フルムーン・ラプソディ

 黒い眼と視線があった。
 それだけで心臓が跳ねた。

 低い声で名前を呼ばれた。
 それだけで顔が熱くなった。

 大きな手が肩に触れた。
 それだけで鳥肌が立った。

「…どったの、次元」
「なんでも?」

 仕事中に俺は一体何を考えていた? 平静を装ったはずの声が僅かに上ずっていたことに、心の中で舌打ちした。
 そんな俺を見て目の前の男が笑う。

「…帰ったら、ちゃんと"アイシテ"あげるから」

 すれ違い様、耳元で囁かれた言葉が斯くも甘美に聞こえるとは。


 どうかしている。


 返事の代わりに俺は腰のマグナムを抜く。仕事はまだ始まったばかりだが、そっちがその気なのならばさっさと済ませて帰ってやろうではないか。

「…そうかい。それじゃ楽しみにしてるぜ」

 同じ様に耳元で囁けば、男が嗤った。

「珍しく積極的だこと」

 にやりと唇を歪める表情は既に男の顔。

「…何かあった?」
「さぁな…」

 敢て言うのなら。俺はつと頭上を見上げる。薄く広がる雲を照らし天上に輝く白い月。

「満月のせいだろ」

 真顔で言った俺に、また、男が嗤った。

 夜明けまではまだ遠い。

Fin.

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