First Kiss

 気付いたときには"そこ"から視線が外せなくなっていた。

「馬鹿野郎! だから毎回言ってるだろう? おめぇは不二子に甘すぎるんだ。ちったぁ学習しろって」

 自分に向けられる非難の言葉も、"そこ"の動きを見ているだけで甘美な愛の囁きにさえ聞こえてしまうということ。 それに気付いたときには本当に愕然としたものだった。
 "何故"と大いに混乱している自分もいたが、その一方で"ようやく気付いたのか"と嗤う自分もいた。

「おい、ルパン聞いてるのか!?」

 いらいらと叫ぶ男の"そこ"からやはり目が離せない。

「ルパン!!」

 "そこ"が自分の名前の形に歪むのを見るだけで、にやけてしまいそうになる顔を俺は必死に取り繕う。
 少し肉厚でかさついた唇が甘い香りのする煙草を咥えている。 きっと女の唇のような柔らかさは皆無だろうけれど、その唇の間にいる煙草にさえ嫉妬するようになったら終わりだろう。
 その唇にキスをしてみたい。そんな願望が鎌首をもたげるようになったのは何時の頃からだろう。 気が遠くなるくらい前からのような気もするが、実際この男とコンビを組むようになってまだそう日は経たない。 俺の相棒になれと、口説き落としたそのときから。 いや、もしかしたら初めて会ったそのときから、そんな願望が心の奥には潜んでいたのかもしれない。
 男が男にキスしたいだなんて、どうかしている。それもこの自他共に認める女好きのこの俺が、だ。 髭面のおっさんにキスしたいだなんて。あまつさえその先までしたいだなんて。
 愛とか恋とかそんな感情がそこにあるのか? と聞かれたなら『わからない』と答えるしかない。 だが俺のものにしてしまいたいと、そして誰かに奪われたくないのだということだけはようやく認めれるようになった。 そして認めたからこそ、抑えのきかない欲望に苛まれ続けるのだ。押し倒して唇を重ねて、俺のものだという烙印をその身体中に刻み付けてしまいたいと。

「ルパン!!」
「ん、あぁ、悪ぃ」

 わざと呆けたように返事を返せば、帽子の下で際険悪な表情になるのが分かった。苛々と煙草の端を噛む唇が歪む。 それすらも愛しいと思ってしまう自分はどうかしていると思う。それでも視線が外せない。 歪んだ口元を魅入られたように見つめ続ける。
 その厚い唇に俺の唇を重ねたら、この男はどんな顔をするだろう。舌を這わせて、その熱い口内を蹂躙したらどんな風に喘ぐだろう。 それを考えるだけで興奮して鳥肌さえ立ちそうだ。
 いつまで我慢できるか怪しいもんだとは思っていたが、もうすでに限界に近い。堪え性がないとは思うが、仕方ないだろう?

「なぁ、次元」

 欲しいものは自分の力で手に入れろ。欲求には正直に。それが、この俺ルパン三世の生き方だ。

「なんだ」

 不機嫌そうに帽子の下からジロリとこちらを睨む次元の耳元に口を寄せ、そっと囁いた。


「キス…していい?」


 まん丸に見開かれた黒い目が、帽子越しじゃなく真っ直ぐに俺を見つめてくる。 呆気に取られて開いた唇の間からぽとりと短くなった煙草が落ちた。絨毯を焼こうとしたそれを俺が靴で揉み消す。

「な…」

 絶句していた次元の唇からようやく言葉が零れようとしたとき、俺はその言葉を飲み込むようにして次元の唇に己のそれを重ねていた。 伸ばした腕で腰を引き寄せ、もう片方の腕で押し返そうとする手を押さえつける。反動で飛んだ帽子がぱさりと床に落ちた。
 俺のとは違う甘い煙草の香り。少し厚い唇は思ったよりも柔らかい弾力で俺の唇を受け止める。

「んぅ…」

 小さく鳴った喉の音は、どちらのものだったろうか。
 硬く閉ざされた唇を舐めあげ、その先を促す。息を継ぐ合間に僅かにあいた隙間から舌をねじ込んでその中を侵していく。

      っ!!」

 舌先に痛みを感じて慌てて身を離す。口の中に残る鉄の味。口元を手の甲で拭えばほんの少し赤く染まった。

「何を…っ」

 ほんの少し上がった息を気取られないようにしているつもりなのか。わざと大きく息をつき、ぎりりと歯噛みする次元。怒りに歪んだその口元が濡れてこの上なく色っぽい。

「…お前がどんな顔するかなって」

 悪びれもせずにそう告げれば、乱れた前髪の間から、気の弱いものならそれだけで射殺せそうなぐらいに鋭い眼でこちらを睨んでくる。 ぞくぞくする。俺の中の支配欲がむくむくと鎌首をもたげてくる。誰のものにも染まらないお前を、俺の全てで染めてしまいたい。

「…っの…変態…っ…」
「…好きに言えよ」

 吐き捨てるように言い怒りに頬を染める次元に、驚くほど冷静な声が出た。 平然としているどころか薄笑いさえ浮かべているだろう俺を一瞥し、床に飛んだ帽子もそのままに次元は慌しく部屋を飛び出して行ってしまった。

「…俺は諦めねぇよ? お前の全てを手に入れるまで」

 口の中に広がる血の味と微かな煙草の香りを感じながら、俺は小さく嗤った。まだ駆け引きは始まったばかりだ。

Fin.

【あとがき】
ちるちる様のお誕生日祝いということでリクを伺っていたのですが…もはや誕生日って何時のことよ…ってくらいに大変にお待たせをしてしまいました…申し訳ありませんでしたっ(土下座)
リクは『デキてない系の初ちゅー』ということだったんですが、ご期待に沿えているものやら(滝汗)とりあえずルパン様が相当に腹黒いな、という…(;^_^A
少しでも楽しんでいただければいいのですが(ドキドキ)
ちるちる様お誕生日おめでとうございました!!新しい年が素敵なものになりますように!!

'11/09/02 秋月 拝

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