終業を告げる鐘の音が響き、明るい声をあげながら少年たちが散っていく。
どこにでもある学校の風景。
それはこのルパン帝国と呼ばれる、地図にはない小さな島でも同じこと。
将来帝国の構成員になるべく、普通とは違う授業(例えば射撃であったり暗殺術であったり)を受けていても、まだ彼らはあどけない。
そんなごくありきたりな教室の光景の中に、少し人目を惹く黒ずくめの少年の姿があった。教室のほかの少年たちが作る輪の中には入ろうとせずに、黙々と鞄に荷物を詰め込んでいる。
次元大介。弱冠13歳にして帝国で1・2を争う射撃の名手ともいわれる少年。
最も、その風評のせいか同年代の友人にあまり恵まれていないようで、教室の隅で黙々と本を読んでいるのが彼のいつもの姿だった。
「じげーん!」
そんな次元をどこからか呼ぶ声がした。
顔を上げあたりを見回すと、ひょっこりと窓の外から1人の少年が顔を出した。
次元より少し年下だろう。対照的なほど派手な赤いシャツを着た少年は、次元の姿を見つけると大きく手を振った。
「ルパ…いや、三世さま」
次元は少年をルパンと呼びかけて、慌てて言い直す。
ルパン自身は三世と呼ばれるのを嫌うため2人の時は名前で呼ぶが、他人がいる時はそうもいかない。
構成員である以上、ルパン家の人間は絶対的存在だ。
「今日は家庭教師が来るとか言っておられませんでいたか?」
「ん〜めんどくさいからサボって来た」
あっさりとそう言い、窓からするりと教室の中へ身を滑り込ませる。
「三世さまだ!」
「なんでここに?」
ルパンの姿を見止めて教室にいたほかの少年たちの間に動揺が広がっていく。
普段ルパン家の人間がこの構成員養成のための学校に顔を出すことはまずない。その子弟は広大な屋敷で特別な訓練と帝王学を学ぶのである。
「今、次元を呼んだよな?」
「知り合い?まさか!一介の構成員にそんな…」
「でも次元のほうもちょっと親しげだぜ」
ひそひそと交わされる会話。
好奇心と羨望と嫉妬と。そんなものがない交ぜになった不躾な視線が自分たちに降りかかってくる。さすがに次元のほうは若干の居心地の悪さを感じたものの、ルパンのほうは全く気にも留めていないらしい。
「もう終わりだろ?遊びに行こうぜ」
次元を下から見上げ、にかっと笑う。
「いいですよ」
そして、荷物を詰めた鞄を肩に掛け次元の方もにっこりと答えた。
* * * * *
「どこへ行きます?」
「あのさぁ、その他人行儀な喋り方やめろって言っただろ」
連れだって学校を後にし、街の中心部へと向かう。次元は隣を歩くルパンに声をかけたが、ルパンのほうは問いには答えずそう言って顔をしかめた。
「…でも誰が聞いてるかわからないですよ」
「いいんだよ!俺がいいって言ってるんだ。周りの奴なんかほっとけって!」
あっけらかんと言い放ったルパンに、次元は苦笑する。
そんなさっぱりとした態度が、将来上に立つ人物としてどうなのかなどということは、次元にはわからない。
けれど、ただの友人としてみればそんな分け隔てのない態度は好感がもてた。
威張り散らされて横柄な態度をとられるよりはよっぽどいい。それに、次元だって堅苦しいのは大嫌いだ。
「じゃあ…どこへ行く?」
「そうだなぁ…海が見たいかな〜」
ちょっと考えてそう呟いたルパン。
2人は街の中心部を抜け、港へと向かった。
いつも1人だったルパンに寄り添うように従う黒い少年に、街の人々が奇異な視線を投げかけるが、本人たちは気にも留めず、他愛のない話で盛り上がる。
学校のこと、妹とのこと、最近読んだ本のこと。屋敷にある膨大なコレクションのこと、今日来た家庭教師のこと。
いたって他愛もない話だ。それでも互いに笑いあえるのが嬉しくて、とりとめもなくそんな会話を続ける。
そうこうするうちに港に出た。
地図にない島が外界と繋がる唯一の入り口。
夕方の波止場は人影もなく、ウミネコの声と穏やかな海風だけが二人の間を抜けていく。遠くを漁船が通るのが見えた。
「なぁ、次元」
「何?」
舟をかがる杭に腰を下ろし、打ち寄せる波を眺めていたルパンが次元を呼んだ。
「ここから出たいと思った事はないか?」
「…ルパン?」
「俺は、ここを出たい。この島の外を。世界を見てみたい」
海の向こうを見据えたまま、ルパンは言う。
「なぁ次元!俺の相棒になってくれ!!」
「…俺が?」
「そうさ!2人で世界中のお宝を盗むんだ!」
そう叫んで大きく両手を広げる。
「ここを出ようぜ、一緒に。いつか必ず」
「あぁ…いつか、必ず」
お前がそう望むのなら。俺はどこまでもついて行こう。
キラキラと輝く黒い瞳の横顔を眺めながら、次元は胸の中でそう答えた。
「約束だぜ」
指きり。そう言って、ルパンは小指を差し出し、にっと笑った。
「あぁ、約束だ」
『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます♪』
潮風に幼い歌声が流れていく。
『指切った!!』
「約束だぞ!次元!」
「ルパンこそ!」
お互いに言い合い、顔を見合わせて笑う。
寄り添った二つの影が、夕陽に照らされて波止場に長く伸びていた。
Fin.
【あとがき】
1000hitのキリ番を踏まれたもちゃさんから、”ジャリル次の別エピソード”ということでリクエストいただきまして、こんなお話を書かせてもらいました。
ルパンは家系と才能のせいで、次元はその才能のせいで、すごく大人びた子供だったんじゃないかなと思います。
そしてそんな彼らには同世代の友人は出来にくいんじゃないかと。
だから気負わずに接してくれるお互いのことをなにより大切にしてたんじゃないかとか、そんな雰囲気が少しでも出てたらなぁと思います。
もちゃさん、こんなお話で大丈夫でしたでしょうか!?
1000hit&キリリクありがとうございました!!これからもよろしくお願いします〜
'10/06/10 秋月 拝