Believe you

「次元…次元どうした?」

 いつの間にかぼんやりと物思いに耽っていたらしい。ハッと気付けば目の前には相棒の顔。キョトンとした表情でコーヒーカップを差し出す様子からすれば、俺が何を考えていたかなんて思いもよらないだろう。

「どっか具合でも悪いのか? 朝からボーっとしっぱなしだぜ?」
「…なんでもねぇよ」

 目を合わせないようにしてぶっきら棒に答え、苦いコーヒーを啜る。

「ったく相変わらずだよなぁお前って奴は。愛想よくしろとまでは言わねぇけどもよぉもうちっとばかし…なんつーか打ち解けてくれたっていいんじゃねぇの?」

 呆れた様子で肩をすくめるルパン。そんな言葉を鼻で笑い、俺は気付かれないように小さく溜息を零す。
 俺がどんな気持ちで、ぶっきら棒を『演じて』いるかも知らないくせに。思わず投げつけたくもなる言葉をぐっと押し込むようにして、コーヒーと一緒に飲み込んだ。

 俺、次元大介がこのルパン三世という男の相棒になってそろそろ半年が経とうとしている。
 最初こそ熱烈すぎるこいつからのアプローチで引き抜かれたが、今ではなかなかにこの男の相棒という仕事を楽しんでもいる。"あの"ルパン三世という男に腕を見込まれたというのは誇っていいのかもしれないなとも思う。世に出回っている噂が全て誇張ではないと、一緒に仕事をするようになってわかった。"世界一の大泥棒"という呼び文句は伊達じゃなく、本当に超一流の仕事をこなす男だ。俺としても仕事のやりがいはあるし何の不満もない。人間的魅力に溢れた、傍で見ていて一つも飽きない男。正直に言えば女癖の悪さだけはどうにかした方がいいと思うが、それだって魅力に変えてしまう不思議な力がこの男にはあると思う。他の奴が言えばただの大ぼらにしかならないこともこいつが口にすると、いとも簡単に実現してしまいそうなことに聞こえるのだ。甘い嘘は人を魅了するが、それが真実味を帯びるなら尚更惹かれるものだ。

 そして俺も。
 そんなお前の魅力に取り付かれた一人。

「ホント最近お前おかしいぜ? 頼むから仕事中は勘弁してくれよな?」
「俺がそんなヘマするか」
「ふーん…ならいいけっどもがよ?」

 最初はただの好奇心だったはずなんだ。なんとなくいつも目で追ってしまう。その一挙手一投足が気になって仕方ない。憧れなんかもあったのかもしれない。人を惹きつけて止まない魅力を放つこの男への。それがいつの頃からだろうか。一緒にいるのが酷く心地いいと思うようになって、そしてそれが唯の憧れだとか信頼だとかそういったものを飛び越えた感情であるかもしれないということに気付いたのは。
 『気のせい』で済まそうにも、その感情に生理的な欲求が絡んでくるようになってしまっては誤魔化しようもない。男ってのは厄介な生き物だ。
 そうだ、俺はこの男に惚れていた。全くどうかしていると思う。男が男に惚れるなんざイカれてるとしか思えない。俺だって認めたくなんかかいけれど、気付けばこいつの姿を目で追ってしまっているのだからもはや病気の域に達してると思う。思春期のガキでもあるまいに。そんなことを考えて思わずまた溜息が零れる。

「また溜息。どったのよ、一体。俺様でよけりゃ聞くぜ?」
「お前にゃ関係ねぇよ」

  肩肘張って演技してないと、そんな素の自分が出てしまう。一番、知られたくない。
 俺の心の奥底に渦巻くこの感情を知ったら、お前はどんな顔をするだろうな? 軽蔑する? 相棒解消なんてことにもなるかもしれねぇ。それならそれでもいい。また一匹狼に戻るだけだ。誰とも馴れ合わないで、誰とも心を通わすこともなく生きていくだけ。

「待てよ!」

 諦めにも似た自己完結を抱えて、ふらりとソファを経って部屋を出ようとした俺の腕をルパンが掴んだ。思いもよらないくらいに強い力で引かれてその痛みに顔を顰める。

「離せよ」
「座れよ。話がある」
「…帰ってからじゃダメか? 俺は出かけたいんだ」

 一刻も早くこいつの前から逃げ出したいのに、それを許されない。

「いや、今すぐだ」
「なん…でっ…!」

 上げかけた抗議の声は、突然腕を引っ張られたことで立ち消える。バランスを崩してソファに倒れこめばそのままルパンに圧し掛かられた。ちょっと待て。これじゃまるで…。

「俺に、触るな」

 ぴしゃりと放った言葉は大した効力もなく消え、俺をソファに押し付ける力はどんどんと強くなる。

「離せ! ルパン!」
「嫌だ」
「離せ!」
「嫌だ!!」

 何とかそこから逃れようとするものの、ルパンのほうが体勢優位で簡単には逃げれない。

「は…なせっ…」
「…次元…」

 耳元で酷く優しい声が俺を呼ぶ。嗚呼。そんな声で俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ…。お前はずるい。俺がお前に逆らえないのを知ってて俺を呼ぶんだ。そうやって。

