優しい腕

心を痛めた男に、自分のできることは何だろうか。



 夕方、アジトに帰って来た次元の様子がおかしかった。 話しかけても上の空だし、心ここにあらずといった様子で塞ぎこんでいる。
 どうしたのだ? と一緒に出かけていたルパンに問うと、ルパンはひどく難しい顔をした。

「俺が話していいのか?」
「何があったのだ?」

 再びルパンに問うた五右ェ門。だが、それに答えたのは次元本人だった。

「なに。昔なじみの殺し屋を1人、手にかけたのさ」

 さらりと発された言葉は、微かに上ずっていた。 次元が手にかけた男は昔、次元がかけだしのころに世話になっていたことがある男なのだと、ルパンが横から言った。
 師のように尊敬し、信頼していたのだろう。『…昔はいい奴だったぜ』そう語る横顔は、とても懐かしそうだった。 そんな人物を己の手で殺めた。

「…殺らなきゃ、ルパンやお前が殺られてたかもしれねぇ」

 淡々と呟かれた言葉。しかしそれは、五右ェ門達にというよりは、まるで自分にいいきかせているかの様だった。

「何故拙者に言わなかったのだ!?」

 思わずそう口にしていた。そして。

「何故、知っていたのに次元に始末をつけさせたのだ!?」

 そうルパンを責めた。 せめて自分の手で殺さなければ、次元の傷もここまで深くはなかったかもしれないのに。だが。

「いいんだ五右ェ門。・・・これは俺の問題だ」

 そう告げた次元は、ひどく痛々しい表情(カオ)をしていた。



「次元」

 アジトの一室。静まり返った次元の部屋のドアをノックするが、返事はない。

『…今は独りにしといてやりな』

 ルパンにはそう言われたが、やはり気になる。

「次元…?」

 そっと、ドアを引いた。鍵はかかっていない。キィイイと小さく軋みながら、薄いドアが開く。
 次元はドアに背を向け、ベッドに腰掛けていた。微かな酒の匂い。 開け放ったままカーテンも引かない窓からは、冴え冴えとした月明かりが差し込んでいた。
 一瞬躊躇ってから、五右ェ門はゆっくりと近寄り、隣に腰を下ろした。 虚ろな目で月を見上げる次元は、それに気付いているのかも分からない。

「次元」

 慰めの言葉も見つからず、開きかけた口を閉じる。言葉は時に、何よりも無力だ。 それに、過去に戻れない以上、自分に出来ることは何もない。 せめて、自分が代わりに斬っていればと悔やむぐらいなものだ。
 青白い光に照らされた横顔は、何を想うのか。そっと、次元の肩に手を伸ばした。

「五右ェ門…?」

 ようやく気付いたのか、次元が掠れた声で名前を呼んだ。虚ろな目が、五右ェ門の方を向く。

「…さっきはすまなかった。知った様な口をきいて」

 癖のある髪を子どもにそうするように撫でる。

「今日はやけに…優しいんだな」

 笑おうとしたのか、微かに口角があがるが、上手くいかずにひどく不思議な顔になる。

「…泣いても…良いのだぞ」

 ぎくり、と抱えた身体が震えた。

「泣きたい時には泣けば良いと言ったのは、おぬしではないか」

 いつだったか、次元が自分に言った言葉。それに甘えて幾度となく泣いたことがある。 その優しい言葉。だがその言葉とは裏腹に、次元の涙を見たことはない。

「泣いて、良いのだぞ」

 そっと、頬に手を伸ばす。やがて。冷たい雫が、その指先を濡らした。

「…あぁ…ったく…みっともねぇなぁ……」

 ひどくか細く小さい声。 こつんと五右ェ門の肩に頭をもたせかけ、青白い月明かりの中、次元は静かに泣いた。
 いつだって優しく我慢強いこの男が、泣ける場所になりたい。それがきっと、自分にできること。

Fin.
ふたりっぽい10のお題より 1.涙

【あとがき】
ずっと書きたかった、甘える(?)次元さんと、男らしい(?)ゴエ。疑問符だらけ(笑)
賛否ありそうな雰囲気満載ですが…少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

'11/01/14 秋月 拝

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