幸せの法則。

 離れている時間は長いようで案外短いもの。それは1ヶ月ぶりの再会。
 それまで新しい仕事の準備のために単独行動を取っていた次元は、ルパンに進行状況の打合せだと言われて港街の小さな居酒屋に呼び出さていた。
 待ち合わせの時間には少し遅れていた。ルパンとてそう時間に几帳面な方ではないのだが、もう来ているだろうか? そんなことを思いながら店の入り口で待ち合わせであることを告げると、ひょろりと背の高い店員は先に立って、次元を店の一番奥にある個室へと案内した。

「どうぞごゆっくり」

 そんな店員の言葉が終るか終らないかのうちに。

「じげぇーん! 会いたかったぜぇ!」

 そんな嬉々とした叫びをあげながら勢いよく飛びついてくる人影を、次元は身を翻して躱す。

「なにすんだよー! よけるなっての!!」

 勢いづいたルパンはそのままドアに突っ込んでしまって、『ムギュウ』なんて情けない声。

「…そりゃこっちのセリフだろうが。こんなとこに呼び出したと思ったら…なに早々に盛ってんだ。バカ」

 かっこ悪く床にへたり込むルパンを横目にため息交じりにぼやく。とはいえ、そんな小言をいちいち気にするようなルパンでないことは、次元とて重々承知しているのだが。

「せっかく久しぶりの再会だってのにツレないんだから次元ちゃんってば」

 やれやれとジャケットの埃を払いながら。

「これでも一応気をきかせて俺がいつ盛っても大丈夫なように個室にしたんだぜ?」

 わけのわからない言い訳を並べ口を尖らせるルパン。

「なんで盛ることが前提になってんだよ! そんな気を使うぐらいならまず盛らねぇ努力をしろっての!」

 言い訳にもならないようなとんでもないことを平然と言い出すルパンに、次元の至極真っ当なツッコミが炸裂。近くにあったプラスチック製のコースターを投げつければ、フリスビーのごとくきれいな放物線を描いてルパンの頭にクリーンヒット。これにはさすがのルパンも予想だにしていなかったのか、当たったところを抑えて涙目になって呻いている。

「痛ってー…んな怒んないでよー。冗談に決まってるだろぉ?」
「冗談に聞こえねぇから性質が悪いんだよお前の冗談は」

 冗談のように見せかけても実は本気であるというのがルパンという男だということは、長い間の経験から身をもって知っている。冗談だろうと気を抜いていたら、いつだって大変なことになるのだ。

「ま、冗談はさておき」

 次元が相手にしないものだからこれ以上遊んでも無駄と思ったのかどうか。コースターを元あった場所に戻し椅子に座り直すと、ルパンは打って変わって真剣なものに表情を改める。

「1ヶ月なんて長いようで短いよな、実際。そっちの首尾はどうだ?」

 次の仕事は久々の大仕事だ。まさにルパン好みというべきか、計画の中身は派手で大掛かり。おかげで準備は五右ェ門と不二子の4人がかりでも1ヶ月という時間を要することになっていた。

「任せろ。こっちの準備は万端だぜ」

 指示された準備事項はどれもこれも面倒で大変なものばかりだったが、それでも楽しかった。ニッと笑って見せれば、ルパンも満足そうに笑う。

「さすが次元ちゃん。不二子も準備はできたらしい。今朝連絡があった」
「あとは五右ェ門待ちか?」
「ん、あっちも首尾は上々だって。明日には合流できるらしいぜ?」

 仕事の順調な進み具合に、顔を見合わせて笑う。新しい仕事の実行を心待ちにする、それはまるで、遠足前の小学生のような気分。

「とっつぁんの驚く顔が見ものだぜ!」

 そんな話をしているうちに、先ほど次元を案内した店員が食事を持って部屋を訪れた。

「お待たせいたしました!」

 銀色のお盆の上に並べられた料理の数々。酒にもよく合いそうなスパイシーな香りが、空腹だった次元の食欲を刺激する。それにしてもいくら頼んだのか知らないが、料理は後から後から次々に運ばれてきて、どう考えても2人で食べきれない量であることは誰の目にも明らかなほど。
 思わず。