「次元?」

 ゆっくりと伸びてきた手が、目深に被った俺の帽子を奪う。

「お前…俺のこと好きなんだろ?」
「…はっ…何を…わけわからねぇ……知ったような口利くんじゃねぇよ」

 ズンと胃の底に鉛でも流し込まれたかのように重く苦しい。精一杯に吐いた言葉に力はなく、目の前の男にすら届いているのか怪しく思えるほどだ。

「俺が気付かないとでも思ってた?」
「…っ!」

 ルパンが人一倍敏い男だというのは分かっていたつもりだったが。まさか、本当に気付かれていたというのか? その言葉に全身から音をたてて血の気が引く。知られたら終わりだとそう思っていたのに。

「でもな? 次元…」

 伸びた大きな手が俺の髪を梳く。どうせなら罵倒してくれた方がマシだ。そんな風に優しくされたら…惨めになる。まともにルパンの顔が見れなくて俯いた。

「俺も…お前が好きなんだぜ…」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。ルパンの体を押し返すことも忘れてポカンとその顔を見上げた俺に、酷く困ったような怒ったような複雑な表情でルパンが笑う。




「オマエヲアイシチャッテンノ、オレサマ」




 ふわふわと意味を成さずに届いた唯の音の羅列が、ふた呼吸ぐらいの間を置いてから、ようやく言葉になって俺の中に届く。








 お前を愛しちゃってんの。俺様。








 嗚呼、畜生。  これは夢だ。
 飛び切り悪い、夢。そう思わないと俺は俺を維持できない。その手に縋り付いてしまいそうな俺を引き止めてはおけない。

「……すこぶる性質の悪い冗談だな…」
「素直じゃねぇの。本気でそう思ってんの?」

 素直ってなんだよ? 悪夢から目を覚ましたくて俺が無理矢理紡ごうとした言葉は、ルパンの唇に吸い込まれていた。
 ジタンの香りの柔らかい唇。キスをされたのだと気付いたときにはもうその唇は離れて、黒い眼が俺を見下ろしていた。

「これでも俺を信じない?」

 信じない? この俺がお前を? お前を信じていないのなら。

「…信じてなきゃ、お前の相棒なんかやってねぇよ」

 頼れるのは自分の腕だけ。他人を疑ってこそ生き抜いていけるこの世界に身を置いて、誰かを信じるなんて自殺行為にも等しい。それでも俺はお前を信じてるんだ。我侭俺様で女たらしで何考えてるんだかさっぱり分からなくって。それでも。

「俺はお前が…」

 好きなんだ…。唯の憧れでもない唯の信頼でもない。身を焦がすこの感情は、やはり恋情と呼ぶのが一番相応しいのだろう。一人が気楽だと思っていた俺を変えたのはお前だ。

「ルパン…」

 押し返そうとしていた腕はいつの間にかルパンの背にまわり、その体を引き寄せていた。

「どうする?」

 甘い声が耳元で問う。

「…何が」
「いやまぁ…そのね? 俺様もオトコなもんで…」

 酷く情けない顔で俺を見下ろす。

「そんな可愛いことされっと俺様も収まりがつかねぇっていうかなんていうか…」
「かわ……ふざけんな!」

 思わず本気で怒鳴り返して、その声の大きさに驚いたのかルパンが一瞬身を引く。

「ちょっと待て、おい…まさか俺がヤられる側か!?」
「もちろん俺はそのつもりだけど……だってお前男相手は初めてだろ?」
「当たり前だっ! お前は経験あるとでも言うのかよ!? この女たらしが!」
「俺様だって初めてだけどもよぉ…任せとけって。天国見せてやるぜ?」
「何を根拠に…っ!」

 そこでまた言葉を奪われる。器用に動き回る舌が入り込み、俺を翻弄する。

(くっそ…悔しいけど…)

 さすが稀代の女たらしの異名も伊達じゃない。それだけでくらくらする。

「…!?」

 ぼーっとし始めたところで不意にその器用な手が身体を這い回り始める。思わずビクッと身体をすくめれば喉の奥で笑われた。

「すっげー可愛い反応」
「うるせぇっ!」

 かぁっと羞恥に顔が染まるのが分かる。女を扱うかのように繊細でルパンの手の動きにも、そんな動きにあっさりと翻弄されて快感を拾い始める己の身体にも。あまりに予想外のことばかりでもはやどうしていいかわからない。
 器用な手にあっという間に服を脱がされて、呆然としている間にルパンも服を脱ぎ始める。それを目の当たりにして。これから自分の身に起こる事象を改めて突きつけられて、さすがに戸惑いも緊張も隠せない。中途半端に煽られた身体だけはその先を期待するが、理性としてはできればこのまま全てを無かったことにしてしまいたいくらいだ。

