エチケット

 アジトから街に買出しに出かけたある夜の出来事である。

「もう他に買うもんはなかったか?」

 ルパンの用意した仕事に必要なものメモを見ながら日用品や工具を。ついでに食料品なんかの買い物も済ませ、荷物を満載したフィアットの前。もう一度確認のためにルパンに問えば、何を思い出したのか『あ。』と声をあげた。

「何だ?」
「わり、帰りに道にドラッグストアあったろ。あそこ寄ってもいいか?」
「? いいけど…どうした? 頭でも痛いのか?」
「いや…ちょっとなー」

 心配して問えば、さらりと流すルパン。怪訝に思いながらも、次元は助手席に潜り込み煙草に火をつける。

「んじゃいくぜ〜」
「おう」

 するりと発進する車。夜も遅い田舎だ。信号にかかることもなくすれちがう車だってほとんど居ない中を颯爽と駆けていく。

「俺にも頂戴」
「ん」

 言われるがままに咥えていた煙草をやり、自分は新しいのに火をつける。そうこうしているうちに閉店間際なのかネオンが半分消えたような店の前に到着した。

「おい、閉まってるんじゃねぇのか?」
「大丈夫でしょ? ちょっと待っててくれよ。すぐ戻る」

 慌しく車を降りるとルパンは店頭に向かって走り出す。やはり店じまいをするところだったのか、店頭で作業していた店員が少し困惑げな顔をしているのが見えたが、それに構う様子もなくルパンはするりと店内に滑り込んでいった。

「…メーワクな客だな」

 苦笑しながらも煙草をふかす。市販薬を飲むなんてことは滅多にしない男だから、何か薬以外に目的があるのだろう。それにしてもわざわざ薬屋で薬以外に調達するものといったら何だろう? そんなことを考えながら待っていると、ものの3分もしないうちにルパンが姿を現した。

「あんがとねー!」

 意気揚々と出てきたルパンは、まだ店頭で作業する店員に愛想よく声をかけてフィアットに乗り込んでくる。

「お待たせ〜」
「早かったな」
「そう? んじゃ帰るぜ」

 車どおりのない道を一路アジトへと向かう。

「…なに買ったんだ?」
「んー? ちょっとなー」

 この後に及んで適当に受け流そうとするルパン。ふと、そのジャケットのポケットから紙袋が少し覗いていることに次元は気付いた。そこには先ほどの薬屋のロゴ。なんとなく嫌な予感がして、ルパンのポケットからその紙袋を取る。

「あ、ちょ、やめろよ!」

 途端に何故か焦りだすルパン。

「うるせぇ、前向いて運転してろ!」

 その慌てように、完全に『何かある』と感じた次元はルパンが運転中なのをいいことに、取り上げて手の届かないところで袋の口を開けた。
 そしてその中から出てきたのは。

「……ルーパーンー…?」
「はいっ…!!」

 地を這うように低くなった次元の声に、ルパンの声が引き攣る。

「これは何だ?」
「いや、その…ね…オトコとして女性に対するエチケットというかマナーというか…ね? っていうかなんで男のお前に非難されないといけねぇんだよ俺! お前だって一つや二つ持ってんじゃねぇのかよ!?」

 次元が紙袋の中身をルパンの視界に入れてやると、ルパンはうろたえた声で弁解を始める。そう、ルパンが閉店間際の薬屋に飛び込んで買ってきたもの。"ゴム"といえばお分かりだろうか。

「…ふぅん?」

 なぜか含みのある声色でじろりとルパンを睨む次元。

「なに…」
「…言っちゃあなんだがな、お前。俺とヤるときにこいつを使ったことがあるか?」
「え…いや…あー…」

 感情の読み取れない低い声で問われて歯切れの悪い返事しかできないルパン。それもそのはず。ルパンがこれを次元に対して使ってくることは、次元の言うとおりほとんどないからだ。

「そりゃあお前は気持ちいいかもしんねぇけどな。俺はもうそれはそれは次の日死ぬ思いをするんだぜ?」
「いや…だからその…」

 その台詞に交じるのが皮肉なのか本気なのか。次元の珍しい物言いの仕方にルパンはとっさに判断がつかない。

「女とヤるエチケットだかなんだかしらねぇけどな、そんな気を使う余裕があるんなら少しは俺のことも考えて欲しいもんだよなぁ?」
「あー…怒ってる…?」
「さぁな」

 気のない返事とともにふんっと鼻でせせら笑うと、次元は興味を失ったかのように持っていた紙袋を後ろの座席に放る。しかしその乱暴な動きが、次元の感情をあらわしているようだった。

「…ぶっちゃけさぁ…」

 むっすりと黙り込んでしまった次元。先に沈黙に耐えられなくなったのはルパン。それにこの様子では素直に折れるほうが得策だと考えたのだろう。ハンドルを握ったままボソボソと口を開く。

「こんなこと言いたくもねぇけど…お前とヤってる時って俺様全然ヨユーないわけ。だからさ、悪いなぁとは思いつつも…」
「そのまんまってか」

 ルパンの言い訳じみた言葉に隣からは恐ろしく不機嫌そうな声。ちっと小さく舌打ちまで聞こえてきそうだ。だがルパンは、田舎道の街灯に照らされた次元の耳が少し赤くなっているのを見逃さなかった。

「いやでも反省したからこうやって準備したわけだし…ね?」

 その言葉にピクリと次元の顔が引き攣った。

「…おい、まさか今夜ヤるつもりじゃねぇだろうな?」
「え…だめ?」

 少し恐怖に似た顔つきでルパンを見る次元。しかしルパンのほうはその気満々だったようで、きょとんとした顔で次元を見返す。

「ふざけんなー!!」

 狭いフィアットの中に次元の怒号が響く。

「明日の晩は仕事だぞ!? って…まさかそれでわざわざ…」
「そ、そのまさか♪」

 次元が己の身の危険を察知したときにはすでに遅く。
 がしゃん、と重い金属音がしたと思ったら、次元の手首にはどこからか取り出したのか手錠がかけられていた。

「ちょっと待て、なんだこれ!」
「この間とっつぁんの投げ手錠拝借したんだよな。今度のは特製だって言ってたから簡単には外せないぜ〜」
「ふざけんな、お前…」

 烈火のごとく怒る次元だが、ルパンはひとつも意に介していないようで。

「今夜はお前の望みどおり、こいつを使ってやるからさ♪」

 そのルパンの声が、次元には悪魔のささやきにも聞こえた。

(あの薬屋が開いてなかったらよかったのに…!!)

 そんな八つ当たりにも似たことを思いながら、次元はこれから先の己の身を嘆くのだった。

Fin.

【あとがき】
なんかいろいろすみません…

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