Wonderful Memorial Day

 長いこと相棒なんてものをやっていると、例えば、足音なんかでも相棒の気分が分かるようになったりするものだ。 尤も、背後からスキップでもしそうな軽やかな足音が聞こえてくれば、近づいてくる男が上機嫌だってことぐらい、 五右ェ門や不二子じゃなくたって、赤の他人だって分かるだろうが。

「…どうした? やけにご機嫌じゃねぇか?」

 広げた新聞から顔を上げ、ソファの背越しに男を見やれば、俺の後ろに立ったルパンがにっと笑った。

「次元ちゃ〜ん、今日が何の日か知ってる?」
「はぁ?」

 予期しなかった質問に、間の抜けた返事で応じてしまった。

「え〜と、…それはあれか? ♪今日は何の日〜みたいなやつってことか?」
「馬鹿。なんでんなことわざわざお前に聞くんだよ。今日が何の日か分かったって、だからどうしたって話だろうが」
「…まあそうだけどな…」

 それはその通りだが、では何故そんなことを聞くのか。
 イベントごと大好きなルパンが好きそうなイベント…ハロウィンは随分前に終わったし、クリスマスはまだしばらく先だ。 そういった類ではないとすると、あと考えられるのは誰かの誕生日だが、残念ながら俺もルパンも自分の誕生日を知らない。 今までだって、誕生日を祝おうなんて話をしたことは一度もないのだから、これもまずないだろう。

「…にしても、どういう風の吹き回しだ? んな乙女みたいなこと聞きやがって」

 どう考えたって、『今日は何の日か覚えてる?』なんて、恋人同士の女の台詞だ。 大概そう聞かれたときの答えは、付き合いだ日だの初デートした日だの初キスした日だの、 とにかく『初めて〜した日』とかそんな類のものばかりだ。 正直な話、そんなことまで覚えてられるか! というようなものがほとんどだったりする。

「乙女みたいってことはねぇだろ。俺様いたって真面目にきいてンのよ?」

 真面目に、なんて言いつつも、口元にはにやけた笑みが張り付いている。 長年の経験から言えば、ルパンがこういう笑い方をするときというのは、よからぬことを考えているときだ。

「わかんないかな〜」
「わかんねぇな」

 あっさりと肩をすくめて見せれば、残念がるかと思ったルパンは、意外にもすんなり答えを口にした。

「今日は、俺と次元ちゃんが初めて会った日なんだぜ?」

 覚えてねぇの? そう聞かれて。

「はぁ?」

 再び、間の抜けた返事で応じてしまった。
 やっぱり『初めて〜した日』という推論は当たっていたわけだが、全く記憶にない。 ガルベスの屋敷で会ったのは覚えている。俺の撃った弾を全部避けるなんていう人間離れした芸当を見せられたのも覚えている。 だが、それが『いつのことだったか』だけすっぽりと記憶から抜け落ちているのだ。 というか、初対面の印象はすこぶる最悪だったし、ことごとくプライドを逆撫でしてくるこいつのことはとにかく気に入らなかった。 そのせいなのだろうか。むしろそこまで最悪だったのなら、人生最悪の日として覚えていても良さそうなものだとも思うが。
 記憶を引っ張り出すのに一生懸命で、難しい顔をしたまま微動だにしない俺を見て、さすがのルパンも気分を害したらしい。

「全く覚えてないみてぇだな、その様子だと」
「…悪ぃ、日付までは忘れてた」
「ま、そうだろうな」

 意外にあっさりとルパンは退いた。もとより俺が覚えているかどうかは大した問題ではなかったらしい。

「で、それがどうした?」
「あ、そうそう。んで提案があるんだけっどもよぉ」

 ぽん、と手を叩いて。そして、びしっと俺に指を突きつけた。

「な、何だよ」

 思わずたじろいだ俺に、ルパンはさらに詰め寄る。

「今日を俺たちの"相棒記念日"にしねぇ?」
「…はぁああ?」

 本日三回目。一番間の抜けた返事で応じると、ルパンはちょっと照れたように笑った。

「いやさ、俺もお前も誕生日も知らねぇから誕生日は祝えねぇしさ、記念日ごととか祝ったことってねぇじゃねぇか。 かといって初めてチューした日だの初めてデートした日だのって記念日もどうかと思うし」
「それはカンベンしてくれ」

 こいつのことだ。悪乗りして『初めてセックスした日』を祝うなんてことも言い出しかねない。 それだけは何が何でも避けたかった。俺にだってプライドはある。

「いい響きだと思わねぇか? 相棒記念日」

 そう言って、ルパンはにしししと笑った。
 その屈託ない子どもみたいな顔を見ていたら。

「ま、それくらいなら付き合ってやってもいいか」
「何だよ、それ」

 長いこと相棒なんてものをやっていると、例えば、笑い方ひとつでどれぐらい機嫌がいいかなんてことも分かってきたりする。

「それじゃ、とっておきの酒でも開けて、お祝いするか?」
「お、いいねぇ」

 2人並んで酒を酌み交わすのなど、いつもと何一つ変わらない日常だが、それもいい。 いつだって変わらないことが、1番の記念だけどな。

Fin.

【あとがき】
7000hitを踏んでいただきました、すずめ様よりのリクエストで書かせていただきました。
リクは『こってりもっさりル次一杯』とのことだったので、胸焼けするようなル次をと思ったのですが…大していつもと変わらず… お待たせした挙句にぬるーい感じで申し訳ありません。
そして、書いてから気付いたのですが、もしやすずめ様、ファーコンよりも幼馴染設定の方がお好きでしたでしょうか…?
悩んだ末にアップさせていただきましたが、もしご不満な点がありますようでしたら遠慮なくお申し付けくださいませ。 改めて書き直しをさせていただきますので…
ともかくも、7000hit&リクエストありがとうございました!!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

'10/12/09 秋月 拝

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