ライクとラヴの境界線

 気に入らない。気に入らない。なんで俺以外の男の前で、そんなに無邪気に笑うんだ?  なんで俺以外の男に、そんな風に近寄るんだ?  ああくそっ楽しそうに笑ってやがる。たとえその相手が気心の知れた仲間でも。 やっぱ気に入らないもんは気に入らないんだよ。



*  *  *  *  *  *


「じゃあ俺は晩飯の支度してくるぜ」

 そう言い残して次元は部屋を後にし、リビングには、刀の手入れをする五右ェ門とソファでごろごろしているルパンが残された。
 しばらく無言のまま時が過ぎ、それに耐えかねたように先に口を開いたのは五右ェ門のほうだった。

「…ルパン。おぬし、拙者に何か言いたいことがあるのではないか」

 刀を鞘に納め、五右ェ門は渋い顔でルパンのほうを見る。

「ん〜? 別に〜?」

 問われたルパンのほうは話をする気があるのかないのか分からない様子で、天上を見上げたまま答える。

「そのように殺気を放っておいて、別にもなにもあるか」
「あら? 気付いてた?」

 五右ェ門の言葉にようやく話をする気になったのか、ルパンが起き上がってきた。 砕けた口調とは裏腹に、眼はひどく不機嫌な光を孕んでいる。 次元が部屋を後にした瞬間から、息苦しいほどのオーラを発していたのだから、気にするなというほうが無理であろう。

「何がそんなに気に入らないのだ?」
「やけに仲がいいんじゃないの? と思ってね」
「……次元のことか?」

 なんとも難しい顔で、五右ェ門が返す。
 ルパンと次元がただの相棒同士以上の関係であることは、仲間に加わったかなり早い段階で気付いていた。 次元はどうだか知らないが、ルパンのほうに隠すつもりがないのだから、いかにそういう事象に疎い五右ェ門であっても気付かぬはずもない。
 最初こそ戸惑ったものの、ルパンも次元も仕事仲間としてはこの上ない男達だったから、今日まで付き合ってこれたのだ。 時折、こういった面倒な感情さえ噴出してこなければ、だが。

「何だ、おぬし。…妬いておるのか?」
「さぁねぇ」

 半信半疑に問いかけた言葉をルパンははぐらかすが、眼は「そうだ」と雄弁に語っている。
 いつだって飄々としていて、どこに本心があるのかわからないような男が、これほど敵意を表してくるのもまた珍しい。 それだけ虫の居所が悪かったということか。五右ェ門からすれば、自分も次元もいつもと変わらない様に話をしていただけなのだが。
 割に合わない、とは思う。夫婦喧嘩は犬も喰わないのだ。 2人で好きにしていればいいと思うのに、言いがかられて巻き込まれるだけ、傍観者のはずなのに貧乏くじだと思う。

「何をそんなにイラついておる。拙者があやつに何かすると思っておるのか?」
「…そうは思わねぇけどな」

 むくれ顔で呟き、雑な手つきで煙草に火を点ける。
 なるほど自分に経験はないが、話に聞く悋気というものはそういうものだろう。 理性に勝って、本人にも収集のつけられない激情の塊となって表出する。

「…おぬしでも嫉妬することがあるのだな」
「うるせぇよ」

 心底そう思ったので、思わずそう零したのだが、言われた方のルパンはさらに不機嫌な顔になった。 しきりに煙草の煙を吐き出し、さっき火を点けたはずの煙草は、みるみるうちに短くなっていく。

「…ならば、少しは胸に手を当てて反省したらどうだ?」
「何だって?」

 五右ェ門の言葉に、ルパンは険のある視線を返す。

「自分の所業を棚に上げておいて悋気を振りまくのは、いささか狭量というものではないか?」
「どういう意味だよ」
「どういう意味も何も。言葉通りの意味だ」

 静かな会話の中に、恐ろしいほど張り詰めた空気が漂う。まるで見えない火花が散っているかのようだ。

「自分は不二子殿や他のおなごとも付き合い遊び歩くのに、それを棚に上げて次元を束縛するのか。 それはあまりにも身勝手というものではないのか?」
「それとこれとは話が…」
「違いはしないだろう?」

