World is ours

1.Prologue

 広い部屋に、無機質な柱時計の音だけが響く。
何ヶ月かぶりに屋敷に帰って来た父親に呼び出され、少年は父の書斎にいた。

 少年はこの部屋が嫌いだった。
自分よりはるかに大きな本棚たちに納められた、何語かもよく分からない本。無造作に並べられた美術品の数々。巨大な柱時計。 そして、祖父の肖像画を背に自分の正面に座る父。
 何もかもが威圧的で、息が詰まる。

 金糸雀色の髪。深い青い瞳。知らない人が見れば、2人が親子だとは到底思えないだろう。 それぐらいに違う風貌の男こそが、少年の父。ルパン二世その人。
もっとも、この外見が二世の素顔かどうかは息子の少年ですら知らない。 ただ、少年と会うときにはこの姿のことが多いから、今の姿が気に入っているのは確かなのだが。

「…さて」

 不意に、二世が口を開いた。モノクルの奥の青い瞳が自分を見据える。

「何故呼ばれたか、わかっているか?」
「…いいえ」

 本当はわかっていたが、あえてそう口にした。 相手から情報を引き出すための話術の基本。 だがそんな子供の小細工が、暗黒街の帝王でさえその名を聞けば恐れおののくという、ルパン二世という男に通用するなどはなから思ってはいない。

「最近、お前は教師を出し抜いて鍛錬をサボっては、街をほっつき歩いているそうではないか」

 アレシュが嘆いていたぞ。そう言って、父は忠実な老執事頭の名を上げた。

「少し誤解があるようですが。俺はサボった覚えはありませんよ。 与えられる課題があまりに低レベルなんで、自主訓練をしているだけですが」

 少年は顔色ひとつ変えずに父親にそう告げる。その大胆さは、既に三世と呼ばれるだけのことはある。
 だが、二世はそんな息子をモノクルの奥から眺め、クスリと口元を歪めた。 子供というものは常に背伸びをしたがるものだ。とくにこの年頃の子供は。

「ときに、話は変わるが。お前にも随分と親しい友人がいるようだね」
「…それが、何か」

 二世の言葉に、初めて少年の顔色が変わった。一瞬ぴくっと眉を上げ、しかしそれを悟られまいと冷静さを装って答える。
 二世は机の引き出しから封筒を取り出すと、その中身をばさりと机に広げた。
並べられた資料。そして写真に写るのは黒尽くめの細身の少年。

「次元大介、16歳。養成員学校での成績は学年で5本の指に入る。 特技は射撃。帝国の射撃大会ではいつも上位に名を連ねる。家族は父と母。兄がひとりと、そして妹がひとり…」

 淡々と資料を読み上げる二世。その意図がわからず少年は困惑するばかりだが、顔には出さない。 出せば二世の思うつぼだからだ。

「何が…仰りたいのですか」

 慎重に言葉を選びながら問う。

「言わなかったかね?」

 興味を失ったかのように手元の資料をばさりと無造作に放り出し、じろりと視線を少年に送る。

「たかが構成員と必要以上に親しくするものではない」

 ぞくっと、少年の背を悪寒が走った。 その、非常で冷酷な瞳に射すくめられたように動けなくなる。

「でも…次元はっ…」
「でも何だと言うのかね?」

 かろうじて言い募ろうとした少年の言葉を、二世はぴしゃりとさえぎる。

「お前は頭もいいし才能もある。…だが甘い」

 他人に心を許すな。そう言って二世は少年を見据える。少年は俯いたまま拳を握った。

「甘さは時に命取りになる」

 二世は椅子から立つと、少年に背を向けた。

「お前は三世の名を継ぐためにまだ学ばねばならぬことがたくさんある。 たかが構成員の息子と遊んでいる暇などどこにもないのだ。わかったら出て行きなさい」

「…次元は…」

 俯いていた少年が、不意に口を開いた。

「次元は俺の…俺の相棒だ」

 二世の背中を睨みつけ、少し緊張した面持ちでそう宣言する。
 さすがの二世もこれには驚きを隠せずに振り返った。 その先では怒りにも似た色をたたえ、黒い瞳が真っ直ぐに自分を見つめている。

「この少年が? 相棒? 何を馬鹿な…」
「あなたがなんと言おうと、俺の相棒は次元だけだ!」

 二世の言葉を遮り叫ぶ少年。そのまま言葉もなく対峙する2人。
ボーンボーン…と、柱時計が重々しく時を告げた。

 先に動いたのは二世の方だった。再び椅子に腰掛けると、不敵な笑みを口元に浮かべた。

「わかって言っているだろうな? "ルパン"の名を継ぐものの"相棒"に指名するということが、どういうことか」

 吊りあがった口元とは対照的に、目は笑ってはいない。冷酷なまでの光を宿して少年を見る。

「面白い。ならば見せてもらおうではないか。お前がそこまで言い切る理由と、それだけの決心を」
「…何を…」
「大した事ではない」

 酷薄な笑みを浮かべ、二世は告げた。

「これは"試験"だよ。命を懸けた…ね」

 強い夜風が、古い屋敷の窓をがたがたと鳴らしていく。

嵐が、来ようとしていた。

2へ

【なかがき】
ジャリルジのちょっと長めなお話、ついに始めました。
"全ての始まり"や"潮風の約束"からは3年後、ルパン13歳・次元16歳という設定です。
さて、二世様はなにを企んでいるんでしょうね…?ルパンと次元の運命やいかに!(笑)
ちょっと長くなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

'10/06/17 秋月 拝

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