「次元!! 海に行こう!!」
突然そんなことをルパンが言い出したのは、とある夏の朝だった。
その日も朝からとても暑く、起きた時点でうんざりするような日差しが窓から差し込んでいた。
だからルパンの提案は、この上ない妙案のように思えたのだが。
「海ったって…この間行ったろ?」
学校帰りに連れ立って港に行ったのは、つい先日のことだ。
それでなくても港は人が少なく、二人の恰好の遊び場なのだ。数日に一度は訪れている。
首をかしげた次元に、しかし、ルパンはとんでもないことを告げた。
「違うって。あんなとこじゃなくてさ、島の外のだよ!」
「島の外〜!?」
「馬鹿!! 声がでかい!!」
素っ頓狂な声をあげた次元の口を、ルパンが慌てて塞ぐ。
「外って…どうやって!?」
帝国の島の外へ出るには、特別な許可がいる。子供が遊びに行くからと言って、簡単に出られるようなところではないのだ。
「許可ならあるぜ、ほら」
そう言って、ルパンが掲げたのは一枚の紙。そこにはきちんと次元の名前も記されていた。
「お前、これいつの間に…」
「よく見ろよ」
「…贋物…?」
ルパンの掲げた書類は、よく出来ているものの、本物ではない。
「こんなもん作るくらい、この俺様にかかれば朝飯前よ!」
自慢げなルパンだが、それがばれれば怒られるくらいでは済まないと思うのだが。
「…いつ?」
「1時間後に定期船が出るから、それで」
「わかった」
最初こそ驚いたものの、次元もこの悪巧みに乗り気になっていた。
別に、行き先は海でなくてもよかったのだと思う。
つまらない、息苦しいこの島から抜け出す口実が欲しかっただけ。
夏は、冒険をするにはもってこいの季節だ。
* * * * *
「おい、お前らどこまで行くんだ?」
二人の目の前に一台のトラックが止まった。
順調に島を船で抜け出した2人は、目的地に定めた海岸までをヒッチハイクで進もうとしていた。
交通量が少ない上になかなか止まってくれる車もおらず、照りつける日差しに閉口していたところだったので助かった。
「ここに行きたいんだ」
排ガスに咽ながら、次元が地図を見せそう告げると、トラックの運転手は日に焼けた顔に白い歯を覘かせて笑った。
「いいぜ、乗れよ。その近くの浜で降ろしてやるから」
「ありがとう!!」
車の中はクーラーがきいていてとても快適だった。
「暑かった〜!」
鞄から水筒を取り出し、がぶ飲みする。あのままもう15分もあそこにいたら、確実に干物になっていただろう。
「お前らどっから来たんだ?」
観光か? そう問われて、次元は一瞬言葉に詰まる。
「えっと…」
「そうそう、観光。ヒッチハイクでいろいろまわってるんだ」
ルパンがすかさず間に入る。
「へぇ、いいな。男はそれくらい行動力がねぇといけねぇよ」
運転手は実に気のいい男で、よく喋り、よく笑った。
島の外の人間と話をすることなどほとんどないから、次元にとって、何もかも興味深い話ばかりだった。
「じゃぁな。気をつけて」
「ありがとう」
30分ほどで、目的の場所には着いた。2人を降ろすと運転手は軽く手を振って去っていった。
海水浴場からは少し離れているせいか、砂浜に人気はほとんどない。
「お先に!!」
そう言い残すと、ルパンは靴を脱ぎ散らかし、ズボンの裾を捲り上げて波打ち際へと走っていく。
「待てよ!!」
押し付けられた靴と荷物を放り出し、同じ様に裾をまくって次元はその背中を追う。
陽に焼けた砂浜はまるで鉄板の上のように熱く、火傷してしまいそうだ。
慌てて飛び込んだ海の水は冷たくはないが、それでも心地いい。
「…綺麗だな」
海風に髪を揺らしながら、隣でルパンが呟いた。
境界の分からないくらいに青い青い海と空と。頭を天上に押しつぶされたような入道雲。その合間を飛ぶ海猫たち。
ここは島じゃない。同じ海なのに、同じ空なのに、世界はこんなにも違う。
「ああ、そうだな」
次元がそう答えた次の瞬間。突然頭から水をかぶせられた。
