君が優しすぎるから僕は息もできない

 ああホント情けねぇ…こんな大事なときに限って風邪を引くだなんて。ゆらゆら揺れる天井を見上げながら、俺は何度目になるだろう溜息をついた。
 仕事が立て込んだり厄介ごとが次から次に舞い込んだりでここのところ忙しかったのは確かだし、それが元であんまり寝れてないのが続いたのも事実。元々ルパンや五右ェ門ほど体力に自信があるわけでもないが、それにしたってこれくらいで体調を崩すだなんてあまりに情けない。五右ェ門が知ったらきっと「気が緩んでおるからだ修行しろ」なんて言われちまうだろう。
 大体俺たちみたいな商売は身体が資本なんだ。この世界じゃ弱ったものはたちまち食われちまうしかない。強ければ生き残り弱ければ死ぬ。ある意味分かりやすいとてもシンプルな法則。
 一匹狼は自由でいいけれどこういうときに困るのは確かだ。だが、だからといって仲間が居れば多大な迷惑をかけるのもまた、事実…。

「悪い悪い、ご飯遅くなっちゃった。次元ちゃん起きてる?」

 熱に逆上せた頭でそんなことを鬱々と考えていたら、視界の隅にひょこりとルパンが顔を出した。もうそんな時間なのか。運んできたお盆の上には湯気の立つ椀と薬瓶。ついさっき薬を飲まされた気がしていたが、いつの間にか数時間も経っていたらしい。1日の大半をベッドで過ごしていたのでは時間感覚が希薄になるのも無理はない。

「調子どう?」
「…げほ…」

 答えようと口をひらいたものの熱を持った喉はまともに言葉を返してくれず、結局咳が返事代わり。

「あらら、まだ駄目っぽいねぇ」

 それだけで大体の様子を察したらしいルパンはサイドテーブルにお盆を置き、俺を見下ろして苦笑を漏らした。
 寝込んでから今日でもう3日。熱は全然下がらないし咳も酷いし鼻水だって止まらないもんだから息苦しくて仕方ない。風邪ってのはこんなにしんどいものだったか? と思うほど。体力を奪われるだけで一向によくなる気配が見えない。つくづく、情けない。

「ちょっとでもいいから食べて薬飲んで寝ような? 今晩は卵粥にしてみたぜ」

 俺が寝込んでからというもの、ルパンはびっくりするほど甲斐甲斐しく俺の面倒見てくれている。来週に決行が迫ってる仕事の計画で自分も大変だろうに。普段なら、仕事前は地下室へ籠り周りを完全シャットアウト状態で作業をするのに、今回はノートパソコンを俺の部屋に持ち込んで作業をしていた。その作業の合間に俺の氷枕を取り替えてみたり飯を用意したり。多分ほとんど寝てないんだろうなってのは、目が覚めるごとに同じ体勢でパソコンや資料を睨んでいる姿を見れば分かる。

「俺はいい…おまえこそ…寝てないんじゃないのか」

 咳き込みながら掠れた声で問えば、ルパンは眉根を寄せて何故か困った顔になる。何でそこでお前が困るんだ。

「大丈夫大丈夫。俺のことはいいからさ。な?」

 そうやって煙に巻く。わかってんだぜ? 隠してるつもりなのかもしれないけれどルパンの目の下には薄っすら隈が浮いていた。俺のことなんか放っておけばいいのに。しんどいって言ってもたかが風邪。大人しく寝てれば治るんだ。俺のことなんかより自分の事心配しろよ。俺が治ったってお前が倒れたんじゃ何の意味もないだろうに。
 しかし、喉元まで出掛かった言葉は咳と喉の痛みとそして。

「早く治して仕事しようぜぇ。次の計画、ついさっき出来上がったンだけっどもよぉ、すっげぇワクワクするからさ!」

 子供みたいにニカッと笑った、ルパンの笑顔に遮られてしまった。
 あまりにあっけらかんと言われたものだから、俺は返す言葉を見つけられずに呆けるしかない。

「ほら、あーんして」

 ベッドから起こされて粥を掬ったスプーンを口元に運ばれた。

「ガキじゃねんだ…自分で喰える…」

 寝込んでからの3日間。このやりとりも毎食毎度のことではあったのだが、やっぱり食べさせてもらうのは恥ずかしくて。だから今度こそはと慌ててルパンからスプーンを奪ったのに、力の入らない手は握ったはずのスプーンをルパンの膝の上に落としてしまっていた。