「くっそ…」

 思わず呻いた俺にルパンはカラカラと笑う。

「大丈夫、俺に任せてりゃいいんだって」

 大丈夫なんて他のやつが言えば気休めにもならない言葉だが、何故だかこいつの口から出てくると本当にそう思えちまうから不思議だよな。

「下手糞だってみろ、今度はお前にこっち側させるからな」
「それって気持ちよかったら問題ないってことだよな?」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、熱を持ち始めた場所を直に触れられた。

      っぁ!」

 突然の刺激に自分でも面白いぐらいに身体が跳ねる。別段溜まってるわけでもなかったけれど、あまりに巧みで男のツボを熟知した手の動きにあっさりと追い上げられる。その間にも色んなところに唇を落とされ舌を這わされ甘噛みされて、そのいちいちに声が上がるのを押し殺して呻く。

「そんな我慢しなくていいじゃないの。気持ちいいんだろ?」
「ぅー…」

 経験した事のない感覚に返事すらままならないくらいに頭は煮え切っている。だから。

「こっちも…」

 何を言われているのかを一瞬理解できなかった。僅かな水音のような音の後、何の前触れも無く、自分でも触れたことがないような場所にルパンの手が伸ばされた。冷たいぬるぬるとした感触に背筋が跳ねる。

「…ちょ…! ぅあ…!」

 驚いて上体を起こしてみればルパンの手にはチューブ状のものが握られている。

「てめ…んなもんどこから…!」
「まぁまぁ…これないと辛いのは次元ちゃんよ?」

 笑いながらもルパンの手が止まることは無くそんなところを他人に触れさせているという状況が酷く情けなく思えて、思わず逃げようとするが、がっちりとルパンに抱え込まれていてはそれも出来ない。緊張で拒むそこをルパンは根気よく愛撫を続け、やがてゆっくりと俺の体内に侵入してくる。

「ぅ…ぁああ…」

 歯の根が合わないというのはまさにこのことか。経験した事のない感触は表現の仕様がないぞわぞわとした不思議な感覚で俺に襲い掛かる。押し広げられる痛みと内臓を押し上げられる圧迫感。

「痛い?」
「…っ…たりまえだ…っ!」

 息も絶え絶えに叫ぶが、力が入らないせいでなんとも弱々しく消えそうな声にしかならない。

「悪ぃ、すぐよくなるから」
「な…」

 それこそ何を根拠にとか、お前もやられてみればこの辛さが分かるだろうとか、言いたいことは山ほどあったが、次の瞬間そんな言葉も吹き飛ぶぐらいの衝撃が駆け抜けた。

         ぁああ!」

 そこに埋め込まれた指が触れるだけで、目の前がちかちかする。痛みと不快感で萎えていたものに急激に血が集まっていくのがわかった。

「な…んでっ…」

 突き抜けるほどの快感に混乱する俺を見下ろしてルパンが笑う。

「ほら…いいだろ?」

 するりと抜かれた指に物足りなささえ覚えたが、次の瞬間には指よりもっと質量のあるものを押し込まれていた。

 どこかから悲鳴とも嬌声とも取れない奇妙な声が聞こえると思ったら、それが自分の声だった。揺すぶられて突き上げられて壊れてしまうと思った。手も足も自分の意志では何一つ動かせなくて、バラバラの物体のよう。半分飛んでしまった意識の向こう側でルパンが囁くのだけが微かに聞こえる。

「好きだぜ次元」
「…っ……っあ!」
「もう好きで好きでどうしようもなくって壊しちまいたいよ、お前のこと」
「…っな…やっ…」
「お前はどうよ?」

 好きか嫌いかなんてそんなこと、好きに決まってるんだ。じゃなきゃ四六時中一緒に居ようなんて思うはずもない。

 これが俺達にとってこの関係が一番いい形なのかどうかは分からないけれど、悪くはない。きっと。少なくともお前がそれでいいって言うんなら今のところ俺にも大して異存はない。

「俺も…好きだ…ぜ?」

 苦しい息の下で囁けば、ルパンはちょっと驚いたような顔をして、それからにっと笑った。

「あんがと」

 唇を重ねられて息苦しくてしがみついて。揺すぶられるのと同時に前に触れられてあっさりと頂点に達した。同時に中に注がれるものの熱さに顔を顰めているとまた笑われた。

「愛してるよ、次元」

 全く。愛してるだなんて世界一陳腐な台詞だと思うのに。こいつが口にするとホントに信じられる言葉のように聞こえるのは何故だろうか。

「……そうかい、そりゃよかった」

 ふわふわとした倦怠感に包まれながらそう呟き、俺は意識を手放していた。

Fin.

【あとがき】
おこじょ様から22222hitキリリクということで頂いていたリクをようやくアップできました!大変にお待たせいたしました(>_<)
リク内容としては『ファーコン設定の二人でルパンの片思いから二人が恋人になるまでをエッチありで』ということだったのですが…
ファーコン設定難しかったぁあああ(´;ω;`)ちゃんとファーコン後の二人っぽくなったかどうか…甚だ疑問…
お待たせした挙句がこんなですみません…少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
おこじょ様、22222hit&リクエストありがとうございました!!
これからも拙宅をどうぞよろしくお願い致します!!

'12/01/16 秋月 拝

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