Sweet Kiss!

 ショーケースに色とりどりにラッピングされたチョコレートが飾られ、フロアの入り口には大きくバレンタインデーコーナーの文字。 そんな華やかな装飾と甘い香りに彩られたデパートのスイーツフロアには、似つかわしくない男が1人。 ひどく落ち着かない様子であたりを見回していた。

「……なんだこれ。なんかの罰ゲームか…?」

 居たたまれなさに苛まれながら立ち尽くし、男…次元大介は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
 女性ばかりがひしめく売り場では、どう見ても黒ずくめの髭男という自分は、不審者のようにしか見えない。 自分でもその自覚があるぐらいなのだから他人がそう思わないはずもなく、先ほどから、不躾な視線を背後に感じるのは気のせいではない ようである。

「ああ、くそっ」

 なんとか落ち着こうと、反射的にポケットから取り出した煙草を咥える。と。

「お客様、申し訳ありません」
「っ!?」

 いつの間にやら、次元の横に従業員と思しき女性が立っていた。

「当店は全館禁煙となっております。お煙草でしたら下のフロアに喫煙ルームがございますので、そちらへどうぞ」
「…すみません…」

 慇懃に案内され、次元はすごすごと取り出したばかりの煙草を箱に押し込む。
 背後からは視線だけでなく、囁き声まで聞こえてくる気がする。

「…帰るか」

 小さい溜息を1つこぼし、次元は売り場を後にした。


*  *  *  *  *  *



「次元ちゃん、今年はバレンタインにちゃんとチョコレートくれる?」

 ことの起こりは、数日前にルパンがこんなことを言い出したことだった。

「あー…?」
「あーって何よ。まさかまた忘れてたのか? 去年言ったろ? 来年はちゃんと用意するからーってさ」

 行事ごとに疎い次元は去年、バレンタインという行事をすっかり忘れていたのである。 思い出したのは当日の夜遅くなってから。 当然そんな時間にチョコレートなど手に入るわけもなく、ルパンに平謝りする羽目になったのである。 今年は行事の存在は覚えていたものの、何が哀しくて男が男にチョコをやらないといけないのか、全く気乗りしなかったのである。

「…チョコじゃなきゃダメか?」
「ダメー。だってバレンタインなんだぜ? チョコじゃなきゃ意味ねぇじゃねぇかよ」

 バレンタインにチョコを贈るのなんか日本だけじゃねぇか、と反論したくなるものの、 こんなときに何を言っても無駄だということは長い付き合いから熟知している。

「楽しみにしてるからなー」


*  *  *  *  *  *



 数日前のそんなやり取りを思い返し、公園のベンチに座り込んだまま、次元はまた大きく溜息をついた。 自分の心情を反映したかのように重い色の空の下、木枯らしに乗って煙草の煙が流れていく。

「どうするかなー」

 どうやってもデパートのお菓子売り場なんかには、近づけたものではないということが分かった。 他にチョコレートが手に入りそうなところといえば、コンビニかスーパーといったところか。 とにかく、こうやっていても寒いだけで埒が明かない。次元は煙草を揉み消し、近くのコンビニに足を向けた。

「ぃらっしゃいませー」

 棒読みな声に迎えられて店に入れば、目的の売り場は店に入ってすぐのところにあった。
 が。
 ひどく間の悪いことに、そこには高校生とおぼしき少女の一団が、きゃあきゃあとたむろしていた。

(う…)

 間違ってもあの一団を押しのけてチョコレートを物色する気にはなれない。 とりあえずはただの買い物客を装い、少女達が店を出るのを待つことにした。
 ところが、5分待っても10分待っても、少女達は一向に店を出る気配がない。 聞き耳を立ててみると、どうやらこの先のバス停に来るバスを待っているようで、しかもそのバスはあと10分くらいは来ないようである。
 そのうちには、ちらちらと少女達の動向をうかがいながら店内をうろつく次元に、店員が不信の目を向けるようになってしまった。 仕方なく、缶コーヒーを1本だけ買って店を出る。

「…どうしろって言うんだよー!!」

 店を出て、思わず大きく肩を落とす。たかがチョコレート1個買うために、なぜこんなに苦労しなければならないのだ。

「もとはと言えばルパンの奴が…」

 缶コーヒーを片手に寒空の下、ぶつぶつと文句を言ってみたところで、始まらない。約束は約束なのである。 尤も、約束を反故にするつもりがない時点で、この男の律儀さが伺えるのだが。

「仕方ねぇ」

 くるりと踵を返すと、今度は近所のスーパーマーケットへと足を向けた。
 食料品以外に衣料品なども取り扱う大型スーパーは、休日の夕方ということもあり、家族連れで賑わっていた。 ありとあらゆる人間が出入りするスーパーでは、次元のような風体でも見咎められることはなさそうで、 デパートやコンビニで感じた不躾な視線を感じることもなく、店内に入る。
 が。
 やはり目当ての売り場はピンクの派手な装飾が施され、行き交う買い物客も女性ばかり。 それを見ただけで売り場に足を踏み入れる気力をなくし、次元はげんなりと肩を落とした。

「…もう、諦めるか…」

 とりあえずウイスキーの瓶とつまみを籠に放り込み、レジを通ろうとした次元の視界の隅に、あるものが飛び込んできた。

「これだ…!!」


*  *  *  *  *  *



「次元ちゃ〜〜〜ん♪」

 次元がアジトに帰るなり、ルパンが猫の如く擦り寄ってきた。放っておけばゴロゴロと喉でも鳴らしかねない様子だ。 そんなルパンの目の前に、次元は無言のまま持っていたビニール袋を突きつけた。

「…何これ」
「見てわからねぇか? チョコだ」

 確かにルパンの目の前に下げられた袋にはチョコレート。 しかし、きちんとラッピングがされた洒落た代物では到底なく、 色気もへったくれもないビニール袋に詰まっているのは、スーパーなんかでよく見かける大袋チョコ。 (ピーナツチョコとかアルファベットチョコとかいうあれだ。)

「…いや……確かにチョコだけっどもよ」
「いらないんならいいんだぜ? 五右ェ門にやるから」

 あからさまに不満顔のルパンだったが、次元が五右ェ門を探しに行こうとすると慌てて引き止めた。

「いやいやいや、貰うから貰うって!!」

 受け取った袋を開け、ひょい、と1つ口に放り込む。

「お前も一度やってみろって。あの売り場でチョコを買うのは罰ゲームだぜ」
「そうか? 俺様ならお前にゴディバの最高級品を贈ってやるけどな」

 ニヤニヤと言われて、次元は呆れたように溜息をつく。

「…どうせ俺は不器用だよ」
「…そういうとこがお前らしくていいけどな」

 そう言って近寄ってきたルパンの唇は、甘い甘いチョコレートの味がした。

Fin.

【あとがき】
バレンタインは公然とイチャイチャしてていい日!ですが、次元さんには少々受難の日であったようです(笑)
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです!

'11/02/14 秋月 拝

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