「!! わり…!」

 慌てて枕元にあったタオルで拭こうと手を伸ばすが、それすらも簡単に奪われてしまう。

「いいからいいから」

 俺用に持って来ていた氷枕で冷やすほどだ。結構熱かったんだろうに、ルパンはそんな素振りも見せなければ俺を咎めることもしない。

「…すまねぇ」
「はいはい、気にしな〜いの」

 何事もなかったかのようにへらっと笑って、ふーふーお粥を冷ましてくれている。
 なんでホントお前って奴は俺のことばっか心配するんだ。俺なんかどうでもいいだろう? 寝込んだ相棒の世話をしててぶっ倒れたとか怪我をしたとか、稀代の大怪盗ルパン三世の名が泣くってもんじゃないのか。

「ほら、あーん」

 再びスプーンを差し出されて。

「…ん」

 渋々ながらも今度は素直に口に入れた。熱すぎず冷たすぎず丁度良い。

「美味いか?」

 何がそんなに嬉しいんだろう。子供みたいにキラキラ笑いながら訊くから。

「……味なんかわかんねーよ」

 って素っ気なく返したのに、『それもそうだよな〜』なんて言って、俺の顔を見てまたけらけらと笑った。
 一人で熱に浮かされて寝ていると嫌なことばかり考えてしまう。今この状態で襲撃されたらどうなるだろうとか。そうでなくても仕事が差し迫っているのに、それまでにちゃんと治るんだろうかとか。ルパンに面倒ばっかかけて申し訳ねぇとか。こんなんじゃ完全に相棒失格じゃねぇかとか。そんな負の思考を悶々と抱えて寝ないと治らねぇからって無理矢理眠れば、熱に浮かされて思い出したくもない昔の記憶が次から次に夢に出てきてうなされて。辛くて辛くて。
 でも。
 起きたらいつでもお前が傍に居てくれて。俺が魘されてた理由も訊かないでいてくれて、『大丈夫かぁ?』ってへらって笑うんだ。

「ちょっと熱も下がってきたみたいだから、もう少しの辛抱だぜ。大丈夫大丈夫」

 大丈夫大丈夫。
 もそもそとルパンの手からお粥を食う俺の額に、空いた方の手を伸ばしてきてそうやって笑うお前の顔を見てると、何の根拠もないその『大丈夫』なのに本当に大丈夫なんだって思えちまうから不思議で仕方ない。
 相棒を組んだ始めの頃はこいつがこんなにも俺に構うのが鬱陶しくて仕方なかったし、優しくされることに慣れない俺は酷く居心地が悪かった。頼むから一人にしてくれ。そう怒鳴ったことだって一度や二度じゃない。それなのにいつの間にか、お前が居てくれることがこんなにも安心できることになっているなんて。

「どったの? 次元ちゃん」

 知らないうちに、ぼんやりとルパンを見つめていたらしい。

「なんでもね」

 不思議そうに問われて慌てて視線を外した。
 とはいえ優しくされること自体に慣れたわけじゃない。だからこんな風にベタベタに面倒を見られるとどうして良いか分からなくなる。

「よしよし。お昼よりも食べれたな。じゃあお薬飲もうね〜口あけて?」

 言われてまた素直に口を開けた。そこにいくつか錠剤を放り込まれ、コップを手渡される。大人しく飲み込めば『よくできました』だなんて満足気。俺はガキじゃねぇと言い返してやろうと思うけれど、やっぱりそれは口から出ずに俺の中でぐるぐると溶けていくだけ。

「他に何かして欲しいこととかある?」
「ん…煙草……吸いてぇ」

 何でもいいよといわれたから素直に答えてみた。病人なのだから当たり前といえば当たり前だが、寝込んでからは1本も吸っていない。ルパンの身体が近寄る度に鼻先に香る煙草の芳ばしい匂い。それが酷く、ヘビースモーカーである俺の欲求をダイレクトに刺激していた。

