Blue Glass

「ぁ〜あ…あっちぃ〜……」

 ぼやいても仕方ないことなのに、そしてこれだけ暑いとぼやくだけで体力を消耗するのだが、それでもついついぼやかないではいられない。風でもあればまだ過ごしやすいのだろうが、生憎窓辺にぶら下がった風鈴は、先ほどからチリとも鳴らなかった。時折風鈴を鳴らすことすら出来ないくらいにかすかに空気が流れ込んでくるが、もちろん涼風などとは程遠く、熱気としか呼べない。
 ジージーと懸命に啼く蝉の声が、また鬱陶しいほどに暑さを演出してくれていた。

「…ったく、あいつどこまで行きやがったんだ…」

 数時間前にアジトを出て行った相棒を思い返し、次元は小さく舌打ちをした。あまりの暑さに煙草を吸うのも億劫で、ニコチン切れのせいかイライラは募る一方だ。
 もちろんこんな暑い中次元が苦行を続けているのには理由がある。
 仕事だからと呼び出されて真夏の日本についたのは昨夜遅くのこと。指定されたアジトにルパンより先に来てみたはいいものの、しばらく使わなかったアジトのエアコンは完全に壊れてしまっていたのだった。

「こんなクソ暑い中、エアコンも使えねぇようなアジトに呼び出すんじゃねぇよ!!」
「仕方ねぇだろぉ! 次の仕事にはここが一番便利なんだ! それにエアコンが使えるかどうかなんて確認するわけねぇじゃねぇか!!」
「うるせぇ! いいからエアコン買ってこい!」
「なんで俺が!!」
「お前がここだって言うからだろ! 文句言うなら俺は次の仕事降りるからな!!」

 そんなやり取りをした後、ぶつぶつ言いながらもルパンはフィアットを飛ばして電気屋へと向かった。だが数時間経っても帰ってこないところをみると、どこで何を道草を食っているのか分かったものではない。

「…俺も行けばよかったか…」

 冷静に考えてみれば、このクソ暑いアジトで待つよりはクーラーのきく車に乗って出掛け、クーラーのきいた店でブラブラしたほうが懸命な策だったのではある。だが暑さと喧嘩で煮えたぎった頭ではそんな判断もつくはずがなく。今更、涼を求めてこの炎天下を出歩くのも馬鹿馬鹿しい。

「ぁ〜…あっちぃ〜…これだから日本は…」

 何もしないで寝転がっているだけだというのに汗が噴出す。湿度が高い分ただ暑いのではなくうだるような暑さになるのがなによりも鬱陶しい。
 と。

「ただいま、次元ちゃん」

 突然ひやり、としたものが頬に押し当てられた。

「ぅお!」

 暑さで相当ぼんやりしていたのか、ルパンが帰って来たのにも気付かないほどだったようだ。慌てて飛び起きると、隣には見慣れた相棒の姿があった。

「ぼけっとしすぎだろ。暑くて頭煮えちゃった?」
「…お前が遅ぇからだろ」

 けらけら笑われてむすりと返す。

「はい、お土産」

 言われて渡されたのはルパンの持っていた青い瓶。透き通ったそれは懐かしいソーダ瓶だった。

「へぇ…今時こんなもんまだ売ってんのか?」
「その先の雑貨屋で買い物したら、おばちゃんがくれたんだわ」

 コトリ、とテーブルに置かれた瓶は、窓からの光で青い光をテーブルの上に映し出す。瓶の表面に浮いた汗が雫となってテーブルを濡らしていった。それだけで少し涼しくなった気がするのは何故だろうか。

「それよりクーラーは? 買えたのか?」
「ばっちりよ♪ 後で届けて取り付けてくれるってさ。それより冷えてるうちに飲もうぜ、折角だ」
「ああ」

 促され、冷えた瓶に手を伸ばす。プラスチックの蓋を開け、口に詰まったビー玉を押し込む。と。

「うゎっ!!!」

 途端に勢いよくソーダ水が泡となって噴き出し、次元の顔を濡らした。

「てめ…やりやがったな!?」
「やーいひっかかった〜〜〜〜♪」

 イタズラが成功しご満悦のルパンはげらげらと笑い出す。次元に手渡す前に思いっきり振っていたのだろう。瓶には半分ほどしか中身が残っていなかった。

「…ちょっとは涼しくなった?」
「なるか、馬鹿」

 ぺろりと舐めた舌に爽やかな甘みが残る。

「…甘ぇ」
「当たり前でしょ、ソーダだもん」

 何言ってるの、と笑いながらルパンは自分のソーダ瓶に口をつけた。
 ジージーと啼き続けていた油蝉の声の中に、カナカナカナとひぐらしの声が混じり始めていた。チリンと風鈴が鳴り、ほんの少し穏やかな風が二人の間を吹き抜けていった。

Fin.

【あとがき】
この時期にログ整理したんじゃ季節感のかけらもない…

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