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『From:ルパン
次元ちゃん今どこー?』

『From:次元
 ロス』

『From:ルパン
下調べ、どんな感じ?』

『From:次元
順調』

『From:ルパン
あとどれぐらいかかりそう?』

『From:次元
1日』

『From:ルパン
…次元ちゃん機嫌悪いの?』

『From:次元
別に』

『From:ルパン
なんか冷た〜い』

『From:次元
気のせいだ』

『From:ルパン
どしたのなんかあったの』

『From:次元
別に』

『From:ルパン
その割には冷たいって。ねぇ何かあったの?』



 目覚めて一瞬、次元は自分がどこにいるのかわからなくて混乱する。
 見慣れぬ室内。煙草と芳香剤の香りの交じった不思議な匂い。糊の利いたシーツとスプリングの固いベッド。そこまで考えて、ようやくここが昨夜遅くに飛び込んだ安モーテルだということを思い出す。値段を考えればベッドが固かろうがなんだろうが贅沢は言えないだろう。相棒とは違い贅沢を好む性質ではないからベッドとシャワーがあるだけで満足だ。
 部屋の中は仄暗い藍色に包まれている。カーテンの隙間から差し込む光はまだ弱い。
 外し忘れていた腕時計を確認すると、その針は午前5時になろうかというところだった。

(まだ寝れるか…)

 連日の作業で少々疲れが溜まっている。昨夜も遅かったはずなのに、何故こんな早い時間に目が覚めたのかわからないくらいだ。
 そうは言っても、今日ぐらい朝寝坊をしたところで問題ない程度には仕事の進み具合は順調だ。そこまでうとうとと考えて、朝寝を決め込むことにした次元はごろりと寝返りを打ち、ゆっくりと目を閉じて暗闇を迎える。だが暫くそうして眠りの世界に身を委ねようとしても、奇妙に冴えてしまった頭はすぐには眠りを享受してくれそうになかった。
 仕方なく、次元は寝るのを諦めてベッドから降りバスルームへ向かった。疲れのあまりシャワーも浴びずに眠り込んでいたのを思い出したのだ。蛇口を目一杯ひねってみてもお世辞にも勢いがいいとは言えなかったが、まぁこれも仕方ないだろう。お湯が出るだけ御の字だ。だるさの残っていた身体もシャワーを浴びると少しは覚醒したらしい。最初よりは清々しい気分で部屋へ戻ると、薄暗い部屋の中では携帯電話が着信を知らせて光っていた。どうやらメールらしい。先程は気付かなかったが、もしかしたらこれのせいで目が覚めたのかもしれない。

「…誰だ?」

 ついそんな事を口にしてみるがこの携帯に連絡をしてくる人間なんか限られているのだ。開いた画面には案の定"ルパン"の文字。
 ガシガシと濡れた髪をタオルで拭きながらメールを開いてみる、と。

「…なんだぁこりゃあ」


『From:ルパン
ねーねー次元ちゃん冷たいー何かあったの? なんでメール返してくれないの? なんかヤバいこと巻き込まれた? 携帯使えないの? メール嫌いなの? それとも俺が嫌いなの? もしかして愛想つかされた? それとも可愛い子でも見つけたの? 昔の知り合いにでもあった? ねーねー次元ちゃんてばー』


 延々と質問ばかりのメールに、思わず。

「何やってんだあの馬鹿」

 呆れながらも笑ってしまった。
 以前は黙って動いてルパンに心配されるなんてこともよくあったけれど、昔の話だ。自分のしたことを棚に上げるつもりもないけれど、ルパンの過保護ぶりにはまいる。というより妙なところで女々しいのか。このメールなんかまるで彼氏にほったらかされた中高生女子のようではないか。
 ベッドに腰を下ろして煙草に火を点け、そして次元はおもむろに通話ボタンを押した。予定通りならばメールの主がいるのはニューヨーク。とっくに夜も明けているだろうし、多分起きて一番にメールしてきたのだと思う。
 薄暗い部屋の中で赤い日が揺れるのを見詰めながら、コールを数える。きっかり3コール目で、電話は繋がった。

