもねー次元ちゃん」
不意に、俺の正面にルパンが立った。
いつの間にか咥えていたジタンは灰皿に沈み、にっとその口元が歪められた。
「さすがの俺様も寂しいんだわ。慰めてくんない?」
言うが早いか、緩めたネクタイをつかまれ引き寄せられる。
少し屈みこむようにしてボルサリーノの下を覗き込まれ、咥えたペルメルを抜き取られ、そして、唇を重ねられた。
ジタンの味のするキス。器用な舌が、俺の口腔を侵していく。
そして、それに交じって微かに香る香水は、シャネルの5番。
「…やめろ」
なおも深い交わりを求めて来るその男を、俺は無理矢理引き離す。
「あらま、次元ちゃんてばツレない」
今更恥らうような仲じゃないでしょ?
けろっとした顔でそんなこと言う。
その言動がいちいち俺の癇に障るということを知っていて、そんな言い方をするのだから、本当に、性質の悪い野郎だ。
「…ヤりたいんならな、せめてその香水の匂いを落としてからにしろ」
手に入らなかった女の代わりに、その女の匂いを纏わりつかせたままの男に組み敷かれるなんざ真っ平だ。
「妬いてんの?」
「ちげーよ!!」
妬くも妬かないもとにかく、俺たちの関係が愛とか恋とかそんなものじゃないことはルパンが一番よく知っているはずだというのに。
じゃあなんなのか、なんて聞かれても答えれなどしないが。
「んじゃいいだろ」
俺の意向などお構いなしかよ。と心の中でため息をついた。
どうせ口にしたところで流されるのがオチだ。
もう一度深く口付けられ、ソファに押し倒される。
その反動で、帽子が飛んだ。
正面からルパンの顔を見上げれば、その瞳にはすでに獣の鋭さが浮かんでいる。
獲物を狩る獣の目。それは盗みに入るときのルパンの目。
俺とのことなんかスリルある遊びの一種でしかないのだ。
女を追いかけるときもそう。
根っからの快楽主義者。
ワガママで、俺様気質で、世界は自分を中心に回っていると思っていて。
女だろうがお宝だろうが、この世に手に入らないものなんか何もないと思っている。
それがルパン三世。俺の相棒。
緩めていたネクタイを外され、ジャケットを脱がされる。
その間にも、ジタンの味のキスを落とされ、器用な手が俺の身体を這い回る。
柔らかくもないし毛深いし、おおよそ不二子みたいな女とは正反対の俺の、何がいいんだか。
ああ、そんなこと考えるだけ無駄だった。これはこいつのゲームなんだから。
「抵抗しないわけ?」
「…して欲しいのか?」
これは狩りなのだ。ならば抵抗しない獲物を狩ったところで、なにも面白くなどない。
「やけに今日は素直じゃないの」
「別に」
素直なんじゃなくて、抵抗するだけ無駄、ということを悟ったに過ぎない。
どんなに抵抗しようが、こいつは俺を抱く。その結果は変わりはしないのだから。
しかし、その答えが不満だったのか、ふいと醒めた表情でルパンは俺の上から身体を起こした。
「…お前さぁ、俺のことどう思ってるわけ?」
「はぁ?」
興味を失ったかのようにソファに座り、ルパンは新しいジタンに火をつける。
そんな様子が珍しくて、俺は思わず間の抜けた返答をしてしまった。一体俺にどんな回答を求めているのだ。
そもそも、質問の意図が分からない。
「どうってどういう意味だよ」
「お前…一回も本気で抵抗したことないよな」
俺のほうを見ようともせず、ひどく冷静な声色でそんなことを告げられる。
「何言ってやがる。俺は…」
男に襲われて抵抗しない男がいるものか。少なくとも、俺は必死だったはずだ。そんなことを言われる覚えはない。
「どうせ俺の気紛れだと思ってんだろ」
ルパンは俺の返答を気候ともせず、吐き捨てるようにそんなことを言う。
その言い方に、俺のほうも堪忍袋の緒が切れた。
「気紛れじゃなかったらなんだって言うんだ」
もう何度目だろう。でもまだ片手で数えられるくらいの回数でしかない。
普段は不二子やほかの女の間を自由気ままに渡り歩き、忘れた頃に突然俺に伸ばされる手を、気紛れでなかったらなんと呼べばいいというのだ。
大体が俺もこいつも男だということだ。
稀代の女たらしで名の通る男が、男を抱くなんてどう考えたっておかしいではないか。
「ふざけるなよ。俺だってただの暇つぶしのおもちゃなんだろうが。ルパン様に盗めないものは、手に入らないものなんか何にもないんだもんな?」
「あるさ」
ボソリと、ルパンが呟いた。
「あるさ。俺にも盗めないもの」
伸ばした手でトンっと、俺の胸を突いた。
「お前の、心」
「な…」
思わず、絶句する。
なんと言った。この男は今。
大怪盗、ルパン三世が盗めないものが、俺の心だと?
「俺はお前の心が欲しい。身体だけじゃなく」
「…はっ…よく言うぜ」
俺は鼻の先で笑って、取り出したペルメルに火をつけた。動揺のあまり、ライターを持つ手がかすかに震えていることに、この男は気付くだろうか。
言うに事欠いて俺の心が欲しいなどと、どうしてそんなことが言えるのだろうかこの男は。
「…よく、言うぜ」
「次元…」
柄にもない真摯な瞳で、ルパンは俺を見つめてくる。その目を直視することが出来なくて、俺はふいっと視線をそらした。
あんなにも腹が立っていたのに、そんな陳腐な台詞に心を揺らしてしまう自分が信じられない。
「…みっともねぇよなぁ…」
ペルメルを咥えたまま小さく呟いた。
ホントみっともない男だ、俺は。妬くも妬かないも、なんて言いながら、いっぱしに不二子に嫉妬してたわけだ。自覚がないなら尚始末に悪い。
「気付いてなかったのか?」
俺はきゅっと煙草の火を揉み消すと、初めて自分からルパンに唇を重ねた。
「次元?」
「俺の心はとっくにお前のものだよ」
多分、初めて会ったあの日から。
俺の放った銃弾を軽々とかわし、不敵に笑って見せたあの日から。
その夜。
俺は初めて自分からルパンに身をゆだねた。
身体だけじゃない。心が欲しい。
お前の、心が。
寝物語に何度も繰り返される囁きを聞きながら、俺は目を閉じた。
やっぱりお前に盗めないものは何もないんだよ。
な?世界一の大泥棒さんよ。
Fin.
【あとがき】
リハビリがてら、以前書いていたものに加筆してみました。
実を言えば、これが始めて書いたル次SSでした。一応、ファーコン設定です。
ファーコンのほうだと、ルパンの方がとにかく次元が気に入ってて、無理矢理押し倒しちゃった〜みたいな馴れ初めがいいです(笑)
それも後々書きたいな、とか思いますが。
それにしても、加筆すればするほど文が歪んでいく…1ヶ月のブランクって大きいなぁ…(遠い目)
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!!
'10/08/23 秋月 拝