「うわっ!?」
塩辛い水の滴る髪の合間から覗けば、ぬれねずみになった次元をみて、ルパンは腹を抱えて笑っている。
「水も滴るいい男、だぜ?」
「この…!!」
お返しだ!! そう叫んで水を跳ね上げると、それをもろにかぶって、ルパンもまた次元と変わらないくらいにずぶ濡れになる。
「やったな!」
「お前が先に仕掛けてきたんだろうが!!」
「んなこと関係ねぇって!」
シャツもズボンも下着までもびしょ濡れになって、そんな互いが可笑しくて、水に浸かったまま笑う。
「あー、こんなことなら水着持ってくるんだったなぁ」
「…そういえばそうだな」
海に行く、というのに、2人ともそんなこと全く考えていなかったのだ。
「どこまでもツメが甘いのな、次元てば」
「俺のせいかよ? 人のこと言えた義理かってんだ」
そんな二人のじゃれあいを、突然、プロペラ音が遮った。
空を見上げれば、青い空に似つかわしくない、1台のヘリコプターが旋回している。
「あーあ…ばれちゃったみたいだな…」
鈍色の機体を仰ぎ、ルパンは「ちぇっ」と面白くなさそうに舌打ちした。
帝国のお目付け役たちが、2人の脱走に気付き、追っ手を寄越したのだ。
「残念だけど、今回はタイムアップだな」
「そうみたいだな。…今度はいつにする…?」
顔を見合わせ悪戯っぽく笑った。
島に帰ればきつくお灸を据えられるだろうことは想像に難くないが、不思議と怖くはなかった。
「また来ようぜ」
* * * * *
「じーげんちゃん。何考えてたの?」
「…多分お前と一緒だな」
シーズンを外れて人気のない海水浴場。その端に止めたSSKの上で、ぼんやりと海を眺めていたルパンが問うた。
顔の上に乗せていた帽子の下で、次元は呑気に返事をする。
「よし、じゃあそうと決まれば行くぜ」
「おうよ」
ルパンはがばっとジャケットを脱ぎ捨て、靴を放り出して袖と裾をまくり上げると、波打ち際へ走り寄った。
次元も同じ様にして後を追う。
ほんの少し冷たさの感じられるようになった水を掬い、盛大にぶちまける。
それをもろにかぶって、2人はすぐにずぶ濡れになる。
水を滴らせる互いの顔を見合い、どちらからともなく大声で笑い出した。
「また水着忘れてたぜ」
「どうでもいいだろ。どうせまともに泳ぐわけじゃねぇんだから」
「…なぁに? あれ」
重いエンジン音と共に、SSKの隣にハーレーが止まり、不二子は砂浜に降り立った。
「…どう見ても水遊びをしているようにしか見えぬが?」
その隣に同じ様に五右ェ門が降り立つ。
仕事だと呼び出され、頼まれて五右ェ門を拾ってきてみれば、自分たちを呼び出した本人はあの様子だ。
きゃいきゃいと子供のようにはしゃぐルパンと次元を遠目に見ながら、五右ェ門が苦笑する。
「たまには童心に返るというのもよいのではないか?」
「おーい! 五右ェ門、お前も来いよ〜!」
びしょ濡れのルパンが、五右ェ門に向かって手を振る。
「おぬしら、いい加減にせぬと仕事の前に風邪をひくぞ」
「硬いこと言うな!」
「うわっ!! やめぬか!!」
ルパンに引き込まれ、五右ェ門もまた同じ様にずぶ濡れになる。
「ふーじこちゃーん!!」
「待ってルパン、あたしは御免よ」
不二子は慌てて波打ち際から離れる。
「全く、男ってどうしてああ子供っぽいのかしら?」
五右ェ門まで本気で水を掛け合い始めたのを見て、不二子は大きくため息をついたのだった。
Fin.
【あとがき】
かみのと。の九十九さんに相互リンクのお礼として書かせていただきました。大変遅くなってしまって申し訳ありません…!!
チャットの中で、きゃいきゃい水遊びをするルパンと次元いいよね〜大人になってもおんなじことやってたらいいね〜とか、
ヒッチハイクで旅に出るとかもいいね〜という話になりまして、このような形にさせていただきました。
こんな駄文ですが少しでも楽しんでいただければ幸いです。
'10/08/29 秋月 拝