「おい、誰がこんなに食うんだ? 後から不二子でも来るのか?」

 なんて言ってみるがルパンは、

「不二子も誘ったんだけっども、パスだって。まぁ何とかなるんでないの?」

 なんて暢気に言いながらどこ吹く風。

「仕事の話はまた全員揃ってからな! とりあえず飯にしようぜ俺様もう腹ペコ」

 いつの間に用意したのか、グラスに注いだ酒を片手にルパンが笑った。もう一つのグラスを次元に押し付けるとにっと笑う。

「…仕事の成功に?」
「そして久々の再会に!」

 カチンとグラスを合わせてそれぞれに飲み干す。

「ん、いい酒だな」
「だろ? 飯も美味いんだ食えよ!」

 言いながら、ルパンは取り皿を山盛りにして次元に差し出して笑った。
 確かにルパンが勧めるだけのことはあり、港街らしく海鮮中心の料理はどれも美味かった。少し味が濃いがそれはそれで酒のつまみとしても最高で。ついつい話に花を咲かせて杯を重ねるうちに、いつしか料理の減り方よりも酒瓶の空くペースの方が早くなってきていた。
 同じ様に食べて飲んで機嫌よさそうに笑うルパンだったが、ふと、何を思ったのか次元を見て首をかしげた。

「なんだ?」

 そんなルパンの様子を怪訝に思った次元が問えば。

「お前、ちょっと痩せたかぁ?」

 と、唐突にそんなことを言い出す。

「俺がぁ?」

 まさか。次元がそう答えようとしたその瞬間。ルパンが突然次元に抱き付いてきた。

「ば…! お前何してんだっ!」

 突然のことに慌てた次元は思わず持っていたグラスを取り落しそうになる。

「うん、やっぱ痩せたってお前」

 どうやら突然の暴挙は抱き心地で体型を判断をするためだったらしい。その結果としてきっぱりとそんなことを言われては黙るしかないが、次元としてはあまり納得がいかない。確かに毎日体重計に乗るような几帳面な生活をしているわけではないけれど、他人に分かるほどに体重が減って自分がわからないなんてことはないはず。いくら相棒であってもそんなことまでわかるわけはない。そうは思うものの。

「どーせ俺と離れてる間、酒ばっか飲んで煙草ばっか吸ってろくに飯も食ってなかったんだろ?」

 苦笑交じりに言われ、次元は言い返せない。まさにその通り、図星である。

「お前こそ痩せたんじゃねぇのか」

 苦し紛れに反撃してみる。 仕事にかかりきりになると寝ることも食べることも忘れて没頭するのはいつものことだから。しかし。

「ざんねーん。今回は俺様ちゃんと飯食ってたんだぜ? お前が毎回毎回うるさいからさ」

 試してみる? なんて自信満々にハグを求められたのでは、それを適当に受け流してむくれるしかない。

「…お前さぁ、俺のこと気にする割に自分のことにほんと無頓着だよなー俺と違って少々食わなくったって体重減る体質じゃねぇからって無茶し過ぎだろ」

 そんなことを言いながらルパンは次元の取り皿にこれでもかというぐらいに料理を取り分ける。次元は自分が決して小食なほうだとも思わないが、いいだけ酒を飲んだ後と言うこともあって、それを見ているだけで胸焼けがしてきそうなくらい。基本的に酒と煙草があれば生きていけるくらいには省エネ体質なのだ。

「…俺はお前の面倒を見てるだけで手一杯なんだよ」

 食べないとすぐに体重に変化が出るのはルパンの方。だから一緒にいるときはとにかく食べさせるようにするし、それに付き合っていればおのずと自分もきちんと食事をするようにはなるが、そうでもなければ自分のためだけに食事を用意するのも面倒といえば面倒以外の何物でもないというもの。

「そうやって俺のこと一番にすんのやめなさいっての。お前はもうちょっと自分のこと大事にしなさいね?」

 これは俺からのお願い。
 そんなふうに言われてしまっては、次元も嫌とは言えない。

「はい次元ちゃんあーんして!」
「やめろって自分で食える!」
「誰も見てないんだからいいじゃないのほらちゃんと食べる!」

 なんだかんだと言いながらも最後には折れてルパンの手からパスタを食べる羽目になるのだから、結局のところルパンの言う事は次元にとって絶対で、世界はルパンを中心にして回っているのだ。

「いい加減にしろーっ!」

 次元自身に自覚があるかどうかは、さて置き。

Fin.

【あとがき】
随分時間を頂いてしまったのですが、以前ツイッターでヒガシさんから頂いたリクエストです。
お題は『居酒屋個室で二人飲みのル次』ということでした。
ル様=食べないと痩せる燃費の悪いタイプ、次元ちゃん=特に変わらない燃費のいいタイプ。という設定は個人的に気に入ってるのでここで使わせていただいたのですが(異論はあるかもですが・・・)、一緒に居るとちゃんとご飯食べる=太る、っていうのはある意味幸せ太りなのかなとか(笑)
次元ちゃんは一人だととにかく自分の事に構わない人だと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました!

'13/01/11 秋月 拝

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