「駄目に決まってるでしょ? んな真っ赤な顔して咳も止まらないような病人に煙草なんて吸わせられるわけないでしょうが」

 1本だけならあるいは…そんな淡い期待を抱いて口にしてみた言葉は、しかし途端に渋い顔になったルパンにあっさりと一蹴された。

「でも…」
「駄目ったらだーめ!」

 これだけは絶対駄目! なんて眉間に皺で頑なに拒否されて、ムッときた。

「何でもいいって言ったのはお前だろ?」

 思わず言い返すと、珍しくもルパンが一瞬たじろぐ。

「…そりゃそうだけっどもよぉ…」

 とそこで言葉を切り困った表情を見せたが、ふと何を思ったのか、突然自分のジャケットから取り出したジタンに火を入れて、自分だけ煙草を吸い始めた。

「なんだよ、俺への嫌味か?」

 そりゃあんまりだろう。そう思って思い切り睨みつけてやるが、何を考えているのかルパンは俺を見てにやりと笑うだけ。
 そして次の瞬間。

「ん!?」

 突然唇を何かに塞がれた。

 驚きで目を白黒させているうちにむせ返るほどのジタンの匂いに包まれ、そこでようやく押し当てられているそれがルパンの唇だということに気付いた。するりと入り込んできた舌が、呆然とする俺をからかうように誘うように翻弄していく。やがて、満足したのかゆっくりと俺から離れたルパンが小さく喉の奥で笑うのが聞こえた。
 鼻呼吸できない状況でのキスほど辛いものもないもんだ、なんて、久々の濃い煙草の匂いと酸欠でくらくらする頭でそんなどうでもいいことを思う。

「どう? 久々の煙草は」

 にいっと唇を吊り上げて悪戯っぽく笑ってくる。

「おま…馬鹿じゃねぇのか? 風邪がうつったらどうすんだ」
「平気平気。それに風邪ぐらい、引くなら引いてもいいと思ってんだぜ? 俺」

 ようやく口から零れた言葉は照れ隠しの意味もあってぞんざいにならざるを得なかったが、それなのにルパンはあっけらかんとしてそんなことを言ってくるから、俺は思わずあんぐりと口をあけてルパンを見遣る。数日後には大事な仕事が控えているというのに、何を言っているのだ。
 そしたらルパンはそんな俺の非難めいた視線に気付いたらしい。ちょっと拗ねたように口を尖らせて俺を睨んで、それから突然ごつんとおでこをぶつけてきた。

「次元ちゃんが元気ないの、俺様すっげー寂しい。一緒に仕事したい。飯食いたい。酒も飲みたい。チュウだってしたいしえっちだってしたい。お前と一緒に居れるんなら、風邪くらい引いてもいい」
「ル…」

 焦点が合わないくらいの間近で真面目な顔して一気呵成にそんなことを言う。顔から火が出るんじゃないかと思った。もう風邪の熱なのか羞恥の熱なのかなんなのか自分でも全然分からないし、ぐらぐら煮え立った頭は完全にショートしちまった。また、視界が揺れる。ぐるぐる回る。ルパンの真剣な眼差しがあまりにいたたまれなくて、俺はぐいっとその肩を押し返すともぞもぞと布団にもぐりこんだ。

「ちょ…次元ちゃん大丈夫?」

 わたわたと慌てだしたルパン。俺が機嫌を損ねたと思ったのか、ゴメンねゴメンねなんて騒いでいる。
「………………うだよ…」
「へ?」



        もう死んじまいそうだよ、お前が優し過ぎて。


 蚊の鳴くような声でぼそりと呟けば、息を飲む音。そして一瞬の間の後思いっきり布団ごとぎゅうっと抱きしめられて、俺は息が止まるかと思った。

「ルパ…くるし……」
「お前、可愛すぎ。俺のこと殺す気?」

 なんだよ笑うなよ畜生。お前こそ俺のこと殺す気だろうが真面目な顔してそんなこと言うんだから。もう、ホント。お前が優しすぎて、毎日いつだって俺は苦しくて息も出来ないくらいだってのに。これ以上俺を溺れさせてどうしようって言うんだ。
 俺だって。お前と一緒に仕事したい。飯食いたい。酒飲んで、キスして、えっちだってしたい。甘やかされることを覚えた心は一人では寂しくて寂しくて、お前が優しくしてくれるのが嬉しくて嬉しくて仕方ない。

「今日は、一緒に寝ような?」
「…ん」

 今日はきっと悪い夢は見ない。何の根拠もないけれど、ベッドの隣に潜り込むぬくもりを感じながら、俺はそう思った。

Fin.

【あとがき】
いまさらですが、春のル次祭りにコラボ企画として参加させていただいた作品をUPさせていただきました。
私の書いたものにしてはさらに糖度高めというか胸焼けしそうな感じに仕上がっているかと思うのですが…(書いてる間中こっぱずかしくて体中痒かったwww)今回ペアを組ませていただきましたまことさんからのリクエストもあってこのような甘〜いル次になりました
ル様はほんと次元ちゃんには甘々だと思うんですよね(笑)
このようなへぼい小説に素敵な挿絵を付けてくださったまことさん、そして企画してくださった澪さんありがとうございました!(まことさんの素敵な挿絵やほかの方の作品はル次祭り会場で見れますので皆様ぜひ!)

'13/04/09 秋月 拝

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