駆け引きは、お上手に

「いい加減にしたらどうだ」

 呆れたような次元の声に、しかしルパンは返事をしない。 帰ってからもう何度目になるだろうこのやり取りに、次元は大きく溜息をついた。

「なぁ、俺が悪かったって。だからいい加減機嫌直せよ」

な? そう次元が折れても、ルパンはやはり返事をしない。椅子に座って次元に背を向けたままだ。

 ことの起こりは、次元が昨夜昔なじみに呼ばれてアジトを空けたことにある。

『どこに行くの? 誰と会うの?』

 しつこく尋ねられ散々行くなと引き止められたが、次元は強行に出かけた。そして夜遅く帰ってきてみればこの様だ。 怒っているのかいじけているのか、一言も発さないから定かではないが、とにかく不機嫌なことに間違いはない。

「なぁ、ルパン。悪かったって」

 とりあえず背中に向かってそうは言うもの、冷静になって考えてみればなぜ自分が謝っているのかもよく分からない。 会いに行ったのは昔なじみの男で、女ではない。 よしんば女であったとしても、不二子を始めとした女の間を渡り歩くルパンにとやかく言われる覚えもないのだが。 だが、結局自分が折れてしまうのだ。…五右ェ門にも甘い甘いと言われる所以だろう。 自分でも大いにその自覚はあるが、頑固で口の上手いルパンを言い負かすよりも自分が折れるほうが早いのだから、仕方ない。

「ルパン?」

 ルパンの正面に回りこみ、その顔を覗き込む。案の定、この上なく不貞腐れた顔。 どう見たって、子どもが駄々をこねているようにしか見えないし、これだけ見れば本当に世界を騒がせる稀代の大怪盗かと疑いたくなる。

「…次元ちゃん、俺のこと嫌いなの?」
「…あのなぁ…」

 やっと喋ったと思ったらそんなことを上目遣いで尋ねられて、次元は思い切り脱力する。

「何でそうなるんだ…?」
「だって、俺のこと放って出かけるんだもん」
「もんって…」

 お前はガキか。思わず眉間にしわで唸る。

「…だから、置いていったのは悪いと思ってるけどな。だからって、そんなにいじけることねぇだろ。 昔なじみと酒を飲むくらい別にどうってことねぇじゃねぇか?」

 何がそんなに嫌なんだ。そう問うと、ルパンはキッと次元を睨みあげてきた。

「だって心配だろ? お前がどっか変な男に誑かされてるんじゃないかって!」

 真顔でそんなことを言われれば、次元は二の句が告げれない。 十代の少女でもあるまいに、なんで夜で歩くのに身の心配をされなければないのだ。いい年した大の男が。

「だって俺の次元ちゃんと2人きりで酒を飲むなんて…! 心配するなって方が無理でしょ!?」
「いつからお前のになった! ……何、お前まさか、…妬いてるのか?」

 問いかけた瞬間、勢いよく腕を引かれた。突然のことだったので、次元はバランスを崩しルパンに抱え込まれる形になる。

「…今頃気付いたの?」

 さっきまでの情けない顔はどこへやら。見上げた先。にいっと口角を上げて、ルパンはいつものように不敵に笑う。

「…お前、謀ったな」

 あまりに子どもっぽい仕種に油断していた。そうだ、こいつは目的のためなら手段を選ばない男だった。

「これも駆け引きのうちよ? 次元ちゃん。言うこと聞かない悪い子にはお仕置きしないとね?」

 言いながらするりとひかれるネクタイ。その手を押しやり、次元も笑う。

「そっちこそ。人の愛情を疑う悪い子にはお仕置きしねぇといけねえんじゃねぇのか?  ふらふら遊び歩く自分の事棚に上げてヤキモチ妬くなんて、感心しねぇぜ」
「俺が本気で愛してんのは次元ちゃんだけよ? お前こそ俺のこと、ちゃんと愛してくれてんの?」
「…もちろん」

 伸ばした手でルパンの頬に触れる。それに答える柔らかい笑みが、次元を包む。

「お前、どこまで本気だった?」
「何が?」
「さっきの演技。お前でも妬くことあるのかよ?」

 純粋な疑問だった。全てを手に入れられる男が、何かを欲して苛まれることがあるというのか。 だが、次元の疑問に、ルパンは曖昧な笑みを浮かべただけだった。

「さあ、どうだろうな?」
「ずるいな、俺には聞くくせに」
「少なくとも」

 深く被った帽子を脱がされる。

「お前が駆け引きできるようになるまでは内緒だぜ」
「じゃあ…」

 多分一生無理だな、という言葉は、ルパンの唇に飲み込まれた。
 結局自分はルパンに甘いしルパンは人を騙すのが人並み外れて上手いのだから、いつまで経っても駆け引きなんか無謀の所業。 でもほんの一瞬、お前が見せた本気の眼。俺はちゃんと気付いてるんだぜ?  まあそれさえも、お前の掌の上。駆け引きのうちなのかもしれねぇけどな。
 そんなことを考えながら。甘く交わされる口付けに身を委ね、次元はゆっくりと目を閉じた。

Fin.

【あとがき】
8000hitを踏んでいただきましたマリア様からのリクエストで書かせていただきました。 リク内容は、『嫉妬するルパンで、最後はラブラブ』とのことだったのですが、ご期待にはそえているでしょうか…;;
どこに本心があるのか分からないルパンさんのことですので、あからさまに嫉妬するところがなかなか想像がつかず。 大変にお待たせする結果となってしまいました。申し訳ありませんでした。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
本当にこんなヘタレな管理人ですが、どうぞこれからもよろしくお願い致します。
8000hit&リクありがとうございました!!

'11/01/28 秋月 拝

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