チャイルド・シンドローム

「よう、次元」

 とある朝。
 そう言って、寝ぼけた次元を迎えたのは、どう見ても8〜9歳の男の子。 サイズの合わないぶかぶかの青いシャツをワンピースみたいに着て、仏頂面で見上げてくる。

「…お前、どこのガキだ? 他人の家に勝手に上がりこむなんて、どういう親の教育だ」

 朝の一服のため咥えかけた煙草を手に、思わず半眼でそう尋ねた。と、男の子も負けず劣らずの険悪な顔になる。

「俺が誰かわかんねぇの?」
「悪いが、お前みたいなガキに知り合いはいねぇよ」
「…お前、ホントにこの顔に見覚えない?」

 言われてまじまじと見つめ返す。
 子ども特有の、ふんわり柔らかそうな髪。大きな瞳のキリッとした顔立ちは、見ようによっては女の子のようでもあり。 羽織っているのは見慣れたルパンのシャツ。…そういえばあいつはどこに行った?  そのことに思い至ってもう一度見れば、目の前の男の子は幼い頃のルパンにも似ているような気がする。
 ようやく信じられないような考えにたどり着いた。 目の前の男の子は、幼い頃のルパンと同じ顔をしている…!

「分かった? 俺、ルパ〜ン三世」
「……………冗談だろ?」
 いつもの調子で名乗られて。思わず煙草も取り落とし、たっぷり20秒近いフリーズの後にそう呟く。 これは悪い冗談だ。人をからかうのが好きな、ルパン一流のお遊びだ。 きっと顔立ちの似た子をどこからともなく連れてきて、寝起きの自分をからかっているのだ。
 だが。

「信じないんならそれでもいいけっどもよ」

 あまりに不信な顔を隠そうともしない次元を一瞥し、そう前置きしてルパンが語りだしたのは。

「この間の晩のお前、最高に可愛かったぜ? そのうち我を忘れたらもう俺にしがみついて…」

 子どもの口から出るには相応しくない、卑猥な単語の数々。しかも、次元の閨での様子を詳細に語りだすのだから始末におえない。

「ば…馬鹿野郎! やめろって!!」

 あまりに生々しい描写に、皆まで聞かず、ルパンの口を押さえ込む。 このガキはルパンだ。それ以外には考えられない。
 腕の中で暴れる男の子を抱え込み、次元は突きつけられた現実に大きくため息をついたのだった。




*  *  *  *  *   *



「…にしても、どうしてこんなことになってんだ?」
「いや、それが実はさ」

 なんでも、昨夜少し風邪気味だったルパンは夜中に風邪薬を飲んだのだという。

「風邪薬? そんなものここにあったか?」

 滅多に使わないアジトだ。そんな気の利いたものがあったとは思えないし、あったとしても使用期限なんかとっくの昔に切れていただろう。 案の定、ルパンが風邪薬だと思って飲んだそれは、昔、ルパンが試作した正体不明な薬だったのである。

「何の薬だったんだ?」
「さあ、何のつもりで作ったかなんて忘れちまった」

 製作者はけろっとして、そんなことをのたまう。 そして、体調不良と正体不明の薬との相互効果により、見事ルパンの身体は子どもに逆戻りしてしまったのだという。
 そんな話を、次元が調達してきた子供服に着替えながら、ルパンは語った。 連れ出すわけにもいかず、適当に見繕ってきたシャツとパンツはそれでも少し大きいが、大人物を着るよりはずっとましだ。

「それはいいけど、いつまでその恰好なんだ?」

 この後には少し大きなヤマも控えているし、なにより銭形なんかに追われれば、子供連れでは不利なことこの上ない。

「薬が切れれば戻るだろ? せいぜい今日一日だって」

 ソファに座り、床に届かない足をぶらぶらさせる。

「それとも次元ちゃん、ちゅーしてくれる?」
「何だって!?」

 突然のルパンの言葉に、次元は狼狽する。

「何でそうなる?」
「だっておとぎ話にあるじゃねぇか。魔法で蛙にされた王子様は、お姫様のキスで元に戻るんだぜ」
「…俺がお姫様かよ」

 髭面男を捕まえてお姫様扱いするのは、世界広しと言えどもこの男ぐらいなものだろう。

「なぁ次元?」

 ルパンはソファの上に膝立ちになり、小さな顔が次元に近づけられる。
 長い睫毛の涼やかな瞳が見つめてくる。かすかに赤みを帯びた頬は柔らかそうで、掠めた鼻先に子どもの甘い香りがした。

「ルパン…」

 小さな唇が、次元のそれに重なった。 子どもってのはこんなにも、柔らかくて小さいものだっけか。 自分に身を寄せてくる幼いルパンを抱え、次元は胸の中で呟いた。
 いつもはルパンに主導権を握られるが、今日ばかりはそうもいかない。 入り込んできた舌を翻弄し、逆に入り込んだ先でいいように遊んでやる。

「あ…あら?」

 唇を離すと、ルパンの身体がかくんと倒れこんだ。 いつもなら腰を抜かすのは次元のほうと相場が決まっているのだが、今日だけは別だ。 敏感な子どもの身体に、大人のキスはハードすぎたらしい。

「何て恰好だ」
「うるせぇよ」

 よほど悔しかったのか、ソファにくったりと身を預けてルパンが唸る。

「…元に戻ったら覚えてろよ」

 負けず嫌いでプライドが高くて。そんな脅し文句も、見た目が子どもだから怖くもないし、起こる気にもならない。

「はいはい」

 わかったわかった、と頭を撫でれば、子ども扱いすんじゃねぇ、とまた怒られた。 いつも遊ばれていいようにおちょくられているのだ。今日ばかりはとことん遊び返してやるからな。 元に戻ったときのことなんか知るもんか。

fin.

【あとがき】
いつもお世話になっているテディさんのサイトが10000hitを迎えられたので、そのお祝いに書かせていただきました。
いやぁ、めでたいめでたい!めでたいことは皆でお祝いしましょうね!てことで(笑)
頂いたリクはジャリル×大人次元。いつだって次元さんはルパン様に振り回されてればいいと思います。 ささやかな報復も、きっと元に戻ったら倍返しどころが3倍返しくらいされることでしょうが…(笑)
テディさん、おめでとうございました!これからも楽しみにしてます〜♪

'10/12/09 秋月 拝


【追記】
こちらのテキストをテディさんに捧げたところ、なんと可愛くて色っぽいジャリルのイラストをつけてくださいました!
しかも、『誘拐してもいいですか!?←』という申し出を快く承諾してくださったので、うはうはお持ち帰りしてきました〜
テディさん、こちらこそありがとうございますっそしてアップが遅くなってしまってもうしわけありませんでした;;
これからも楽しみにしてますっ(>▽<)

'11/02/04 秋月

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