「籠の中の鳥が不幸だなど、誰が決めたのであろうな」
何の話をしていたのか、あるときそんなことを五右ェ門が言い出した。
いや、何かテレビでも見ていたのかもしれない。
見るともなしに見ていたそこには、檻に入れられた動物が映し出されていたような気がする。
「何だ、突然?」
「飛べなければ不幸だというのは、人間の思い上がりなのではないか?」
ひどく真面目な顔でそんなことを言う。
それを聞いて、俺は苦笑した。
「まぁな、そうかもしれねぇけど」
「おぬしはどう思う?」
「どうって言われてもな」
精神論とかそういう話は苦手なのだが。常日頃から修行に明け暮れ、悟りを求める侍は、時折こんな小難しいことを聞いてくる。
「でもな、自分が一番得意なことだとか一番やりたいことが出来ないってのは、確かに不幸だと思うぜ。
『飼われる』ってのはそういうことだろ? 飯の心配しなくていい代わりに、一生外に出られねぇんだぜ」
「む」
五右ェ門は眉根を寄せて思案する。
『飼われる』なんて言葉使いたいとも思わないが、実際のところお互いに昔は人に『飼われて』いたこともあるのだ。
寝るところと飯の保障がされているだけで、鳥のように命の保障までしてもらえるわけではないのだ。
そういう意味では、籠の鳥よりも立場は悪い。
「ま、価値観は人それぞれだ。そこが居心地がいいと思う奴も中にはいるだろうよ。お前は…」
あそこに戻りたいか? 黒い眼を見つめて、聞いた。
あそこに。人に飼われ、人のために人を斬る、あの場所に。
俺の顔をまじまじと見ていた五右ェ門の口元が、ふっと、突然緩んだ。
「戻りたくなどない。何を心配している?」
「そんな風に見えたか?」
そんなつもりはなかった。
ただお前が、ここがお前の居場所じゃないと思っているのなら。
籠の中に憧れを抱いているのならば。いつかお前は居なくなるのだろうか。
そう思ったのだ。
「案ずるな。拙者の居場所はここしかない。
全ての籠の鳥が不幸だとも思わぬが、拙者にとっては居心地のいい場所ではないと、今なら言えるからな」
「じゃあ、ここは居心地のいい場所か?」
聞きながら、するりと五右ェ門の肩に手を伸ばした。
「おぬしがこういうことをせねばな」
肩に回した手を軽く叩き、五右ェ門は笑った。
ああ、やっぱり、お前には籠の中は似合わねぇよ。
無邪気な笑みを見ながら、俺も笑った。
籠の中の鳥は、次第に鳴くことも飛ぶことも忘れてしまうのだ。
鳴くことも飛ぶことも忘れた鳥は鳥ではない。
自由であるからこその鳥を囲うことに意味があるのだとしても、やはりそれは一時の欺瞞でしかない。
「次元、どうした?」
「いや、なんでも」
この愛しい恋人を俺の腕という籠で囲ってしまえたら。修行に行くなと引き止めてしまえれば。
そう思うこともないではないが、やはり、五右ェ門に籠は似合わない。
自由であるから、五右ェ門は五右ェ門なのだ。
「でもな」
「何だ?」
「修行は程ほどにしろよ?」
「何の話だ」
唐突な話題の転換に眉根を寄せる恋人に、俺は笑いながら唇を落とした。
Fin.
ふたりっぽい10のお題より 4.籠の中の鳥
【あとがき】
ゴエに対する独占欲と束縛欲が強くて、次元さんは常にもやもやしてればいいと思います。
修行に行かないで!なんて女々しいことはいえないけども、でもやっぱりほっとかれると寂しいの…なんてね^^
'10/12/01 秋月 拝