 ぴしゃりと言われて、ルパンは黙り込む。いつもなら、言い負かされ丸め込まれるのは五右ェ門のほうだというのに。

「次元はおぬしが考えている以上に繊細な男だぞ」
「……よくご存知で」

 ルパンからすれば、五右ェ門にそんな風に知った顔をされるのも腹が立つのだろう。 いや、知った顔されること以上に、正論だから腹が立つ。苦い顔で煙草の端を噛む。
 五右ェ門だってこんなことは言いたくはない。 それに、こんな虫の居所の悪いときに何を言っても無意味だということくらい、分かっている。 だが次元の為を思えばこそ、言わずにはおれなかった。

「あやつがおぬしに悋気を見せることなどないだろうよ。もとより男同士の付き合い。あやつのほうが負い目は深い。 そこを分かってやれるのはおぬしだけではないのか」
「やけにあいつの肩を持つんだな」
「おぬしが冷たいからな」

 真に大切なら、もっとそれ相応の誠意を見せたらどうだ。
 我ながら要らぬ世話を焼くものだ。言いながら、五右ェ門は心中で苦笑した。犬も喰わぬ夫婦喧嘩のために。 いや、この場合夫婦喧嘩ですらなく、ただのヤキモチのために。それこそ犬どころか鼠だって喰わないだろうに。

「お前、あいつに気があるの?」

 正論で言い負かされたのが悔しいのか、ルパンは半ば自棄糞でそんなことを口走ってきた。 普段のルパンならこんなことは絶対にありえない。
 一瞬、虚を突かれたように目を見開いた五右ェ門。あまりに真剣なルパンの顔を見つめ返し、 そしてそれが冗談ではないと分かると、弾かれたように笑い出した。

「何がおかしいんだよ?」

 ルパンのほうは面白くない。それが自棄とはいえ、真剣な問いだったからこそ。

「いや、すまぬ。そうだな」

 ようやく笑いを収め。五右ェ門は真っ直ぐにルパンを見つめ返した。





「次元は…あやつはいい男だ。だから見ていて放っておけない気分になるのだがな。 ………だが、だからこそ、拙者などでは吊り合わぬよ」





「おい、ルパン、五右ェ門。飯が出来たぞ…って、どうかしたのか?」

 ちょうどその時部屋のドアを開いて、エプロン姿のままの次元が顔を出した。 部屋の中に漂うなんともいえない緊張感に、顔をしかめる。

「何でもないぞ、次元。すまぬが拙者、用事を思い出したので夕食はいらぬ。それからしばらくは戻らぬからな」

 呆気にとられている次元にそう告げ、五右ェ門は部屋を出ようとする。

「おい、待てよ」

 五右ェ門はくるりと振り向くと、まだ納得のいかないような顔をしているルパンに向かって笑った。

「案ずるな。おぬしと張り合って奪い取ろうなど、露ほども思うものか」
「…何の話だ? 一体」

 わけが分からないという顔の次元を残し、部屋を出る。おせっかいな邪魔者は早々に消えるとしよう。 今ならまだ、最寄り駅の最終の列車に間に合うはずだ。

「全く…他人の恋路に口を出すとは、拙者もまだまだ修行が足りぬ」

 アジトの外、瞬く星の下。冷たい空気に白い息を吐きながら、五右ェ門は小さく笑った。

Fin.

【あとがき】
キリリクのボツネタ。最後がどうしても『ラブラブ』にはならなかったのでキリリクからは外しました。
ルパンとゴエは、一度は書いておきたいネタでした。 ル次部屋でのゴエちゃんの立ち位置を今まで明確にしていなかったので。拙宅では三角関係はありません。哀しいから←
ゴエちゃんはあくまで仲間として次元が大事なんですよー。
それにしてもゴエちゃんがかなり説教臭い感じになっちゃったなぁ…

'11/01/28 秋月 拝

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