「何だ、寒いと思ったら雪が降ってるじゃねぇか」
深々と冷え込む夜。
不思議なくらいに外が静かなのをいぶかしんでカーテンを開けてみると、冷えた窓は白く曇り、
その向こうの闇の中に白いものが舞っていた。
「気付いてなかった? 夕方からずっと振ってたんだぜ?」
俺の隣に立ったルパンが微笑む。その向こうで、暖炉の中の薪が爆ぜるのが見えた。
「ん」
「サンキュ」
差し出された珈琲カップを受け取ると、ふわりと漂った香りが鼻先をくすぐっていく。
ルパンはすぐに曇る窓を乱暴に手で拭い、夜空を見上げた。
「雪は嫌いか?」
「雪は嫌いじゃねぇけど、…寒いのは嫌いだ」
知ってるだろ。そう言うと、また笑われた。
「お前って、タフなんだかヘタレなんだかわんねぇよな」
「古傷が痛むんだよ」
寒いと身体中に残る古傷が疼きだすからだ。そして、ひとつひとつの思い出が胸を痛める。
忘れたくても忘れられない、根雪のように冷たく固まった苦い思い出ばかりだ。
「…寒い?」
カップを持っていないほうのルパンの手が、するりと背中から回された。
いつもなら叩き落としてやるその手を、一瞬でも心地いいと思ってしまう。やはり、寒さは俺の心を弱くする。
「俺があっためてあげる〜♪」
「…馬鹿野郎」
やっぱりその手を叩き落とし、俺は窓から離れた。
深々と雪は降り積もっていく。春になれば融ける雪のように、いつか俺の心の奥の根雪も融けることがあるだろうか。
Fin.
【あとがき】
大人ビターを目指した結果…玉砕。