五月晴れとは昔の人はよく言ったもので、さわやかに晴れ渡り澄んだ空はどこまでも青く。
「よい天気だな」
ゆったりと流れていく雲を眺めながら、五右ェ門はふっと微笑んだ。
ひと月前には桃色の花を咲かせていた公園の木々もすっかり緑の葉を繁らせ、同じ様に風になびいていた。
と。
「たすけて〜〜〜!!」
不意にその緑の葉の合間から、子どもの声が聞こえてきた。
「ん?」
その声に五右ェ門が木を見上げれば、五右ェ門の頭上1メートルほど上の木の枝に、男の子がひとりしがみついていた。
「…そこで何をしておるのだ?」
「降りられなくなっちゃったんだよ!」
男の子の声に交じって、みし、という嫌な音。どうやら枝が男の子の体重を支えきれなくなっているようだ。
「動くでない。今助けて…」
五右ェ門が言いかけたとき。
バキッ!!
鈍い音をたてて枝が折れた。
「わ〜〜〜っ!!!」
悲鳴をあげて落ちる男の子。だがそれを五右ェ門は難なく下で受け止めた。
「え?」
まさか抱きとめられるなど思わなかったのか呆然とする男の子。年の頃は6・7歳といったところだろうか。
膝には絆創膏。いかにもやんちゃそうな子だった。
「怪我はないか?」
「あ…ありがとう」
男の子を下に降ろし、五右ェ門は小さくため息をついた。
「なぜあんなところに登った?危ないであろう」
「だって…」
少ししょんぼりした表情の男の子は、木の上。自分が居たところよりも高いところを指差した。
そこを見やれば、風船が引っかかっていた。
「おとーとが貰ったやつなんだけど、オレが飛ばしちゃって…」
それで、木に登るという冒険を犯したらしい。
「なるほど。理由は分かったが、もう木などに登るでない。あの高さなら無事ではすまぬぞ」
「え〜!じゃあどうしよう…母ちゃんに怒られる!」
不安げな顔になる男の子。この子にとっては木から落ちることよりなにより、母親が怖いのだろう。
子どもなんてそんなものだが。
その顔があまりにも情けなくて、五右ェ門はくすりと笑った。
「拙者が取ってやろう」
そう言い置くと、五右ェ門は地面を蹴った。
木の幹でもう一度踏み切り、下げた刀を閃かせた。
音も無く地面に降り立った五右ェ門のあとから、紐が絡まったままの風船が枝ごと落ちてきた。
そんな扱いに割れることもなく、風船は風に揺らいでいる。
「す…すっげぇ!!」
一瞬ぽかんと目も口もまんに丸して、呆気に取られた男の子。
が、次の瞬間にはその目を輝かせて五右ェ門を見上げてきた。
「兄ちゃん、サムライだろ?そのカッコ、テレビでみたことあるもん!すっげぇや、サムライってそんなこともできるんだ!!!」
いまや男の子の興味は母親のことでも風船のことでもなく、五右ェ門…というかサムライに向けられていた。
矢継ぎ早にそんなことを言われて詰め寄られれば、五右ェ門のほうはたじろぐしかない。
「うむ…いや…その…」
「なぁ、どうやったらそんなん出来るようになる?オレもできるようになるかな!?」
「…修行と鍛錬を怠らねばだな…その…」
「すげぇ!!オレ、大きくなったらサムライになる!!」
純真な瞳で五右ェ門を見上げる男の子。
その素直で真っ直ぐな心意気に、五右ェ門はふっと口元を緩めた。
「おぬし、名は?」
「オレ?ダイスケ!!」
「だ…だいすけ…?」
五右ェ門は思わずそう聞き返していた。ヒゲのガンマンの姿が脳裏をよぎる。
あやつも、こんな純真な子どもだったのだろうか。
そんなことを思うが、どうもあの男の子どもの頃というものなど想像できない。
ましてや「サムライになりたい!」だの言うわけもないが。
「兄ちゃんこそ、名前は?」
「五右ェ門…石川五右ェ門でござる」
「…変な名前〜」
と。
「だいすけ〜!!」
公園の外から男の子の名を呼ぶ女性の声がした。
「いっけね、母ちゃんだ!!」
ダイスケは慌てて風船を枝から外すと走り出した。
「もう無茶をするでないぞ、ダイスケ」
「うん!!じゃーな!ゴエモンにいちゃん!助けてくれてありがとう!!」
大きく手を振りながら走り去る小さな影を、五右ェ門は暖かい眼差しで見送った。
*
「…おめーなんかいいことでもあったのか?」
アジトに帰って来た五右ェ門の口元に小さな笑みが浮かんでいるのを見て、
ひとりリビングでコーヒーを飲んでいた次元は怪訝そうな顔を向けた。
「ん?なんでもないぞ。…ダイスケ」
その五右ェ門の呟きに、次元は飲みかけのコーヒーを盛大に噴き出した。
「…雪でも降るんじゃねぇのか…」
「ここは日本。今は5月だぞ。降るか、馬鹿者」
五右ェ門のツッコミなんだか素なんだかよく分からない返答に、次元は肩をすくめた。
「…なぁ、もっかい呼べよ」
「何がだ」
「今、大介っつったろ」
「うむ。今そこでダイスケという少年と知り合ったのだ」
「ちぇっ。なんだガキかよ」
次元は舌打ちして煙草をふかす。
普段クールなくせに、こういうところはやけに子どもっぽかったりする。
「なんだ、おぬしも呼んで欲しいのか?…ダイスケ」
「おま…不意打ちはやめろ。心臓に悪い」
ほんの少し赤い顔で、次元がそっぽを向く。
呼ばれなれないものだから、なんだか背中がむずがゆくてかなわない。
「おぬしが呼べといったのであろう」
呆れたように言った五右ェ門の耳元に、不意に次元が口を寄せた。
「じゃあな、…今度はベッドの中で頼むぜ」
甘くそんなことを囁かれ、今度は五右ェ門が顔を赤くする番だった。
「…2度と呼んでやるものか!」
Fin.
【あとがき】
やんちゃ坊主なダイスケ君。次元大介君はきっと、やんちゃというより、ひねたガキンチョだったんじゃないかと思いますけどね。
皆様お察しの通り、サムライに「ダイスケ」と呼ばせたかっただけなんですが、いまいちワタシの中で、真面目な状況で「ダイスケ」と呼ばれる次元も、「ダイスケ」と呼ぶゴエも、想像しがたかったんですよね。
てことでダイスケ君にご登場願いました。
そして、ゴエは「にいちゃん」なんですよv「オジサン」じゃあなぁ…とか思って。
次元なら間違いなく「オジサン」ってダイスケ君に呼ばれてたと思います(笑)
'10.05.18 秋月 拝