薔薇と男と男の常識

 いそいそと身づくろいをしながら、無意識なのか鼻歌まで歌っている上機嫌な男。

「おい、うるせえぞ」

 あまりに上機嫌なのが癪に障ってそう文句を言ってみるものの、言われた方は全く意に介する様子がない。

「ん? 俺様がこれからデートだからって、そう僻まなくってもいいじゃない? 次元ちゃん」
「うるせえ、僻んでなんかねぇって。出かけるんならさっさと出かけろっての」

 女とデートなのをいちいちとやかく言うほど女々しいつもりはない。 そんなことを気にしていたら、天下の色事師の異名を持つ男の相棒なんか出来るわけがない。ましてやそれ以上の関係などにも。 それよりも、能天気で鼻の下の伸びきった顔を見るのが腹立たしいだけだ。

「嫉妬でもしてくれたら可愛いのに」
「誰がするか、馬鹿」

 この後に及んで、ゴロゴロと纏わりついてくるルパンが鬱陶しくて、猫の子でも追い払うかのようにしっしっと手で掃う。

「あー、ひっでぇ!」
「いいからさっさと出てけって! 俺はこれから昼寝するんだ!!」

 ぶうぶう言っているルパンを蹴りだすと、アジトに静寂が訪れた。

「…やれやれ…」

 ルパンが脱ぎ散らかした服なんかが散乱した室内を適当に片付け、ようやく安息の地となったソファの上にごろりと横になる。
 どこに本心があるのか分からないような男だ。長年付き合っていても、その思考回路にはついていけないことのほうが多い。 ルパンが女とデートに行くと知って、心が全く痛まないといえば嘘にもなるが、それほど動揺していないのも事実だった。 自分にルパンの本心がないのと同じ様に、どこの誰とも知らない女に本心があるとは到底思えなかったからだ。 もっとも、そんなことを言ってみても負け惜しみにしか聞こえないだろうから、誰にも言うつもりなどないが。
 そんなことをつらつらと考えていると、突然階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。 さっき出て行ったはずのルパンの足音に違いない。 何か忘れ物でもしたのか? 怪訝な顔で次元が起き上がるのと同時に、部屋のドアがノックされた。

「ルパン?」
「は〜い、次元ちゃん!」

 ドアを開いたところで、次元は思わず固まってしまった。 目の前には、巨大な花束を抱えた人影。あまりに花束が大きすぎて抱えている人物はその陰になってしまっている。 声がしなければ、それがルパンだということすら分からなかっただろう。

「な…何する!?」

 バサッと、一抱えもある真っ赤な薔薇の花束を押し付けられ、くぐもった声で次元が抗議する。

「気に入ってもらえた?」

 花束を抱えたまま目を白黒させている次元を見ながら、ルパンがニヤニヤと笑う。

「何のつもりだ?」
「何のって、デートのお誘いよ?」
「はぁあ?」

 本心がどこにあるのか分からない。突飛な行動だっていつものことだが、振り回されるこっちはたまったものではないのだ。 全く話が見えない会話に、次元がさらに呆気にとられていると、ルパンがぬふふふと笑った。

「デートってお前…え?」
「誰が女とデートするって言った? 俺様そんなこと一言も言ってないぜ?」

 ニヤニヤと言われ、ようやく1つ理解する。 一度出かけたルパンは、わざわざ花屋でこの巨大な花束を買い込み、そして再びここへ戻ってきて次元をデートに誘っているのだ。

「…それは分かったけど、このでかい花束は何だ?」
「デートのお誘いは花持って迎えに行くってのが常識でしょう?」

 当然、とでもいう表情で、ルパンは胸を張る。

「……百歩譲ってな」

 ようやく部屋の真ん中に花束を下ろし、次元は大きく肩を落とした。

「デートの誘いには花を持っていくもんだとしても。髭面の男相手をデートに誘うのに、……いやそれも大概おかしいけどよ。 こんなでかい薔薇の花束抱えてくるか? 普通」

 呆れたようにルパンを睨む次元。だが、ルパンはやっぱりぬふふと笑う。

「何言ってるの、次元ちゃんてば。真っ赤な薔薇がよくお似合いよ?」

 花束から1本薔薇を抜き出し、ルパンは次元の胸元に飾った。

「…気障な奴」
「ロマンチストのお前に言われたかないね!!」

fin.
恋物語10のお題より 2.似合いの花

【あとがき】
次元さんには赤い色がお似合いだと思います。向日葵とか百合とかではなく、毒々しいくらいに赤い薔薇の花がきっと似合うかと。
ああ、そうか、だから赤いジャケットのルパン様とはいいコンビなんですね!←落ち着きなさい。
失礼しました…。

'10/11/30 秋月 拝

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