「待てぇ!!」
「ったく、しつけぇなぁ〜」
牛を挑発する闘牛士のマントのように、翻る赤いジャケット。
そして、そこがあたかも平地であるかのごとく、長い足が軽やかに階段を蹴る。
しかし。
階段の先にあったドアを開ければ、そこはビルの屋上。
強いビル風が、ルパンのジャケットとネクタイをはためかせて行く。
「馬鹿め…!! 袋の…ネズミだ…観念しろ!! ルパン三世…!!」
ぜいぜいと息をつきながら、追っ手の1人が叫んだ。無理もない。ここまでの10階分を全力疾走してきたのだから。
しかし、同じ様に階段を駆け上がってきたはずのルパンは息1つ切らさず、顔色すら変わらず、飄々と男たちを見据えている。
「あ〜らま、ご苦労さんなこって」
おまけに、この追い詰められた状況でも、まるで危機感のないような声色。その様子は、追っ手たちの怒りの炎に油を注いだ。
「うるせぇ!! 蜂の巣になりてぇか!?」
リーダー格の男の指示で、一斉にマシンガンの銃口がルパンのほうを向いた。
「今なら、そいつを返せば命だけは助けてやる」
「おーおー、物騒なこって」
それでもなお、ルパン態度は変わらない。
「撃て!!」
男が命じた、その時。
突然、マシンガンを構えていた男たちが、銃声と共に次々に倒れこんだ。
「何だ!?」
事態を把握できずにうろたえる男たち。
「貴様、何を!?」
ルパンが銃を撃ったのかとも思った。しかし、ルパンは相変わらずな様子でフェンスに寄りかかっている。
その手に、もちろん銃など持ってはいない。
「兄貴!! あれ!!」
男の1人が、ルパンの後ろを指差した。
300mほども離れたところにあるビル。その屋上に、ライフルを構える黒い人影があった。
「まさか…そんな馬鹿な…!! この距離を、この風の中で…!!」
「…俺を知ってるんなら、当然俺の相棒のことぐらい知ってるよな?」
もちろん聞いたことはあった。死神とも呼ばれたことのある、凄腕のガンマン。
どれもこれも噂でしかないと思っていたことも、目の当たりにしてしまえば疑いようもない。
顔面蒼白になる男たちを尻目に、ルパンはにやっと口角を引き上げた。
「知ってるか? …切り札ってもんはな、最後に出すもんだぜ」
絶対的な自信。それは、己のカードの切り方と、そして、手札にある"次元大介"という切り札への。
「あ…相手はたかが1人、しかもライフルだ! この数のマシンガンに敵うわけ…」
「試してみるか? でも、やめといた方がいいと思うけっどもがな〜」
半ばヤケクソで、男は足元に転がっていたマシンガンに手を伸ばす。その様子を、ルパンは冷ややかな目で見ていた。
「死ね!!」
男が叫んだ瞬間、男の手の中で銃が弾けた。次元のライフルの弾が、男の銃を貫いたのだ。
足元に転がっていたものも、次々に壊されていく。
「だからやめといた方がいいって言ったろう?」
「そんな…馬鹿な…」
放心状態で、男たちは呆然としている。誰一人として、目の前の男に、もう楯突こうなどとは思えなかった。
「ってわけで、こいつはありがたく頂いていくぜ」
そう告げると、ルパンは懐から何かを取り出した。それは見る間に膨らんで行き、その身体がふわりと宙に浮いた。
「あばよ!」
青い空にふわふわと漂っていく風船を見つめながら、男たちはただただ立ち尽くすだけだった。
* * * * * *
「…して? 首尾よく仕事を納めたところまでは聞いたが、なぜこのようなことになっておるのだ?」
アジトに立ち寄った五右ェ門が目にしたのは、乱雑に散らかった室内と、その真ん中で眼光鋭くトランプゲームに興じる2人の男。
「こいつがまた不二子に獲物をやるとか言い出すからよ」
「そんなに文句があるんなら、正々堂々勝負して決めようじゃねぇか。勝ったほうがお宝の処遇をきめるのさ」
「と、いうわけだ」
「…なるほどな…」
おそらく最初はいつもの通りの大喧嘩をしていたのだろう。だがそれではアジトが破壊されていくだけで、決着がつかないのはいつものこと。
業を煮やしたどちらか(おそらくは次元のほうだと思われるが)が、言い出したのに違いない。
足の踏み場もないほどに荒れた室内。これでは自分の座る場所も確保できない。
五右ェ門はため息をつきながら、穴の空いたソファの上の本を片付けるべく手を伸ばしかけたその時。
「あー!! 次元、汚ぇぞ! ジョーカー使うなんてナシだろ!?」
「ルールで反則って決まってるわけじゃねぇだろ? これで俺の勝ちだ!!」
よほどルパンに勝てたのが嬉しかったのか、次元は柄にもなくガッツポーズなど見せている。
反対にルパンは、あからさまな不満顔で、汚ぇ汚ぇと連呼している。
「うるせぇよ、ルールはルールだろうが。ガキか? お前は」
「にしてもよぉ〜もっと早く使えばいいのに、最後の最後で使うんだから汚ぇよな〜」
「あのなぁ…」
ルパンの子供のような言い草に、次元は呆れたようにため息をついた。
「切り札ってもんは、最後の最後に使うもんだろうが」
きょとんと、一瞬虚を衝かれたような顔を見せたルパン。
だが、次の瞬間、弾かれたように大声で笑い出した。
「…おい、どうした…?」
「…負けたショックでどこか可笑しくなったのではあるまいな…」
突然笑い出したルパンを、次元も五右ェ門も悪いものでも見るかのように、遠巻きに眺めている。
「ぬふふふふふ、そうね、次元ちゃん。切り札ってのは最後に使うもんだもんね〜そりゃしょうがねぇか」
それでもまだ腹を抱えて笑い続けるルパンに、次元は五右ェ門と顔を見合わせ、大きく肩をすくめるだけだった。
Fin.
【あとがき】
突然振って湧いたように思いつき、その場の勢いで書き上げたので、いろいろ話の前後がよく分からない話になってしまいました。
トランプのジョーカーは、ゲームによっては最高の切り札とされるそうです。次元はルパンの最強の切り札であって欲しい!
ちなみに、このとき2人がやってたのは大富豪です(笑)
'10/09/17 秋月 拝