「別に何かあったわけじゃねぇしメールを返さなかったのは寝てたからだ。ヤバいことなんか巻き込まれちゃいねぇし仕込みも順調だ。携帯が使えねぇわけでもねぇ。まぁメールは好きじゃねぇが別にお前のことが嫌いなわけじゃねぇし、はっきり言って今更つかすだけの愛想も残っちゃいねぇ。可愛い子はまぁいくらでもいるけどだからどうした。仕事の合間に女に現を抜かしてるとか、お前と一緒にするな。昔の知り合いになんか会ってねぇ。どうだ、これで満足か?」

 ルパンが話し出すよりも先に口を開き、ルパンが口を挟む余地もない勢いで一気呵成にそう言きった。一息ついて、ゆっくりと深呼吸のついでに煙草をふかす。
 薄暗い部屋にゆらりと紫煙がたなびいた。
 どうやらこれにはさすがの男も驚いたらしい。電話の向こう側が一瞬虚を突かれたように静かになるが、静寂のすぐ後には弾かれたような大爆笑。今度は次元が口をはさむ余地もないくらいにけたけたと笑い続ける。何がそんなに可笑しいというのか。箸が転んでも可笑しい年頃でもあるまいに。

「…お前、笑いすぎだろ」

 いつまでも止まらない笑い声に流石に次元が憮然とした口調で言えば、

『あー悪い悪い』

 ようやくルパンは笑いを収めようとするが、笑いすぎてどうやら呼吸困難に近くなっているのかひーひーと変な呼吸をしているのが聞こえてくる。

『…あー疲れた。朝から笑いすぎて腹痛いってー』

「知るか馬鹿」

 次元にしてみれば問われたことに答えただけなのに、何故そこまで笑われないといけないのかわからないのだ。寝起きのシャワーで手に入れた清々しさもどこかへ行ってしまって、腹立たしささえ感じるほど。電話するんじゃなかったか、なんて思い始めていた。

『怒った?』
「笑いすぎだ」
『ごめん』
「大体お前が長いめんどくさいメールしてくるからだろうが」
『だって次元ちゃんのメール単語ばっかでつまんねぇんだもん。コミュニケーションなんだからさー』
「めんどくせぇんだよ。打つの」
『メールだって便利だろぉ? 通話出来ねぇときでも使えるし』
「電話のが早ぇ」

 にべもなく言い切るとまたルパンがくすくすと笑う。

「だから笑うなって。何がおかしいんだよ」
『なんでもねぇよ。でもな、俺"も"お前の声聞けたからちょっと嬉しかったの』

 一瞬虚を突かれた。そんなことを言われるなんて、思ってもいなかったから。

「…もってなんだ。も、って。一緒にするな」

 フィルターを噛んでぞんざいに言い放つ。何を言っているのだ。けれど、一瞬の戸惑いを多分ルパンには見抜かれているはずだ。それがまたなんとなく悔しい。大して吸わないうちに短くなっていた煙草を腹立ちまぎれに灰皿に押し付けた。

『素直じゃないんだから』

 そう言ってまた笑われる。
 たとえルパンの思っていることが事実だったとしても、絶対にそれを認めるつもりはなかった。まさか、声が聞こえるから電話の方がいいだなんて。

「用がないんなら切るぞ」

『ん、ちょい待ち。そっち行くの明日のつもりだったけどやめた。お前の声聞いたら早く会いたくなっちゃった』

 お前だって俺の声聞きたくて電話してきたんだろ? からかうような声色で核心に触れる様なそんなことを言われて。

「馬鹿野郎、寝言は寝て言え!」

 かっとなってルパンの答えも聞かずに一方的に通話を切る。すると、ものの数十秒で再び携帯が震えた。今度はやはりメールだった。

『From:ルパン
夜には着く。いい子で待ってろよ♪』

「…馬鹿野郎が」

 返信しようかと一瞬だけ迷って、すぐにやめた。やっぱりメールは嫌いだ。携帯電話を放り出してベッドに再び潜り込み、次元はもう少しだけ眠ることにした。睡眠不足だとろくなことはない。
 ようやく夜が明けようとしていた。

Fin.

【あとがき】
メール嫌いというよりは電話の方が好きなだけ。
リハビリのつもりでしたがなかなか上手くいかない…
お目通しいただいてありがとうございました。

'13/09/12 秋月 拝

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